17. 和装の武闘家
ふと、俺たちの座る席を前に、一人の女性が現れた。
「そこのお二人! 少しお話を聞いてもらってもよろしいでしょうか!!」
うるっさ! めっちゃうるさい!
ギルド内の騒音にも負けない勢いで、威勢よく大声を張り上げる女性が、いつの間にか俺たちの居る机の横に背筋をまっすぐにして立っていた。
見た目はゲームに出てきそうな和装の武闘家っぽい格好だ。
日本生まれ日本育ちの俺から見ると、新鮮さと同時に懐かしさを感じる。
ただ、なんというか色々とでかい。
恰好からして引き締まった体なのは想像できるが、所々飛び出している場所がある。特に身長なんかは俺よりあるんじゃないか?
「え、ええっと……その。……あの」
「あんた初対面苦手すぎでしょ……いいわよ。私の隣に座って」
初代面は本当にダメなんだ。きょどって言葉が出なくなる。今、この場だけはナノがいて正直助かった。
女性はナノの隣の椅子に座るが、明らかにナノより大きいのがわかる。百八十はあるんじゃないか?
「自分は名をエレナ、姓をシーベルクと言います!
あーなんとなく俺たちに話しかけてきた理由がわかったかも。
だって明らかに自分をPRしてるもん。自分の長所売り込みに来てるもん。面接ばりにハキハキ喋ってるもん。
「私はナノ・ロッドエッジ。ナノって呼んでね。んでこいつはヘージ」
「ヘ
なんで間違ったまま紹介するんだ?
せめて間違われないように、ヘイジの『イ』の部分を強調しておいた。
「あと、敬語も要らないわ。他人行儀であまり好きじゃないのよ」
お前はもう少し他人との距離を開くということをしてくれ。
ナノが今までパーティーに入れなかった理由は、その不運が大きな要因だろうが、この一気に距離を詰めようとするのも少なからず要因の一つだろう。
本来はかなり律儀な性格のはずなのに、そのせいで損をしているように見えてしまう。
しかし、
「すみません。自分、武とは礼に始まり礼に終わると習っているので、礼を欠くようなことはしたくないのです。これは自分の矜持でもありますので」
エレナと名乗った女性は、この要求をバッサリと切り捨てた。
ナノとしては良かれと思ってやっていることなのだろうが、こうもバッサリ断られるとは思っていなかったのか少ししょんぼりしている。
「そっか……それじゃあ仕方ないわね。それで、話って何なの?」
「はい。まどろっこしいのは嫌いなので、単刀直入に申し上げると、自分をお二人のパーティに入れて欲しいのです」
パーティに入れて欲しい? 初対面の知りもしない人を? 冗談じゃない。うちは一見さんお断りなんだ。
決して初対面の人が苦手とか、そういう理由で断るんじゃない。いくらなんでも怪しすぎるのだ。
それに、なぜか視線が胸の方に吸い寄せられてしまう。これはかなり危険だ。俺が持たない。
まあ、俺に彼女をどうこうする度胸は無いのだが。
そんなわけで、彼女のパーティ加入を断ろうとした時だった。
「いいわね! 私、同性の人とパーティ組めるの憧れてたの! それに、武闘家だったら即戦力じゃない。もちろんいいわよね。ヘージ」
言えるわけない。彼女の境遇を知っている上で、この誘いを断るなんてできるわけがない。
だってナノの目めちゃくちゃ輝いてるもん。ルンルン気分だもん。
ここで断ったら彼女に罵詈雑言の嵐を浴びせられること間違いなし。それを受けきるメンタル、俺にはない。
だが、安易に彼女を受け入れる度胸もない。
そこで、
「な、何でうちのパーティーに……は、入りたいんだ? えっと、りり理由を述べてもらお、えますか?」
「もう少しはっきりと喋ってもらえないでしょうか。 自分、しどろもどろは嫌いなんです」
「だいぶ目がきょどってるわね……」
何でこう、言いにくいことをはっきりと言えるのだろうか。
無神経なのか、イラッときたのか。どっちにしたって、ナノと同じふうに喋らないといけないようだ。この感じは初対面の時のナノを思い出す。
「すぅー、はぁー……ええっと。それで何でうちのパーティーに入りたいんだ? 言っちゃなんだが、うちより良いところなんていくらでもあるだろ」
とりあえず心を落ち着かせて、下に向きそうな目を無理矢理上にあげての彼女の目を見る。
しかし、真っ直ぐとこちらを見てくる彼女の目が眩しすぎて、すぐに目を逸らしてしまう。
相手の目を見て話すのは当たり前のことだが、彼女の目は思わずこちらが逸らしたくなるほど、真っ直ぐすぎるのだ。
「確かに、本来ならこんな低レベルのパーティーに入るの絶対に嫌ですし、自分の実力に釣り合ってなさすぎると思ったのは否定しません」
「君だいぶハッキリハキハキ言うねぇ?!」
「しかし、先程あなたたちが話していたことが耳に入ったとき、このパーティーに所属しようと思ったんです」
「さっき?」
先程の自分たちの会話と言えば、どれも身にならないような話ばかり。
一体どこに、このパーティーに入りたくなる要素があるのだろうか。
「先程、お二人は『魔王を討伐する』と言っていましたよね。実は自分も、魔王軍と浅からぬ因縁があるのです」
まるで俺たちも魔王と因縁があるかのような言い方だ。
当然そんなことはなく、むしろ顔すら知らない。
「あれは、数ヶ月前の出来事です。自分と、自分の師匠の二人で山に籠り修行をしていた時でした。突然魔王の幹部と名乗る男が現れ、いきなり襲いかかってきたんです」
神妙な面持ちで話すその姿は、決して嘘を言っているようには見えない。
名乗って即襲って来たのなら、相手は相当凶暴な奴なのだろう。
「もちろん二人で応戦しました。しかし、魔王の幹部と名乗っただけあって相当な手練れで、手も足も出ず……師匠は私を逃すために……」
「話が重すぎるわ!!」
「うぅ。あなたも苦労して来たのね……」
「そんなに泣くとこ?! いや、可哀想だけども……」
同じ苦労人として共感できる部分があったのだろうか。
ナノはエレアの肩に手を乗せると、同情の涙を流していた。
何はともあれ、彼女にもそれ相応の過去があり、どうしようもない理不尽な目にあったのだろう。
「事情はわかった。んで、魔王退治を目的にしている俺たちのパーティーに入りたいと……」
「はい。このパーティーにいれば、いずれ師匠の仇である魔王軍幹部にも出会えるでしょうし。もちろん、ギルドのクエストも微弱ではありますが、こなして見せます」
今うちのパーティーは不運バカのせいで経済的な余裕は皆無。
クエストで稼ごうにも、今の二人じゃ無理がありすぎる。そこに足りない部分を補うように近接戦闘特化の武闘家が来たのだ。
うまい話だとは思うが、同時にこれはチャンスでもある。
エレア・シーベルク。彼女の実力次第だが、うまくいけばこの経済難から脱することができるかもしれない。
「私は良いと思うわよ。と言うか入れなさい。じゃないと一生恨むわよ」
「やめてくれ。お前が言うと冗談に聞こえないから」
今まで不運のせいで、ろくにパーティーにも入れてもらえなかったナノが言うと、どうしても冗談じゃ済まないと思えてしまう。
だが、
「――条件がある」
ここは安全策を取ろう。
「条件……ですか」
「そんな難しい話じゃない。あそこの掲示板に貼ってある討伐系のクエストを、何でもいいから一つクリアしてくれ。もちろん一人でだ」
彼女の過去は同情の余地しかない悲しいものだ。
だからと言って、実力もわからずにパーティーに入れてしまっては後で後悔することになる。
彼女の実力を測るには、この方法が一番手っ取り早いだろう。
「ヘージ。もう一度言うわよ。彼女をパーティーに」
「自分はそれで構いません」
威圧的な態度で俺に迫って来たナノを止めるように、エレアはこの条件を了承した。
話を遮られたナノは目をパチパチさせながら固まっていたが、そんなナノをエレアは気にもとめずにサッと立ち上がる。
そのまま、クエスト掲示板の前まで歩くと、目に入ったクエストの紙を一つ取り、受付でクエストの受理を済ませた。
「なんというか……あっさりしてるわね」
「ああ。てっきり文句の一つでも言われるかと思ったが」
その様子をただ茫然と見ていたが、エレナの一連の動作には、何の迷いもなかった。
近接戦上位職の一つである武闘家に、相当の自信を持っているのだろうか。
真っ直ぐすぎるその動きは、頼もしさと同時に、一抹の不安もよぎらせてくれる。
「さあ、善は急げです! お二人ともさっそく行きましょう」
戻ってきたとたんに、こちらの気も知らないで意気揚々と話しかけてきた。
ってか俺たちも行くの? クエストクリアして来てくれればいいだけなんだけど。
「まあ、見届け人は必要よね。ほら、行くわよヘージ」
「――嫌な予感しかしないのは俺の気のせいじゃないよな?」
「大丈夫よ。あんたにはその
「……それもそうか」
神の一撃すら通さなかった職業『ニート』の力は、おそらく絶対的なものだろう。
まだ自由に使えるわけじゃないが、それでも自分の安全が担保されているのに変わりはない。
「それで、場所はどこなんだ」
こちらは『討伐クエストをクリアしろ』としか言ってないため、どれだけ楽なクエストだろうが文句は言えない。
それに、ある程度の実力が見れれば、こちらとしては満足だ。
むしろ、簡単なクエストにしてくれた方が、ついていくこっちとしても気が楽である。
「――場所は……アルバス領地内にあるザウス高原です!」
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