1. これが俗に言う神様転生というやつか
「――ああ、クソッたれ」
頭が痛い、視界が霞む、吐き気がする。
少なくとも、最高の気分からは程遠い起床であった。確か、新卒のときに上司に振り回されて飲み歩いた後に目覚めたらこんな状態だったな……は?
「ちょっと待て、痛覚がある、目が見える、体の中身がちゃんとある!」
いや、自分はあの時、確かに死んだはずだ。
一度脳内妄想がシャットダウンしたのを完璧に覚えている。
それに、自分はベッドじゃなく硬い床で寝かされているのも納得がいかない。日本の病院なら、いくら無職であろうと死にかけの患者にこんな仕打ちはしないはずだ。
「よっと……手が動く。足も……血もどこにも出てない。というか、傷がない……」
全不調の体に鞭を打つように起き上がる。
辺りは何も見えない漆黒とも呼んでいい暗闇だった。そんな中、自分にだけスポットライトが当たっているような状態だ。
今の自分にできるのは、とにかく自分自身の安否を確かめることだった。その体は、治ったというよりは戻ったといった方が正しい。
医学に疎い俺でも、こんなこと現代医学でできないことは百も承知だ。
「とにかく、助かった……のか?」
「いや、死んだよ。キミは死んだ」
「――ッ! 誰だ?!」
何もない虚空から、女性の声が聞こえてくる。
声のする方へとっさに体ごと向けると、そこには自分と同じようにスポットライトにあてられた女性が、階段の上にある玉座に足を組んで座っていた。
「ようこそ神の部屋へ、キミのことはあらかた知ってるよ。百々平次クン」
「――あんた何者だ。さっき俺は死んだって。それにここは」
「質問は一つずつが礼儀だよ。まあ、神は寛大だからね。キミの質問にはちゃんと答えてあげるよ」
「いや、まて、俺が悪かった。その前に一つだけ解決させてくれ……その恰好は?」
混乱でありきたりな質問をした自分を悔やむ。
俺は今、場所だとか身分だとか、そんなものを確認するよりももっと大事なものを質問する必要があった。
「――なんでバニーガール姿なんだ?」
目の前の赤い髪の毛を有した女性は、その抜群のプロポーションを誇示するような服として、うさ耳のバニーガールの衣装を着こんでいた。
それだけならまだしも、何かコートみたいなものを羽織り、それが破壊力抜群の彼女の恰好により拍車をかけている。
「おっと、これは許してくれ。私はコスプレが趣味でね。私のような偶像的存在にキャラクターという固有名詞を当てはめることでその人物の気分を味わっているんだ」
神様がかなり人間じみたことをしているのには正直ビックリだ。
見た感じ、威厳というかそのようなものはほとんど無く、どちらかといえばユーモアにあふれていそうな神様だ。
正直怖いおっさんとかだったらどうしようかと思った。
「そう……なのか。とりあえず俺の中での問題は解決した。進めてくれ」
「私からも質問いいかな? キミ、前世を見たときよりもよく喋るね。空想の中の人物以外にはコミュ障を発症するのかと思ってたけど」
「なんかもう……いろいろとぶっ飛んでてそれどころじゃないんだ」
彼女の言う通り、元の世界では死ぬ間際に至るまでまともな交友関係なんぞ築けず、知り合いと呼べる人間も片手で数えるほどしかいなかった。
コミュニケーション能力が圧倒的に皆無だったため、人の目を見て話したり、言葉を滑らかに紡ぐことが大の苦手だったのだ。
そしてそんなことよりも、もっと気になることが今、頭の中に舞い降りてきた。
「――なんであんたそのこと知ってるんだ?」
「言っただろ。『前世を見た』って。キミの情報は全てこの紙に記されているんだ」
彼女の手にはいつの間にか紙の束が出てきていた。
どこからか取り出したとか、誰かに持ってきてもらったとか、そう言うレベルじゃない。
瞬きをしたその瞬間、まるで次のシーンに切り替わるかのように、彼女の手の内に顕現したのだ。
言い当てられて少し恥ずかしい気持ちもあったが、それ以前に怖気がした。
俺の推測が間違ってないなら、おそらく目の前の存在に隠し事などという行為は無意味なのだろう。性格も飄々としており、掴みどころがないために何を考えているのか読めない。
「それじゃあ話を戻そう。ここは神の部屋。そして私は神様。ここまではいいかな?」
「説明がアバウトすぎて要領を得ないんだが……」
「おいおい、大抵の異世界転生候補者はここでオールオーケーしてくれるぞ? まあ特別キミが要領悪そうには見えないか……」
「いや無理無理、そんな一行で済ませれる説明でだれが……今なんて言った?」
自分の耳が不調でなければ、今とんでもないことを聞いた気がする。
彼女の口から出た言葉が嘘じゃなければ、自分もとうとう選ばれたのだろうか。
あまりにも非現実的だと思っていたため、ライトノベルやウェブ小説などはそこまで読み漁っていないが、そんな俺でも今の言葉を聞いてワクワクしないわけではない。
「言っただろ? キミは異世界転生候補者だ。そして、もうすぐ異世界転生して人生をやり直すことになる」
「――嘘じゃ……なかったのか」
「この期に及んで嘘やドッキリで済ます気はないよ。神は正直だからね。もちろん天国に行って来世を待ちながら暮らすのもいいよ。かなり退屈だろうけどね」
疑惑が確信へ変わり、不安が期待へと変貌を遂げた。
ただ、ここでひけらかに喜ぶのは少々恥ずかしいので、心の中で小さくガッツポーズしておくことにしよう。
「もう一度細かく説明しよう。ここは死んだ者から抽選で選ばれた生物だけが入れる神の部屋。そして私はこの世界の神様的存在なわけ。んでもって、キミは抽選で選ばれた異世界転生者として、とある世界に行ってもらうことになった」
「抽選でってことは俺以外にも何人かいるのか」
「その予想は当たってるよ。みんなこの部屋に来て、何かしらのスキルを獲得して転生してく。向こうの世界では『
ここまで待ち望んでいた展開が来るとは思いもよらなかった。
とんとん拍子に話が進んでいって正直怖い気持ちもあるが、それよりも今はまだ見ぬ世界へのあこがれと焦燥感で胸がいっぱいだ。
どう理解しようとしたって、想像の外側の話だ。
「俺がその魔王とやらを倒す必要はないのか?」
「好きにするといい。出会った仲間たちと冒険譚を作る旅に出るもよし、街で素敵な人たちに囲まれながら暮らすもよし。全てはキミの自己責任だ」
「聞けば聞くほど現実味が薄れてくるな」
「安心しなよ。少なくとも濃い人生になるはずだぜ?」
彼女がそう言うと俺の足元に、散らばった幾枚かの手のひらサイズのカードが裏側に向けられて出現した。
「さあ、選びたまえ。これからキミと一生を過ごしていくスキルだよ。もちろんこの中にさっき言ったチートと呼ばれるスキルも含まれている」
「完全に運ってわけだな。正直運には恵まれない生涯だったが、今度こそ掴んで見せる」
そう言って俺の足元から一番近いカードを手に取る。
理由は単純だ。俺に近いカードってことは、何か自身と近しいものを持っているかもしれない。
そんな安直で何の理論もない理由ではあったが、こう言うのはさんざん悩むより直観に頼った方がいいに決まっている。
そう思い、真下のカードに手をかけ、ゆっくりとめくっていく。
そして、完全にめくり切り、転生後の生涯を自分と共に歩むスキルをこの目で確認しようとした瞬間だった。
――唐突に、手に持っていたカードが消えた。
「――え?」
「っと、ここまでは今までの転生者全員に話したことだが……百々平次クン。私はキミを転生させる気は毛頭ない」
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