第97話 空軍建設

「……中佐、何をしたんだ」


 殺意を含んだ視線を神木大将は忠弥に向けた。


「神木大将に却下された企画書を上層部に送り届けました。また、知り合いにも問題は無いか尋ねました」


 方々に空軍建設を説く手紙を書き、陸軍から、航空機に無理解な上官から逃れて航空機を戦力として最大限に活用できる態勢を忠弥は作り出そうとした。

 その苦労がようやく実を結んだのだ。


「上官を飛び越えて上申するなど、越権行為だ!」

「上官と意見が異なる場合、参謀本部に異議申し立てが出来ます。また、提案を提出することを咎める条項がありますか」

「だが、これは佐官の立場を越えている。新たな軍、陸軍海軍に並ぶ新たな軍隊、空軍など認める訳にはいかない」


 電文の内容は忠弥が義彦に出した空軍独立案が採用された事だ。

 つまり、航空部隊は陸軍の指揮下を離れ独自の軍、航空機を中心とした空軍が出来、独自の作戦行動が出来る。

 陸軍の命令を受けることなく独自の作戦が出来る事を意味した。


「ですが既に命令は下りました」

「憲法には、帝は陸海軍を統べる、とある。憲法改正がなければ空軍など作れない」

「陸海軍は皇国軍全軍、武力組織全てを指すと枢密院より見解を貰っています。空軍を作るための憲法上の問題はありません」


 前の世界に居たとき、日本が戦前空軍独立が大正時代に提議されたとき、憲法上の条項にどう対応するか同じような議論があり、その回答を今回応用した。


「だが認める訳にはいかない」

「申し訳ありません神木大将。既に我々は指揮下から離れております。事実上、同等の立場にあります」

「中佐風情が」

「いいえ、私は既に空軍大佐に任命されました。今後は皇国で飛ぶ航空機全てを統べる事になっています。ですから全ての航空機は私の指揮下にあります。当然師団に分遣されている航空機も指揮下です」

「取り上げる気か」

「申し訳ありませんが、命令ですので。ですが必要に応じて派遣する体制は整えます」

「勝手な真似はゆるさんぞ! 新設の空軍司令官になるつもりだろうが、陸軍の司令官は皇族だ! 貴様など下でしかない」


 陸軍のトップである参謀総長は皇族が務めている。海軍への牽制、あわよくば皇族の威光を以て陸軍の意見を海軍に押しつけようと目論んだための就任だった。

 しかし、海軍側も皇族を軍令部総長に就任させ同格とすることで牽制していた。


「ああ、それならご心配なく、司令官は私ではなく、碧子内親王殿下が空軍司令官に就任しました」

「何だと」


 そこは忠弥も考えており、陸軍の干渉を避けるため、忠弥に友好的な皇族である碧子内親王殿下を空軍司令官にして陸軍と海軍からの干渉を抑えることにした。

 これは島津や岩菱の支援もあって上手くいった。


「抗議なさるのならどうぞ。皇族に対して命令するなど不敬かもしれませんが」

「黙れ! ここでの最高指揮官は私だ。大佐風情が大将の命令を聞かないとはどういうことだ」

「すでに軍が違います。指揮系統が違うのであれば、命令を聞く必要はありません」


 陸軍と空軍は別組織であり、階級が上でも所属が違えば命令を聞く必要は無い。

 相手が課長でも、会社が違えば命令を聞く必要が無いのと同じだ。


「これ以降は空軍で独自の作戦を実行させて貰います。陸軍が空軍の職務遂行を妨害なさるおつもりなら、正式に抗議させて頂きます。我々はヴォージュ要塞の救援を命令されております。そのための行動を直ちに開始します。では失礼」

「待ち給え! 話は終わっていないぞ」

「残念ですが私は空軍司令部からの命令を実行しなければなりません。それより、師団に分遣された部下を呼び戻させてください」

「断る。航空機は軍の行動に不可欠な戦力だ」


 航空機は地上で得られる以上の情報を空高くからもたらしてくれる。

 しかし、偵察のみでは敵に打撃を与えられない。

 特に戦力を向上させているベルケ相手には不利だ。

 なんとしても忠弥は指揮権を奪い返そうとして、神木大将に尋ねる。


「すでに命令は下されました。それにこの一週間、私の提言と警告にもかかわらず、航空機を分散させ各個撃破された責任は、どう取られるおつもりですか?」

「そ、それは君の責任でなろう。航空大隊の指揮官は君だ」

「しかし、各師団に分遣するよう命じたのは私です。抗議もしましたし反論も文書で提出しています。そのため各個撃破され多大な損害を受けた責任は軍司令部にあります」

「必要な防御処置を執るのは現場の役目であろう!」

「ですが、私の忠告を無視したことも事実です。このことに関して本国からも追及が行われるでしょう」


 すでに航空機の損害は島津などを通じて国民にも広く広まっており、神木を追及するべきと言う動きが広がっていた。


「いずれ議会も動くでしょう」

「統帥権は議会から独立している」


 戦争中議会が軍の作戦に過干渉になるのを防ぐために、統帥権の独立を皇国の憲法は定めていた。文民統制が主流の二一世紀だが、無能な指揮官が軍部から文民に代わるだけで、無意味だと忠弥は思っていた。

 航空機に無理解な上官を持つとひどい目に遭うのが、ここ一週間でよく分かった忠弥は答えた。


「ですが、予算を通すのは議会です。今回の損害が予算に見合った者か必ず追及されるでしょう。今後の予算案、戦費が支給されるかどうか微妙なところです」

「うぐっ」


 作戦に干渉できなくても予算を通すのは議会の仕事であり、軍は予算がなければ物資を調達できないし給料も払えないので動けない。

 その場合派遣軍だけでなく陸軍全体にも悪影響が出る。

 派遣軍の最高司令官でも軍の中では一将官にすぎない神木大将は陸軍内部からも非難の対象になるだろう。

 だから忠弥は半ば脅し上げるように言って黙らせた。


「では、私は任務遂行のために戻ります。二宮空軍大佐、部署に戻ります」


 忠弥は、宣言すると敬礼し、回れ右をして司令部を後にした。

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