第70話 不敬
凱旋飛行を終えた翌日、島津の屋敷の中は重苦しい空気に包まれていた。
「まさか凱旋飛行に物言いが付くとは」
義彦が苦しそうに言う。
当選したばかりの新人だが、人類初の有人動力飛行の支援者としての知名度を生かし政党を立ち上げ多くの候補者を議会に送り込んでいた。
まだ新しい政党だったが、国民の支持を受け一定の勢力と影響下に置いていた。
最大財閥岩菱の支援も受けられる立場にあり、皇国内の殆どの既存勢力の言葉など気にせずに済む立場だ。
唯一の例外があるが
「まさか皇室から物言いが来るとは思わなかった」
建国の遙か以前、旧大陸の東の果ての島国が生まれた時より存在する尊き存在。
島国を征服したいにしえの大帝国の尖兵となり、大陸を駆け抜ける時も彼らの心の支えであり、この秋津の島に国を打ち立てるとき中心となった皇室。
開国してからもその存在は変わらない。
むしろ押し寄せる列強諸国の文化、思想から秋津の独自性を保つためにより敬意を集めている。
国家統合の観点からも政府は皇室を神聖不可侵の存在として置いており、国民にもそのような教育を施している。
古来からの崇拝思想とも絡み、絶対的で侵すべからず、の存在、いや神聖視が当たり前の存在となっていた。
そんな皇室から凱旋飛行の事で物言いが付いた。
「皇室を上から見下すのは不敬である、と言われたらな」
皇都での凱旋飛行は中心部にある大通りを飛行する事になっていた。
大通りは宮城――「きゅうじょう」と読み元首である皇主が住む場所の近くに神聖視されている。
それを見下ろすとは何事かと物言いが付いた。
「上空を飛ばなければ問題ないと思ったんですが、そのように飛行計画を調整していましたけど」
現代の日本でもタブーは存在し皇居上空は飛ぶことが控えられている。
警視庁から飛行自粛要請が出ているだけで、緊急時などは飛行できるがそれでも飛行は避ける。
即位礼などの時は明確に飛行禁止が通達されるが、それ以外でも避けるようにしているし、飛んだら非難の嵐だ。
二〇一八年にエールフランスが離陸直後に通常ルート通りに右旋回せず、皇居上空など東京上空を通過したことが問題視された。
「斜め上から見るのもダメなんですか」
「昔、地方巡幸のとき、皇室崇拝の不快青年が陛下を一目見ようと小高い丘に上がって行列を見物したんだが、陛下を見下ろすのは不敬である、として逮捕され不敬罪を適用された」
「まさか」
「かなり前の話で、やり過ぎという批判も出たから控えるようになっているよ。今回も問題ないか、問い合わせをしたんだが、問題なしの回答が出ていたしな」
「なら問題ないでしょう」
「実際に飛んで見下ろしていることに気がつき、問題だと宮中で騒ぎ始めたそうだ」
「そんな今更」
許可を出しておきながら、あとから文句を言ってくるのは卑怯としか言いようがない。
「多数の飛行機が今後も上空を飛ぶことを憂慮したようだ」
前例のないことには躊躇が先に来る。
だが取るに足らないと思っていたことが、実際にやってみると実は大事だったと気がつくことは多々あり、過剰な反応を起こしてしまうことがある。
試してみて不具合が見つかるのは飛行機の世界でもよくある事なので、トライアンドエラーは忠弥も納得出来る。
「慎重に対応しないと下手をすれば事業停止もあり得る」
「そんな」
「皇室はそれだけ影響力が大きい」
しかし、過剰反応を起こして飛行禁止、あるいは航空事業の停止となると一大事だ。
大洋横断飛行を成功させたとはいえ、生まれたばかりの航空産業は赤ん坊同然で、人々の日常に組み込まれていない。
利便性は徐々に伝わってきているが、皇国全体に認められるまでには至っていない。
下手をすればあ不敬な存在として、飛行禁止さえ言い渡されかねない。
飛行禁止とされても今のところ日常生活に不便はないのだから。
二一世紀の日本なら日本の上空を飛行禁止と言われれば大混乱は必至だし、コロナの中で航空貨物は盛んであった。
だから経済にも悪影響を及ぼすために滅多なことでは全面飛行禁止にならない。
そのような影響力がない忠弥達の航空産業は、それほど脆い立場であり、慎重な動きが求められる。
一部の国民から熱狂的に支持されているとはいえ、それ以上の権威を相手にして否定されたら息の根を止められてしまう。
「今回の飛行やこれまでの測量飛行、運用試験で高い評価を出してくれた陸軍や海軍からなんとか穏便にするよう働きかけもあって、最悪の事態は避けられそうだが、枢密院が調査会を立ち上げる」
「枢密院? 調査委員会?」
「皇主直属の諮問機関だ。調査委員会はその下部組織で報告を上げ、それを元に会議が動く」
「……国会より上ですか?」
「権威と歴史がある分、上だな。開国したときに設けられ、国の近代化を主導。国会が開設される前から、活動している上に皇主直属で権威は大きい」
「で、立ち上げられた調査委員会から出頭命令が忠弥に出ている」
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