九月七日
カラスの依頼 一
九月に入り朝夕は涼しい風が吹く事もある。シタが事務所の窓を開けてボーっと他所の庭の青い柿の実を眺めていると、カラスが入って来た。
ふっくら黒々としてどこか威厳を感じるそのカラスは、迷いなく室内に飛び込むと書類の散らかる机の上にとまった。
「珍しいお客さんじゃないか。なにか食っていくか?」
そう言いながらシタがカラスの背を撫でようと手を伸ばすと、くちばしでガッとつつかれた。
「カァ!」
それでもカラスは逃げ出す気配がないので、シタはめげずにキュウリを細かくちぎって差し出した。
しかしカラスは食べる前にバサバサと部屋の中を飛び回り始めたのだ。
いよいよ、これは何かあるぞと気付いたシタが会話用の首輪を手にすると、カラスはピタッと動きを止めて首輪をつけられた。
「最近、群れに妙なのがいるんだ」
開口一番、カラスはそう言った。
どうやら本当に客だったらしい。シタは手帳を開き、しっかりと話を聞く。
「妙なのとは?」
「見た目もニオイもカラスなんだが、虫を見ては悲鳴をあげるし、蝉にビビって水溜りで溺れるし、大人だっていうのに飛び方もぎこちない。そんで何よりおかしいのはな、肉が嫌いだってんだよ。な? おかしいだろう?」
「肉というのはカラスにとってはいつも通りの肉なのか?」
「おぅ! しょっちゅう食えるわけじゃねぇんだけどな。まぁ、俺の群れはこの辺じゃちぃっとデカいんでたまには狩りをする事もある訳だ。狩りたての新鮮な肉だぞ? うまいに決まってんだろ? それなのにアイツ、ヒヤァッなんて死にそうな声を出すんだよ」
カラスは心底わからないと言った風に、くるくると首を傾げている。
「なるほど。そいつの体は間違いなくカラスなんだな?」
「あぁ。それは間違いねぇ」
なるほど、とシタは思った。
そして手帳を閉じ、スーツパンツに半そでのカッターシャツを着て、革鞄を肩からかける。
夏なのだからもっと楽な服装にしたらいいと思うのだが、シタの場合はこれでなければならない。
別にこだわりがある訳ではないのだが、選択が苦手なシタが選ぶと赤や黄色のピエロのようなトンチンカンな服装になって笑われるのだ。
だから仕事はスーツと決めている。
「お! 来てくれるのか」
「あぁ。その妙なカラスに会わせてくれ」
「もちろんだ。金はないが報酬は期待してくれよ」
そうしてカラスを肩に乗せて歩き案内されたのは、公園とは名ばかりの登山道だった。
「まだ登るのか……?」
「もうすぐだから頑張れや! な!」
そんな会話を何度となく交わし、ようやく着いたのは登山客の休憩用の東屋がある見晴らしのいい場所だった。
そこに甲高い声を上げて鳴くカラスがいた。
そのカラスは羽をバタバタとさせて他のカラスが運んでくれるバッタや芋虫から逃げ回り、まるで地上で溺れているようだった。
「な? おかしいだろ?」
「確かに」
ボスカラスが落ち着かせるようにその妙なカラスの前に降りたので、シタはしゃがみ込んでそいつを見た。
妙なカラスは怯えるように走って逃げだしたが、飛べないカラスを捕まえる事は意外に難しくなかった。
そうして首にもう一つ持ってきた会話用の首輪をつけると観念したように、身動き一つ取らなくなった。
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