接吻
キュアノの舌が、ボクの口に入り込む。なんだか甘い。キスって甘いらしいとどこかの本に載っていたけれど、これは物理的な甘さだ。たとえば、エリクサーのような。
ゴクリと、ボクはノドを鳴らす。甘い液体が、ボクの体内を駆け巡った。活力が蘇ってくる。
「ぷはあ! ちょっとキュアノはむう!」
唇が離れたから、語りかけようとした。けれど、キュアノの接吻攻撃はまだ止まらない。
よく見ると、キュアノの手には回復薬の空瓶が。
「これはなにキュアノむぐうう!」
質問しようとしたが、まだまだルティアはキスをやめてくれない。
人工呼吸じゃないんだから!
「おいおいお前、それ、エリクサーじゃねえか!」
ルティアが、キュアノの持つ空瓶を指差す。
そうか、エリクサーの味だったのか。
エリクサーはハチミツも配合されているため、強烈な蜜の味がする。ボクのダメージが限界を迎えたから、キュアノは薬を口移しで飲ませてくれたのだろう。
以前ボクは、小型ドラゴンのブレスを浴びたときに飲ませてもらったことがある。そのときも、ホルストは口移しでボクに飲ませようとしたよな、と思い出す。結局ヘルマが、無理やり口に押し込んで飲ませてくれたっけ。
「そんな! めちゃくちゃ貴重なエルフの秘薬じゃないか!」
無理やり身体を起こそうとしたけれど、ボクはまためまいに襲われる。
「あなたが死ぬことに比べたら、エリクサーの価値なんて」
そこまで、ボクを思ってくれていたのか。大事な薬まで使って。
「ありがとうキュアノ。助かったよ」
「サヴ、もうこんな無茶はしないで」
キュアノの瞳に、光るものが。
「お願いだから、私のために危険なことはしないで」
真剣な眼差しを、キュアノはボクに向けてくる。
「うん。ごめんなさい」
「怒っているんじゃない。心配した」
「わかった。もう無茶はしないよ」
キュアノに手を引かれて、ボクは起き上がった。
「はーあ。なんか、ごちそうさま」
騎銃にもたれ、ゴスロリ海賊ルティアは戦意を失う。
「もう戦わないの?」
「ああ。なんかやる気が削がれた。それに」
ルティアが、海に視線を向ける。
「追加のお客さんが来たみてえだしな」
そのときだった。増援の海賊船がやってきたではないか。
「まだやるか!」
今度の相手に、村人はいない。全員が半魚人だ。
「クラーケンをやっつけたくらいで、いい気になってんじゃねえ! 兄弟の仇をとらせてもらうぜ!」
下卑た笑い声をあげながら、海賊が大砲の照準をボクらに定める。
「このお! く……」
立ち上がろうとしたが、膝がガクンと下がった。
「サヴ、あなたはムリをしてはダメ」
キュアノが、肩を貸してくれる。
エリクサーを使っても、完全回復には至っていない? どうして?
かろうじて、消えかかった命を蘇らせたに過ぎなかったのかなぁ。
それだけルティアは強敵で、クラーケン戦でも無茶をしたというわけである。
我ながら、不甲斐ない。
「しまった。これは数あるエリクサーのひとつ、【
あー、そっちか! ボク、お酒が飲めないんだった。
こちらはもう、まともに戦えるのはキュアノだけだ。ボクも動けるが、これだけの数を相手にできるかどうか。
護衛の冒険者さんも、武装して牽制している。
しかし、敵はみんな魔族な上に、手強そうだ。
切り抜けられるかもしれないが、こちらに多少の犠牲者は覚悟しなければならない。
「やれやれ、アタシの出番ってね」
のっそりと起き上がって、ルティアがまた騎銃を構える。
「ルティア?」
「乗りかかった船だ。アタシも手伝ってやる!」
騎銃からの雷撃で、ルティアは大砲を積んだ海賊船を沈めた。
これで戦局は、有利に進むだろう。しかし、ルティアはそれでいいのか。裏切ることで、リスクを伴うんじゃ……。
「てめえ、ルティア! 貴様裏切る気か!?」
海賊の親玉らしき男が、三日月刀の先をルティアに向ける。
「うるせえ、テメエらのやり方にはもうウンザリなんだよ!」
「裏切り者には死を! てめえらやっちまえ!」
モンスターの海賊たちが、ボクたちの船に向かって跳躍した。
その矢先、大砲の掃射が海賊たちを蹴散らす。
「ぎゃあああ!」
背中から砲撃を受けて、モンスターの大半が砕け散った。
水平線の向こうから、大艦隊が押し寄せてくる。主砲を放ちながら、海賊たちを追い込んでいった。
砲撃を受けた海賊船が、爆風に飲まれて沈んでいく。
攻撃したのは、ドーベルマンの書かれた盾が目印の旗を掲げる船だ。
ヨートゥンヴァイン王国の軍用船である。
人間族に混じって船を操っているのは、ドレイクたちである。
角だけ生やした者、ウロコだけが目立つ者、顔がドラゴンの者まで、人種の造形は様々だ。
「くそ、ヨートゥンヴァインかよ! 退け退けええ!」
さしもの海賊たちも、部隊を半壊させられて徹底していった。
無事を確認し終えて、ヨートゥンヴァインの船がボクらを取り囲む。
「ファウルハーバーからの船ですね? 我々が来たからには、彼らの好きにはさせません。ご安心を!」
頭がドラゴンのドレイク族が、軍用船からボクたちに声をかけてきた。
「はわわ、よかった」
みんなの無事を確認した途端、ボクはよろめく。思っていた以上に、消耗していたみたいだ。
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