翁草.最終話

 完成した計画を結妃にメールで送り、ブルースタードームのレンタル予約を済ませて凶器の準備に取り掛かった。

 通販で手に入れたグラインダーを使い、スコップの剣先を研いでいく。

 慣れない間はうまく行かずに四苦八苦したが、慣れてしまえば面白いように研げるようになった。

 動画を見ながら何度も何度も丹念に研ぎ上げる。

 この殺人計画に一番重要な物なので、念には念を入れた。

 集中していた証拠に腕に無数の火傷が出来ていたことに気づいたのは、研ぎ終えてからだった。

 いよいよ決行日。凶器や諸々の道具をバッグに詰め込み終わるとインターホンが鳴った。

 扉を開けると固い表情の結妃がいた。

 今日は行動に支障がないようにパンツスタイルで来ている。

 お互い頷くと、結妃が用意したレンタカーでブルースタードームへ向かう。

 到着して時刻を確認すると、あと三十分で皇太と鈴が来る時間になる。

 剛気は用意しておいたレインコートを結妃に渡して、自分も着込む。

 更にバッグからスコップと人一人が入りそうな黒い袋を取り出す。

 見たことなかった結妃が袋の正体を知りたがる。

「死体回収袋。これも通販で買ったんです」

 想像したのか結妃の顔が青くなっていた。

「あとは僕一人でも大丈夫――」

「いいえ。見届けるわ」

 顔面蒼白ではあるが、瞳には強い決意が溢れていた。

 マウンドに大きなブルーシートを引いてから一度身を隠し、皇太と鈴がやってくるまで待った。

「覚悟はいいですね」

「ええ」

 二人が到着したのを確認し、扉を開けてマウンドを大股で進む。

 剛気はスコップを肩に担ぎ、結妃は死体回収袋が入ったバッグを提げている。

 ブルーシートの上に立った皇太と鈴は何か口論しているようで、こちらの接近には気付いていないようだ。

 どうやら、スタジアムに呼んだのがお互いだと思い込んでいたらしい。

 皇太を呼んだのは鈴に扮した結妃で、鈴を呼んだのは皇太に扮した剛気だった。

 足音に気づいたのか、皇太が先に口論をやめ、レインコートを着た二人に眉根を寄せる。

「内気君、結妃も、そんな格好で何してるんだ」

 皇太は余裕の表情を見せるが、鈴は対照的に何か悟ったのか、皇太の後ろに隠れる。

 立ち止まった剛気は肩に担いだスコップを見て、鈴が身を竦めた。

「おいおい何の真似だよ。鈴が怖がっているじゃないか。結妃も何か言ってくれよ」

 皇太の声は上ずっていた。

「裏切り者」

 結妃は怯える皇太に一言だけ言い捨てる。剛気がその後を継ぐ。

「壮快先輩。貴女は結妃を裏切った。その罪を償ってもらいます」

 恐怖のせいか皇太は薄ら笑いを浮かべた。

「何言ってるんだ。冗談はやめろ――」

 喋っている途中でスコップを頭上に構え、一気に振り下ろす。

 研いだスコップの剣先と重量が、皇太の端正な顔を深く切り裂き、骨を砕いて脳まで達する。

 力任せにスコップを引き抜くと、縦に裂けた顔面から血が吹き出し、半透明なレインコートを真っ赤に染めた。

 剛気は仰向けに倒れた皇太の死体を乗り越えて、妻に近づいていく。

「や、やめて剛気。鈴は、鈴は、貴方の奥さんだよ」

 鈴の言葉に剛気は楽しかった思い出がフラッシュバックしていく。しかし足を止めることはなかった。

「君が悪いんだ」

 剛気はスコップを槍のように持つと、天使の歌声と評された鈴の喉を突く。

 皮膚を突き破った切先が喉を潰し、骨に当たる固い感触を両手に感じた。

 鈴は喉から異物を引き抜こうと両手でスコップを掴んだところで、動きを止めて崩れ落ちる。

 力の抜けた人間の重みにスコップを持っていかれそうになったので耐えた。

 首からスコップを引き抜こうとしたが、死んでいても強い力を発する両手で固定されてしまう。

 どうしても外れないので、何度も手を踏みつけて無理やり外す事に成功した。

 二人を殺し終えてから自分の姿を見ると、レインコートの前半分は真っ赤に染まっていた。

「死んだの」

 一部始終を見届けていた結妃が声をかける。

「ええ。二人とも死にました。さあ最後の仕上げです」

 剛気はスコップとブルーシートをバッグにしまうと、死体回収袋を二つ取り出し、それに包み込む。

 二人がかりで一つの死体を運ぶ。

 積み込むのは、先ほど乗ってきたレンタカーではない。

 事前に駐車場に停めておいた剛気が借りたレンタカーだ。

 二つの死体を積み込むと、剛気達はレインコートをバッグにしまい、車を発進させた。

 目的地に着くまで、二人は無言だった。

 時々赤信号やちょっとした渋滞にはまると苛立ちと焦りが募る。

 隣に座る結妃は無表情で何を考えているか分からない。

 対向車線を走るパトカーを見つけた時は咄嗟に目を逸らしてしまった。

 赤色灯が光っていなかったので巡回か何かだろうが、自分達の事件が発覚したのではと気が気でなかった。

 目的の場所の駐車場に車を止めた時、剛気は大きく息を吐いた。

 隣の結妃も気が気でなかったようで、胸に手を当てていた。

 少し気持ちを落ち着けてから、トランクルームにある死体を引っ張りだす。

 剛気が選んだ死体遺棄場所に選んだのは、あの枝垂れ桜のある公園だった。

 見上げると明かりに照らされた満開の桜が二人を出迎える。

 ここを選んだのは、ブルースタードームに近い事と、よほどのことがない限り、掘り返される心配がない事だ。

 剛気と結妃はそれぞれ凶器でもあったスコップで桜の木を傷つけないように根本を掘っていく。

 汗みずくになって人が二人は入る穴を掘り終えた。

 何度かスコップの刃が幹を軽く傷つけてしまったが、許容範囲だろう。

 あたりに人がいないか何度も確認しながら、皇太と鈴を落としてその上から土を被せる。

 不自然にならないように土を慣らし、その場を離れた。

 お互いの家に戻った二人は、何食わぬ顔で行方不明届を警察に出した。


 一年後。剛気と鈴は結婚式用の衣装に身を包む。

「ねえ。二人にも見せつけてやりましょう」

 結妃の提案で、結婚式はあの枝垂れ桜の前で行った。

 夫と妻が失踪した不幸な二人の幸せな姿に周りからは惜しみない祝福の拍手が鳴り響く。

 招待客は知らない。剛気と結妃が立っている足元に物言わぬ骸が埋まっていることを。

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