第77話 航空機製作競争

「ではそのために皆さんで飛行機の性能向上を行いましょう」


 忠弥の提案に、学生達は目を点にした後、互いに視線を交わし、再びニコニコ笑う忠弥を見て尋ねた。


「具体的には?」

「より速く、より高く、より遠くへです」


 忠弥は笑顔のまま言った。


「エンジン開発は行っていますが、高出力のエンジンが開発されるまで時間がかかります。なので皆さんには、機体作成を行って貰います」


 エンジンは複雑なため第二次大戦前後で三年から五年の開発期間が必要だった。

 現在はまだ小型低出力のため問題は少ないが、ピストンシリンダーの組み合わせや、クランクシャフトの耐久性などのテストで時間が必要だ。

 対して機体の方は頑丈で動く部分が少ないためエンジンより短期間で開発できる。

 実際、エンジンがまともなら設計開始から半年で初飛行を行った記録さえある。


「ただ、全てを満たす機体は出来ないでしょうからラスコー共和国のテスト大尉を含めてそれぞれ三人に課題をこなして貰います」


 こうしてベルケ、サイクス、テストの三人に命令が下った。

 ベルケは速度重視の機体。

 テストは高度重視の機体。

 サイクスは長距離重視の機体だ。

 ベルケは戦闘機のような機体を求めていたし、サイクスは植民地の多いカドラプルの溜めに長距離機を求めていた。

 テストはラスコー人特有のプライドが高いためか、高く飛びたいと考えていた。

 忠弥はそれぞれに相応しいと思う課題を与え、エンジンを提供して機体の設計と作成を命じた。


「各自、仲間と設計して製作を行うように。ただ安全は考慮しなければならないので制作前に設計図の提出と飛行前に地上耐久試験をクリアして貰います。良いでしょうか?」

「……分かりました!」


 二人は急いで自国の仲間を集めて製作にかかった。


「珍しいですね。忠弥」


 驚いたように昴が尋ねる。


「貴方が人に製作を命じるなんて」


 忠弥は自分の夢に向かってがむしゃらに向かうタイプで一人で何でもこなそうとする、と昴は思っていた。

 仕事の一部を割り振る事はあるが、機体製作や設計は全て自分で行うと思っていた。


「確かに自分の作った飛行機で飛びたいと思うよ。誰も飛んでいなかったから」


 空を飛びたいと思って、ずっと夢を前世から見続けてきた。

 転生して飛行機のない世界に来たが、それでも飛びたくて自ら飛行機を作って飛んだ。


「大洋横断飛行の士魂号もそれまでにない機体だから自分で設計したよ。これからも自分が乗りたい、作りたい飛行機は自分で作っていくよ。けど……」

「けど?」

「他の人にも飛んで欲しいんだ。皆が大空へ飛べるように、飛行機の作り方を学んで作って飛んで欲しい。そのための学校だからね、ここは」

「それでいいの?」

「いいんだよ。空はこんなに広いんだから。まだまだ空を飛べる余裕は十分にある。それに飛行機の数がまだ少ない。たくさんの飛行機に飛んで欲しいから、作って貰いたいんだよ」


 相原大尉と危うくペアを解消することになりかけたこともあり、忠弥も人と協力することに少しずつ慣れていこうとした。

 それに、忠弥自身、もっと航空産業が発展するには諸外国でも飛行機が製作されないといけないと考えていた。

 だから留学生を受け入れたし、今製作を命じたのだ。


「それに」

「それに?」

「他の人がどんな飛行機を作るか楽しみなんだ」


 ワクワクという表情を浮かべて忠弥は言う。

 その意味を昴は理解できなかった。




 エンジンが出来ていたし、機体も大まかな設計でも強度に余裕さえあればすぐにでも飛ばすことが出来る。

 性能は低いが、すぐに製作して飛ばせるのが飛行機開発初期の特徴であり、多種多様な飛行機が現れた要因である。

 課題を与えられた三人は自分の全能力と仲間の力を借りて設計図を一週間ほどで描き上げてきた。


「出来ました」


 最初に持ってきたのはベルケ大尉だった。


「単葉機ですか」


 翼が一枚だけの飛行機が目の前に待機していた。


「はい、抵抗を少なくしてスピードが出るようにしました」


 飛行機は水平方向に推進力と抗力、垂直方向に揚力と重力が働く。

 このバランスがとれると飛行機は安定して飛べる。

 推進力が高ければ速度が上がるが、空気抵抗が大きくなると抗力が大きくなり速度は出せない。

 そして空気抵抗が大きいのは翼だ。

 大きすぎる翼を持つ機体は速度を出せない。

 そこでベルケは翼を単葉、一枚にすることで抵抗を少なくして速度を出そうと考えた。


「正しいけど翼の強度は大丈夫なのかい?」


 だが勿論欠点はある。

 一枚の翼で機体を支える必要があり強度が必要だ。

 強度を増すには翼の厚みを増やすのが簡単だが、翼の厚みが増すと空気抵抗が大きくなる。

 だが薄くすると強度が足りず簡単に折れてしまう。

 鳥人間コンテストで多くの機体の翼が薄く、時折折れてしまうのは限界まで抵抗を少なくするために薄くしているからだ。

 複葉機が長い間使われていたのは二枚にして間に梁やワイヤーで繋げる事で翼の強度を高めるためだ。


「そこで翼の長さを短くしました。これなら支えられます」


 翼が長いと折れないように強度が必要だが短ければ心配は無い。短くなった分抵抗も少なくなり、速度が出せる。

 翼の厚みはまだ薄いが、機体の中央に支柱を立ててサイヤーを張ることで支えるようだ。


「揚力は出ないようだな」

「ええ、速度を重視しましたから」


 もう一つの欠点としては翼が短いため揚力が小さく高い空を飛べないことだろう。


「よし、良いだろう」


 だがベルケの課題は速度の向上だ。今のところ低く飛ぶことに問題は無い。


「早速試作を開始してくれ」

「はい」


 許可を受けたベルケは早速作成に向かった。

 次に来たのはテストだった。


「多葉機か」


 図面を見た忠弥はつぶやいた。


「はい」


 テストは自信たっぷりに答えた。


「揚力を上げるために翼を二一枚にしました」


 高く飛ぶには揚力が必要だ。

 揚力は翼の面積に比例するから翼を増やすことは理にかなっている。


「速度は出そうに無いな」


 だが翼が増えて抵抗が増えるために速力は出ない。


「ええそれは仕方ありません。しかし揚力は高くなるはずです」

「良いだろう。できるだけ高く飛んでくれ」

「はい」


 続いてやってきたのはサイクスだった。


「安定的な複葉機だな」


 持ってきたのこれまでと同じ二枚翼の機体だった。


「長く飛ぶために安定性と燃料搭載を重視しました。そして翼を長くしています」


 遠くへ飛ぶというのは難しい。

 距離=速度×時間

 なので速力を速くして飛行時間が短くなると距離が稼げないし、遅くても長時間飛べれば結果的に距離が長くなる。

 速力は少し遅くなる程度で上空での滞空時間を重視している。


「良いだろう。制作を始めてくれ」

「はい」


 勢いよく扉を閉めて製作に向かった。


「皆、どんな飛行機を作ってくるか楽しみだな」


 三人が出て行った扉を見てウキウキしながら忠弥は楽しげな声を上げた。

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