第90話 友情とマグネットクラッチ
翌日、水野から、解体屋さんへのお遣いを言いつかった私は、柚月の陰に、結衣を隠すように連れて解体屋さんへと向かった。
部車のシルビアを運転しながら思ったんだけど、後ろ3面に貼ってある、学校の名前と校章のステッカーさ、もう少し小さくできないかな……って。
この間の、陸運局でも思ったんだけどさ、デカすぎて、妙な注目が集まってるんだよね。
ステッカー担当は悠梨だから、後で相談してみよう。
解体屋に到着して、いつものように、お遣いごとを済ませてから、柚月の陰に隠れていた結衣が出てきて、事情の説明をしたんだよ。すると、おじさんは
「そうだな、R32のエアコンは、結構マグネットクラッチが原因でぶっ壊れるからよぉ、よし、おじさんに任せとけぇ!」
と言うと、電卓を弾いて、学割価格だと言って提示した金額は、あまりに驚きの金額だったよ。
私らのバイト代なら、1月分の稼ぎが吹っ飛ぶけど、でもって、エアコンのコンプレッサーとしては、超破格値じゃね? って価格だった。
しかも、長期分割OKという、超お得としか思えないサービスっぷりだったよ。
「結衣、よく考えて計画しなよ。コンプレッサーは助かったけど、ベルトは3本とも新品にしなきゃならないし、1度、コンデンサーや、エバポレーターも点検して、異常が無いことを確認しないと、後でアウトだったら、目も当てられないからね」
私が、結衣に釘をさすと、結衣は、ハッとした様子になって頷いた。
おじさんが、目視した感じは、ガス漏れはなさそうなので、コンデンサーや、エバポレーターに問題はなさそうだとの見立てだけど、念には念を入れて、結衣には、点検に行くように伝えておいた。
◇◆◇◆◇
3日が経過した金曜日、結衣が言うには、あれからベルト購入でディーラーに行った際に、見積りと共に点検もして貰ったところ、特にコンデンサーや、エバポレーターからのガス漏れの形跡はない……とのことだったらしい。
ちなみに見積金額は、優子が言ってたのとほぼ同じで、40万近くになっていたそうだよ。
う~ん、エアコン恐るべし。
なるほどね、エアコンが故障したって、理由で、車を買い替える人は、結構な割合になるって、聞いたことがあるけど、こういう事なのかぁ……確かに、250万くらいで買って12~3年乗った車で、この見積もりだと、ちょっと考えちゃうね。
ちなみに、柚月と優子が言ってたけど、エアコンのガスチャージというのも、エアコンを壊す要因になるらしい。
2人曰く、エアコンのガスの経路というのは密閉されていて、ガスが蒸発したりはほとんどしないらしい。
だから、ガスが減っているという事は、経路のどこかに穴が開いている、とかだから、チャージしても、修理しなければ、すぐ漏れて意味がないという事になるよね。
また、漏れてもないのに、チャージする悪徳業者もいるらしくて、規定量を超えるガスは、あっても機械を壊すだけのものになるため、逆に壊れて修理に持ち込んでから、事実を知らされる人もいるそうだよ。
エアコンのガスは、1回全部抜いて回収してから、真空引きって言って、配管内を完全に真空にして、不純物を取り除いてから入れ替えないと効果がないって、解体屋のおじさんも言っていたよ。
難しいんだね、エアコンって、そして、いつもながら、おじさんは、博学だなぁ……何者なんだろ?
◇◆◇◆◇
翌日の土曜日、私らは解体所に集合していた……いや、結衣によって、させられたんだけどね。
まぁ、どうしてもお願いします、って言うんだから、来たんだけどね。
さて、早速始めちゃおうよ。結衣が買ってきたベルト類と、おじさんが用意してくれた、リビルド品になってるよ。
前にも言ったけど、リビルド品ってのは、廃車とかから外されたものを、オーバーホールして再生させているものなので、中身は新品と考えて差し支えないんだよね。タービンとか、エアコンのコンプレッサーでは、よくあるらしいよ。
どうしたの結衣? そう言えば、ディーラーで、リビルドのコンプレッサーを使った修理も提案されてたけど、今の時期はリビルドも高くて、1~2万しか変わらなかったんだって?
そこは、ここのおじさんだもん。きっと、その謎に包まれた技術力で、その辺にあった廃車のR32のコンプレッサーを、自分で再生させたに違いないよ……と、言いかかって、私の脳裏に、あるコンプレッサーが思い浮かんだ。
確か、優子のR32のエンジンを載せ替えた時に、優子の車から外したものと、優子の車のエンジンドナーになったR32についていたコンプレッサーが、外されて置いてあったはずだ……と。
それを思い出して顔を上げると、同じような表情の、柚月と優子と目が合って、思わずニヤッと笑い合った。
じゃぁ、始めるよ、だって。
ところで結衣、ガスは回収して貰ったの? もう終わってるのね。
ナニそれ、だって? 悠梨、カーエアコンのガスってのは、フロンガスだから、大気に開放すると、オゾン層を破壊するんだよ。
特にR32の年代のガスはR-12っていって、冷媒性能は最強だけど、オゾン層への攻撃度合いも最強だから、今は、使っちゃいけないんだよ。
ちなみに、R33のはR-134aっていう、環境負荷が低減された代替フロンなんだよ。ただ、2018年頃からは、R-134aもR-1234yfっていうガスに置き換えていくようになってきてるんだって。
え? 今回はR-134aを入れるのかって?
いや、R-12用に作られたエアコンに、そのままR-134aを入れても動かないんだよ。だから、専用のキットを使って、色々変更する必要があるんだよ。だけど、そんな予算は無いし、R-12も手に入ったから、今回はR-12を注入するよ。効きも良いし。
まずは、エンジンルームの、コンプレッサー周辺の補器を、外していっちゃうよ。
これは、ターボじゃない分、外すものが少なくて、少しは気が楽だね。
エアクリーナーと、ベルトを外して……って、このベルトは、わりあい綺麗だけど、とは言え、こういう場合は新品にした方が良いよね。
そして、パワステのポンプね。GTSのエンジンの時も出てきたね、この課題が。
でもって、プーリーを回しながら、プーリーに所々、空いてる穴を利用して、ボルトの位置と合わせてレンチで回して抜くって要領でボルトを抜いて、あとは位置をずらしておく……って方法でエンジンも抜けたから、これでOKでしょ。
そして、遂にエアコンのコンプレッサーだよ。
コイツは上2本、下2本のボルトを外して、カプラーを2本抜き、パイプ2本抜くと取れるんだよね。
いや、言うほど簡単じゃないことくらい、知ってらい!
コンプレッサーは、下から抜く人が多いみたいだけど、どうするー?
下から抜くと、結衣の顔面に、15キロくらいあるコンプレッサーが直撃するかもしれないし、上から抜くと、重みに耐えかねて手が滑って、ボディに傷がつくかもしれないよ。
どっちもダメじゃん、だって? 違うよ。どちらにもリスクがあるんだよ、っていう啓発だよ。
じゃぁ上で、だって、まぁ、リフトアップしてるしね、その方が賢明だよね。
2人がかりで持った方が安全だよ。落とさないようにね、ゆっくり、ゆっくり持って外に出すんだよ。
よし、これでコンプレッサーは外れたね。
なんか、このコンプレッサー、油が染みたような跡があるよ。やっぱり、コンプレッサー本体もやられてるっぽいね。
良かったね、結衣、夏になる直前でさ。じゃなかったら、暑いから、誰も作業手伝ってくれなかったよ。
……うんうん、感謝してるって? じゃぁ、感謝の気持ちを、何か形にしてくれると、有難いなぁ。
後はお昼に行ってから、取り付けと室内作業だね。
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■あとがき■
★、♥評価、多数のブックマーク頂き、大変感謝です。
毎回、創作の励みになりますので、今後も、よろしくお願いします。
次回は
遂にコンプレッサーの取り外しが終わった舞華軍団。
午後からはエバポレーター作業に入る。
夏が来る前に、エアコンは動くようになるのか?
お楽しみに。
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