兎と婚約指輪 四

 駐車場のそばから石段を上っていくと、途中に幾つも鳥居が建っている。だからと言ってこの先に神社がある訳ではない。そこにあるのは書塔だ。

 黒めかしい石造りの、円柱型の塔。苔が生し、蔦の絡む古びた塔だ。


 その向かいには平屋造りの家屋が母屋と離れとある。二つは渡り廊下で繋がっているのだが、そこに梅の木が割って入っており季節には風情があるものだ。

 シタは真っ直ぐ塔に入って行った。


 入り口には置き看板で『失せ物探し賜ります。一件五千円。形の無くなった物でも構いません。一度ご相談ください』と書かれている。


 シタが木戸を引くと、カランカランと鈴が鳴った。その足元を自宅に帰るがごとく軽快に抜けていくポ助は、住み込みバイトの女性のウナに抱き上げられた。


「いらっしゃい、探偵さん」

 ウナは柔らかく微笑む。


 すると二階の手摺ごしに店主のカカがぺこりと頭を下げる。カカはまだ十九歳という若さからか性分か、人見知りで声の小さい男だ。

 対してウナは二十五歳の、どちらかというと豪胆で大雑把な女だ。

 この二人には少し面倒な事情があるが、それでも仲良く二人で塔を経営している。


「今日はどうしたんですか?」

 降りてきたカカが聞く。

「あぁ」


 そうだったと思い出し、シタは中をぐるりと見まわす。

 ウナはすでに隅のカーテンで仕切られた所でポ助にご飯を差し出している。


 琥珀色の布張りのソファーと濃茶の机の応接セット以外、ここには本しか見当たらない。窓は小さなのが所どころにあって、スッと一階まで光を落している。

 シタはしばらくキョロキョロとしてから、おもむろに仕切りのカーテンを開けた。


「あ、あの……! お客さんが来てるので開けないで下さい」

 店主が控えめに訴える横で、ウナは興味無さそうにポ助の頭を撫でている。

 カーテンの向こうには指圧屋にあるような簡素なベッドが三つ並んでおり、その一つに女性が眠っていた。


「彼女はヌイという女性に間違いないね?」

「え? なんで知っているんですか?」

 カカがそう言うのを聞いてすぐ、シタはしゃがんでベッドの下の彼女の鞄を漁り始めた。


「シタさん! 本当にやめて下さいよ……せめて事情を教えて下さい……」

 泣きそうな店主の横で、ウナが「そう言えば荷物が光ってたけど」と呟く。


 シタはすぐにその光の正体を見つけた。

 それは手のひらサイズの金平糖のようだった。ただ雪雲のように濃い灰色をしているけれど。


「ウナ。これについてこの女性に聞いたか?」

「いいえ。特に興味もなかったので」


 ウナがそう言うのでシタはカカに目を向けたが、カカは首を横に振るばかりだ。

 それからシタは自分の鞄から心霊カメラを取り出し、ヌイの荷物をくまなく見た。

けれど依頼人の息子の魂は浮遊していないし、魂が無理やり張り付けられたような奇物も入っていなかったので、例の金平糖も鞄に戻す。


 もしかすると彼女は、行方不明の彼の魂を探しにここに来たのではなかったかと思ったけれど、どれだけ聞いてもカカとウナは口を割らない。


「でもこれだけは教えてくれ。彼女は本の中なんだね?」

「そうですけど……」

 シタの問いかけに、カカがおずおずと答える。



 この書塔では燃えた写真や忘れてしまった思い出などを探す時、また探すのではなく今すぐにその品物を手に入れたい時には本を利用する。

 まず、とある箱に「私の失くしたあれはどこか?」と聞く。そうして蓋を開けると、箱の中に幻が見え、それを店主のカカが読み取って「どこそこにありますよ」というのが普通の流れだ。

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