イタコと犬 八
「大丈夫か?」
犬のアバターは聞く。
「あぁ。おかげで助かったよ。ありがとう」
「そうか」
答えてから犬のアバターはチラリとサイガワの遺体を見て、立ち去ろうとした。
「待ってくれ。サイガワ先生だろう?」
「だったらなんだ」
サイガワはぶっきら棒に答えた。
「悪かった。先生の体を守れなくて」
シタが痛むわき腹をさすりながら頭を下げると、サイガワは「ハンッ!」と鼻で笑う。
「何を言っているんだ。僕を殺したのは僕だよ! お前がユリと一緒に僕の事を調べていたのは知っているぞ。探偵なんだろう? でも、とんだポンコツ探偵じゃないか」
「そうだな。私はただの便利屋だ。探偵をするにはこの性格は難があり過ぎる」
けれど探偵じゃなければいけないのだとシタが言うと、サイガワは歯を剥いて威嚇の姿勢をとった。
「お前の幸福の基準に僕を当てはめるなよ? 僕はな、今すごく幸せなんだ。僕を迎え入れてくれそうな群れを見つけたし、好きに寝て起きて、誰にも責められる事がない。薬が効かなかったと文句を言われないし、患者が自殺したってもう僕のせいじゃない。コメント欄に思った通りの事を書いてクズだ、碌で無しだなんて罵られる心配もないし、こんな満ち足りた暮らしが人の世にあったか⁉ 僕はここにいたいんだ! 人間の体は僕には合わないんだ! 自分の好きな体を選んだっていいだろう!」
サイガワは一気に叫ぶと、シュンと尻尾を垂らす。
「体に入っていたのは誰だ?」
「知らないよ。急に夢の中で体をくれって話しかけてきたんだ。ずっと昔に精神科医をしていたって言っていたから承諾したけど、それ以上は知らない」
二人はケータイのメール作成画面でやり取りをしたのだと、サイガワは言う。
「体を殺したのは、本当に先生なのか?」
「あぁ。昨日の夜、あいつがお前にバレたと言ってきたからな。この体を捨てて別の体に乗り換えた方がいいと言ってやったんだ」
そして崖から自らの体を突き落したのだと、サイガワはすっきりとした顔で言った。
「それじゃあ、その違法アバターについて教えてくれないか?」
シタが聞くと「あぁ、それか」とサイガワは澄ました顔で呟く。
「このアバター自体は普通の、二時間程度しか魂を入れておけない他のと同じアバターだ。ただ患者の知り合いから買った光水核を使っているんだ」
その言葉に、シタは先日のヌイの事を思い出す。
「光水電池と入れ替えれば何日でも何年でも魂を入れて置けると言われたから買ったんだが、やっぱり違法なのか、これは」
でもやらないぞ、とサイガワは言う。
「私は警察ではないからな。命の恩人を見逃すくらいの事はするつもりだよ」
「そうか。それは有り難い」
「どこの業者か分からないか?」
シタの問いに、サイガワは首を横に振る。
「僕に光水核を勧めた患者だって、偽造した保険証を使って名前も住所もみんな嘘だったんだ。分かるわけないよ」
「もしかしてそれは、灰色の金平糖のような物か?」
「そうだ。たぶんだけど、これは最近よくニュースになっている光水の結晶だろうな」
光水から違法に作られた結晶が出回っているというニュースは聞くが、形は分からないとどのニュースも伝えている。
「そうか、ありがとう。先生の事は死んでしまったと言っておくよ」
「頼んだぞ」
それからサイガワは「人を呼んでやる」と言って谷を上っていった。
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