サヴリナ、出動!
その日の夜、ボクはメイドに変装してエチスン卿の屋敷に忍び込んだ。
「誰だテメエ? 見ねえ顔だな?」
ランタンを持った守衛の一人が、ボクに話しかけてくる。
「サヴリナですぅ。今日からお世話になりますぅ」
まさかここで、冒険者ギルドで使わなかった偽名が役に立つなんて。
「まあいい。掃除をしていろ」
「はぁい」
ボクは、階段の手摺を磨く作業に戻った。
一気に本丸を叩く前に、外側から相手を弱らせる作戦である。
ちなみに、本物のメイドさんには大金を渡して交代してもらった。
使ったお金は、ダンセイニ卿からいただいた依頼料である。
「捕まっているあなたの家族を取り戻すため」と話すと、彼女は快く代わってくれた。
それにしても。
「キミたちまで来ること、なかったのに」
ボクの隣には、キュアノとルティアがいた。ルティアはボクと同じメイド服を着て、床をモップで磨く。女性だから、ボクより似合う。
「お前だけ、危険な目に遭わせるわけにはいかねえ」
『そうなのです。本当なら、ぼくたちの仕事だったのです』
ああ見えて、責任感は強いみたい。
キュアノはムチにハタキを取り付けて、器用に天井のホコリを落としている。明らかに、普通の執事がやる仕事ではない。
「あまり目立たないでね」
「大丈夫。私たちはうまく景色に溶け込んでいる」
どうだろうか。執事はムチなんて持ってないと思うけれど? 見るからに、戦闘要員だよね?
「横流しの証拠さえ探せば、ここからはおさらばだ。短期決戦だよ」
ボクが言うと、二人もうなずいた。
「承知!」
「任せて」
三人は、散開する。
一番怪しいのは、エチスン卿の書斎だよね。
そーっとドアに忍び寄って、誰かいるか確認する。見張りが一人だけ。
奥を調べていたはずのキュアノが、堂々と扉の前へ向かう。
「キュアノ!」
小声でキュアノに声をかけたけれど、耳を貸してくれない。
「どうした?」
「交代」
「まだ時間があるじゃ……」
腹パン一発で、見張りは倒れ込む。
「大胆だね」
キュアノの元へ駆け寄り、二人で見張りを担いだ。
向かいの従業員用トイレに、見張りを隠す。
カギ穴から中を覗くと、誰もいない。
「さてさて、久しぶりにカギ開けだ」
見張りは、カギを持っていなかった。自分で開ける必要がある。
針金で、どうにか扉を開けた。久しぶりの手触りである。
真っ暗な書斎の中へ。
片っ端から資料を漁る。
もともと、ボクはこういうことをするために勇者パーティに入っていた。できるだけ血を流さず、相手に不利な情報を手に入れて弱体化させること。それが、勇者パーティにおけるボクの主な役割である。お役御免になっちゃったけれど。
「ん? 二重の引き出し」
引き出しの底板が、二枚ある。こんな手口にはだまされない。
「あったよ。横流しの証拠が」
ダミーの企業に、寄付金が使われたのか。ひどいな。約六割がコイツの懐に入っていたとは。
「他にも、人質が捕らえられている場所の地図もあるよ!」
「すまねえ! これさえあれば」
ルティアに重要な資料を渡したときだった。ボクの目が、写真立てを発見する。あの写真に写っているやつが、エチスン卿か。その隣にいるのは……。
なるほど。あいつの仕業だったのか。ならば。
部屋の明かりが灯る。
敵の正体に気いて、警戒心が緩んでいたのだろう。
「やけに新入りが入ってくると思ったら、やはりそういうことか!」
サングラスを掛けたスキンヘッドの男が、こちらに銃を向けた。他の男たちより、彼が一番服装が豪華である。おそらく、彼がここのフロアを任されているボスだろう。
「キュアノは、これを持って王族に報告しに行って。途中でダンセイニ卿を拾うことも忘れないでね」
横流しの書類を、ボクはキュアノに持たせる。
「ルティアを頼んだよ、キャアノ!」
「待てよ! お前だけで、ここを乗り切る気か!?」
「ボクはもう、場所を覚えたから!」
「恩に着る!」
窓を突き破り、ルティアが脱出した。
「一人で大丈夫?」
「こういうのには、慣れてるさ」
後は、ボクだけで時間を稼ぐか。
「やっちまえ。女どもを逃がすんじゃねえ!」
男たちが、ボクを無視してキュアノたちに向かっていった。
「女どもだけ逃がすとは。あいつらがただで済むと思っているのか?」
「そう思うなら、見てみたら?」
ボクは、窓から離れた。「どうぞ」と、スキンヘッドに窓を覗かせる。
「ぎゃあああああああ!」
外からは、悪漢たちの悲鳴が上がっていた。
ルティアの雷撃が火を吹き、キュアノの冷凍剣が悪党を無力化していく。
「もし彼女たちを逃さなかったら、ああなっていたのはあなただったよ」
「ふ、ふざけやがって! テメエら、このガキだけでも殺せ!」
ボクには、キュアノたちみたいな大量殲滅用の技なんてない。だけど。
「そりゃっ!」
ボクはスカートをカーテシーでまくり上げる。
ゴロゴロと、黒い球体がボクのスカートから大量にこぼれ落ちた。
「わ、爆弾だ!」「逃げろおお!」
エチスンの配下たちが、逃げ惑う。
派手な音を鳴らして、球体が破裂した。もちろん、爆弾ではない。ただの煙幕だ。かく乱できればいいだけだからね。
あまり時間を稼ぎすぎると、相手が逃走を優先してしまう。
適度に怒らせて、こちらに注意を向けさせる。
追われつつ、退路を断つんだ!
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