第22話 ハーネスと競技

 私は結衣と新しい部車で第2体育館裏へと乗りつけた。

 と同時に、ガレージからは、一挙に2年生のジャージを着た一団が、飛び出してきて、私たちの車を取り囲んだ。

 車を降りると、悠梨と優子がやって来て


 「おおっ! コレが新しい部車なのか?」


 と、悠梨が車の周囲をグルグル回りながら言い、優子は


 「ええっ!? コレで何をするの?」


 と訝しげに言った。

 実際、後ろにいる2年生も、おおッという期待に満ちた表情と、声を出している娘と、ええ~!……こんなんで何するの?という表情の娘達に分かれている。


 私は、キョロキョロとしながら優子に訊いた。


 「そういえば、柚月は?」

 「ああ、部室の中で大人しくしてるよ」


 と言うので、みんなと部室に移動した。

 柚月はパイプ椅子にぐるぐる巻きに縛られ、目にはタオルで目隠しがされている状態で、ジタバタしていた


 「放せ~! 解けよぉ~! ここはサディスト部かよ~!」


  騒ぐ柚月の前に、腕組みをして立った私は言った。


 「あらぁ、マゾヒスト部の柚月さ~ん。ごきげんよう。残念、マゾ部の活動中だから、新しい部車をお目に掛けられないようでぇ、さてと、新しい部車はしまっておこうかしら~」


 柚月は悔しそうにジタバタ暴れるが、縄はビクともしなかった。


 「どうしても、目隠し取って欲しかったらぁ、3回回ってワンって言ったら取ってあ・げ・る」

 「うう~! マイのサディスト! 椅子に縛りつけられてるのに、回れるわけないだろー!」


 と喚くわめくので、私は優子に合図をすると、優子は柚月の縄を解いた。

 ……と同時に、柚月は素早く3回回ってワンと言った。

 よっぽど、新しい部車を見たかったらしい。


 柚月を、外に連れ出すと、柚月はそこにある車を見ただけで、ニヤリとして


 「マイ~、これで競技に出るつもりだね~」


 と言ってきた。どうやら柚月には、部の狙いが分かっているようだ。

 今回入手してきた部車は、ダイハツ・エッセ。軽乗用車で、色はオレンジ、年式は平成19年とかなので、それなりに古い車だ。

 

 私は、みんなを集合させて、その前で宣言した。


 「部の最初の目標として、軽自動車の競技に出るよ~! まずは、それ用の車を作ろう!」


 みんなの中から、おおっと歓声が上がった。

 2年生は最初の班割りに戻って貰って、プレミオ、ムーヴのオイル交換や、ガレージの片付けなどに行って貰って、3年生はR32を囲みながら、金曜日の続きの、プラグ交換に入った。


 前回、途中のままで置いておいたため、手付かずになっているプラグを外して、水野が用意してくれたプラグを取り付けて、コイルをつけてエンジンをかけてみる。

 “キュルルルルル……ドドッドッドッドッドッドッド”

 あれ? なんかいつもと違う音になってる。

 でも、こういう音でもおかしくないんじゃないか? と思おうとしている自分がいた。


 「どっか死んでるな~」


 柚月が言って、結衣が頷いた。


 「普通なんじゃない? ほら、兄貴が昔乗ってた車にも、こんな音の車あったよ。インプレッサってやつ」

 「マイのバカー!」


 私が言うと同時に、柚月にツッコまれた。

 だから、痛いんだってば、なに? さっき縛ったお返しだって? 私は縛ってないだろーが、優子か悠梨だろ。


 「インプレッサは、ボクサーエンジンだから、その音が当たり前なの! スカイラインはボクサーじゃないから、その音がしたら、最低1気筒死んでる音なの!」


 金曜日、バラすまでは、普通のスカイラインのエンジン音だった気がするので、プラグを替えて不調になったとすると、考えられることは……


 「ダイレクトイグニッションが、ダメになったの?」


 私が訊くと、柚月は


 「可能性的に、無くは無いけど、まずは、重症度が軽い方から見ていこーか」

 

 と言うと、またパイプをばらして、プラグカバーを外した。

 そして、再びプラグまでアクセスすると


 「マイ、そっち3本を1回緩めてから、もう1度締め直して」


 と言うので、私はプラグを順番に1度外してから、再び付け直した。


 「どう~? 緩んでるのあった~?」

 「無い」

 

 私が言うと、柚月はコイルを再び付け直して、ハーネスを繋いでいこうとした。その時だった


 「あ」


 柚月が妙な声を上げたため、私は訊いた。


 「どうしたの?」

 「ハーネスの爪が折れてるところがある~」


 柚月の手の先を見ると、コイルに繋がっているワイヤーハーネスの、取り外し用の爪が、経年劣化なのか、押し込まれたままで折れてしまい、きちんと刺さらない状況になっていた。


 「これじゃぁ、刺しても振動で抜けてきちゃうよね~」


 と言うと、ガレージの中で整理作業をしていた2年生に指示して、戻ってくると、彼女が持ってきた結束バンドを受け取った。


 「マイ~、ハーネスを思いっきり刺した状態で押さえといて~」


 柚月の指示で、押さえていると、柚月が、ハーネスとコイルを、結束バンド数本で、きつく巻きつけた。

 その状態で、仮付けをして、エンジンをかけてみる

 “キュルルルル……ヴオオオオオー”


 元通りのエンジン音に安堵した。

 それを見た柚月は、エンジンの脇にある、半円型のレバーのようなものを捻ると、それに合わせてエンジン回転が上がって、エンジンが激しく振動した。

 “ヴオオオオン……ウオオン……ヴオン、ヴオン、ヴオオン”


 柚月は、ひとしきりエンジン回転を上げてみたりして様子を見ると


 「まぁ、取り敢えずはこんなもんで大丈夫だけど、本当は新品のハーネスが出れば、買っておくに越したことないね~」


 なるほどね。一応固定はしてるけど、緩んだり切れたりしたら、ダメだもんね。

 それにしても、ハーネスって、こんなにあっさり折れちゃうんだね。

 え!? エンジンルームの温度って、差が激しくて過酷だし、乾燥もするから辛いんだよって? むしろ、それだけの年数もったんだから立派だよ……かぁ。


 ひとしきりの活動が終わったところで、2年生は解散させて、私は、3年生に今後の活動方針を話すこととした。


 「競技に出るよ」

 「なんで、あの車で出るの? もっと凄い車で出るのとかないの?」

 「そうだよ、R32もあるんだしさ、それに、もっと凄い車、買ってさ……」


 私が説明すると、優子が噛みつき、それに結衣も同調した。

 それを見た柚月が、チッチッチッと、人差し指を立てて左右に振りながら、“分かってないなぁ~”みたいな仕草で話そうとしたが、私の次の言葉とのタイミングとぶつかりそうになって、柚月は私に発言を譲った。


 「学生の大会には、そんな車で出られるクラスはないの。大学生の大会でも、シビック止まり。それに、初心者の私らが、いきなり凄い車とか乗ると、パワーが扱いきれなくて事故るよ。だから、パワーを使い切る事を覚えるの」


 私が言うと、柚月も続けて


 「そうそう、初心者が、パワー任せの走り方覚えると、ヘタクソになるよ~。優子だって、1年の頃、マジェスティ無免で乗ったら、パワーに振られて自販機に突っ込んだじゃん!」


 と言うと、優子は下を向いて真っ赤になってしまった。

 そう言えば、そんなことがあったなぁ、1年生の頃、優子が、どうしてもパワーのあるバイクに乗りたいと言って、柚月が知り合いから借りてきた250ccのスクーターを、両親の経営するお店の駐車場で、乗ったはいいものの、アクセルの開け過ぎで、制御できずに、あちこち迷走した挙句、自販機に突っ込んで、自販機が『く』の字に曲がっちゃったことが……。


 私は、懐かしく、その時を思い出しながら、実感を込めて言った。


 「とにかく、私ららしくと言ったら、アイツをレースマシンに仕上げて、腕と腕の勝負を挑むの! パワーある車で勝負するのはその後でもできるよ!」

 「質問だけど、改造範囲は?」


 結衣が言ったため、私は答えた。


 「今のところ、予定してるクラスでは、足回りのみ。あとはノーマル」

 「となると、イコールコンディションってことね」

 「そう、だから、腕試しになるし、学校に対しても、部の存在感がアピールできるの」


 私が言うと、心配そうな顔をした優子が言った。


 「そのエッセ、いくらだったの?」


 そう、まだまだ新参者の部には実績が無いため、学校から降りる予算は非常に限られているのだ。

 優子の発言は、そこを慮っておもんばかってのものだった。


 「水野の実家で、取れた野菜と交換して貰った」

 「えー!?」

 

 あの車は、水野の知り合いの解体屋さんから、近所のお爺さんが手放すから、引き取ってくれ、と言われていたものを紹介して貰ったものだ。

 お爺さんは捨てるつもりだったから、タダで良いというのだが、水野が気持ちと言って野菜を渡して帰ってきたそうだ。


 「だから、今後の主力は、あのエッセを競技仕様にすること。メカの面も、外装も含めてね」


 私が言うと、『外装』という言葉を訊いて、悠梨がニヤリとした。

 悠梨は、私たちの中でも、一番絵心もあるし、センスも良いので、こういう時に役に立つと思ったのだ。


 すると、結衣が訊いてきた。


 「じゃあさ、あのR32はどうするの?」


 私たちは、そのことについても話し合うことにした。


 

 


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