第7話 へし折れる
更に二カ月が過ぎた朝。廊下の掲示板に新しく張り出されたニュースを見て、ミソラは凍りついた。
紙面にあるのは、クラスメイトのエディンの功績をたたえた記事である。それだけなら別に珍しくもない。何せ彼は天才なのだから。
問題は、そのエディンが成し遂げた功績だった。
『反重力金属を使用した、飛行用全身スーツの試作型完成』
つまり人が自由自在に空を飛ぶ為のもの……ミソラの研究していた物と、着想と目的が同じだった。
しかも、素材の反重力金属はミソラが作った物にも使われている。
記事を目で追っていくと、飛行スーツのメカニズムがつらつらと書かれているが、全然頭に入ってこない。
なんで、なんで自分が必死で研究していたものが、エディンの手柄になっているのか。
ショックで冷え切った頭が、急にぐつぐつと沸騰していくように感じてきた。
こんなの、許していいはずがない。あの記事に載るべきなのはエディンではないというのに。
気がつけば、ミソラは走り出していた。そのまま全力疾走し、教室の戸を勢いよく開ける。驚いたクラスメイト達が一斉にミソラの方を見るが、そんなものを気にしている場合ではない。
「エディンは何処だっ!」
息を切らせながら叫ぶ。が、教室内に彼の姿はない。
「エディン君なら表彰で遅れてくるそうよ。どうかしたの?」
「クラウディア、放っておきなさい。どうせ被害妄想で言っているだけなんだから」
セイラが冷ややかな表情でミソラをにらみつける。
「で、何? エディン君にくだらない言い掛かりつけたら許さないから」
「あんたには関係ない」
「なに口答えしてんのよ! 言っておくけどエディン君に苦情を言うのはお門違いよ。別にあんたなんかの研究盗んだわけじゃないんだから」
「嘘だ!」
「単なる着想だけなら盗んだって言わねーだろ」
セイラに食って掛かりそうなミソラを制止するかのように、あの憎たらしい男子生徒が割って入ってきた。
「ない頭で考えてみろ。着想だけで特許取れるんだったら誰も苦労しないっつーの。どうやったら空を飛べるかなんて誰でも一度は思うことだし。だけど、エディンはそれを実用化レベルの代物まで持っていったんだから賞賛されて当然だろ。そこがお前との最大の違いだ」
「私のも飛んだ!」
男子生徒はげらげらと笑い出した。
「お前のが? 飛び降りただけだろーが。あんなの実用化されたらたまったもんじゃねえっつーの。あのでっかい羽? みたいなのも意味わかんねーし。つか、お前のせいで授業潰れた事も忘れたのかよ、バカ」
「研究禁止って言われなかったら……」
ミソラはうつむいて唇を噛んだ。怒りで身体がガクガクする。
「ついでに研究成果をパクッたというのもナシだぜ。お前の持ってるファイルは開けられないんだし」
言われてみるとそうである。ファイルの鍵は常にミソラが肌身離さず持ち歩いていたし、ファイルの方も中身を抉じ開けた形跡はない。
つまりエディンは、ミソラの作った発明品のメカニズムを知らないという事になる。
「本当、あんたってどうしようもない奴。自分の研究が上手くいかなかったからって言い掛かりつけて逆恨み? 人として終わってるわ」
セイラが吐き捨てるように言った。
周囲から馬鹿にしたような笑い声と「謝れミソカス」や「失せろ卑怯者」などの野次が飛ぶ。
「私の、研究なのに……」
クラス中の悪意に、ミソラが対抗できる術はもう残っていなかった。
エディンの功績が盗作だったという真実の方がどれだけ良かったか。
それだったらミソラの怒りも正当化できるし、天才をパクらせたという意味ではミソラの研究にも価値があるとも取れる。
だが現実は、エディンの研究発表は正当なものであると証明され、ミソラの言い分は不当な言い掛かり、あれだけ頑張った研究も何の価値のないものへと化した。クラスメイトに自分の価値を認めさせ、悔しがらせたかったのに、結局馬鹿にされる材料を増やしただけ。成果らしい成果などない。
痛い。辛い。苦しい。四方八方から笑われ、罵倒され、馬鹿にされ、ミソラの心は耐え難い何かに飲み込まれていく。嫌だ、こんなの。
次の瞬間、ミソラは文字では表わせないような叫び声を上げながら逃げ出した。
頭ぐちゃぐちゃで、髪を振り乱し、廊下や階段をひたすら走った。その行き先は彼女自身にも分からない。
もう嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌
下り階段で足を滑らせて、尻餅をついたところで、ようやくミソラの足は止まった。座り込んだ状態のまま、息を整える。
そうだ、冷静にならないと。冷静って何だっけ。
走りすぎて足がズキズキする。頭がグツグツして息がゼーゼー言っている。
ここ……何処だっけ?
見慣れない景色。それもそのはず、ここは非常階段の踊り場だった。
何処をどうやったらそこに出たのか覚えていないが、とにかくミソラはそこにいた。
私……何やってるんだろう。
冷静を取り戻そうとすればするほど涙がこみ上げてくる。鼻が詰まって呼吸が苦しい。
泣きたくない。泣きたくないのに。
だが、溢れる涙は止まらない。ミソラは膝を抱えて、声を殺して泣きじゃくり始めた。
どれくらい時間が立ったのか。
ミソラは座ったままぼんやりしていた。目は赤く腫れ、虚ろである。
泣くだけ泣いたのでもう涙は出なかったが、心は全くと言っていいほど晴れそうになかった。
どうしていつもこうなのだろう。
頑張ろうと思っても成果が出ない。それどころか努力すればするほど皆に笑われる。やっと望む結果が出せそうだという所であっさり台無しになってしまう。自分の手元には、何も残らない。
小さい頃は、結果より頑張った事が大事とか努力を諦めなければ必ず報われると言われて、それを信じて疑わなかったが、今となってはそれがただの気休めと敗者の負け惜しみである事を痛感してしまった。
いっそ、諦めてアカデミーを辞めてしまおうか。
そんな考えが頭をよぎる。彼女のモチベーションは完全に底を付いていた。
けどそう考えると脳裏によぎるのは、アカデミー入学を喜んでくれた家族や友人、近所の住人達の面々の顔である。
辞めたと言ったらきっとガッカリするだろう。近しい人間ほど、失望に近い感情で。
それどころか、クラスメイト達と同じように軽蔑したりバカにしたりする可能性だって低くはないだろう。ほら、どうせお前には無理だったんだ。ざまあ、とか。
そんな事になるのは嫌だ。一生が惨めになってしまう。そうなったら、
「ここにいたのか」
ふいに、頭上から声がした。それから非常扉が閉まる音。
驚いて顔を上げると、すらりとした長い足がゆっくりと階段を下りてくるのが見えた。
「エディン……」
一番文句を言いたいようで、一番顔を合わせたくない人物がそこにいた。
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