第51話 海峡横断

「下りてきたぞ!」


 技術者達が大急ぎで着陸した機体に駆け寄ってきて忠弥に言う。


「海峡横断成功おめでとうございます」


 忠弥が下りたのは皇都周辺に確保したバイクレース場の一角だ。

 六キロ四方ある飛行場の用地は取得し第一次建設が始まっているが、完成まで待てない。

 大洋横断はすぐにでも開始しなければ間に合わない。

 そのためバイクレース場の敷地を借りて飛行実験を行っていた。

忠弥は先ほど大東島にある自社工場付属飛行場から飛び立ち、この皇都のレース場に降り立った。

 これまでは航続距離が短い上に飛行機の信頼性が低くて海上を飛ぶのは無謀だった。

 エアロドゥオームやフライングライナーが飛んだのは安全のため、それも波の少ない川だ。着水時の衝撃が元々小さく、周りに救助要員もいる。

 しかし、海に着水した場合、波が荒く機体がバラバラになる可能性もある。無事に着水できても救助が間に合わない恐れがある。

 そのため万が一の事故を懸念して普及型でも陸上でしか飛ばず、海を越えるときは船に載せたり分解して運んでいた。

 だが、今回の飛行で飛行機が海の上でも故障せずに飛びきれる事を証明した。

 これは大洋横断に向けた第一歩だった。

 エンジンが停止すると機内のパイロット、忠弥が大声で叫ぶ。


「直ぐに機体の確認を頼む! 異常が無いか調べるんだ」


 異常が無いことは忠弥も分かっている。だが、問題が無いか確認するのが技術者だ。

 目的は大洋横断であり、少しのミスも許されない。

 機体は直ぐに分解されて異常が無いか厳しくチェックされる。

 少しでも異常があれば、チェックして改善していく。

 そうした地道な努力が必要だった。


「エンジンの方はどうだ?」


「オイルに異常はありません」


 ピストンやシリンダーが擦れ合い、摩耗すると削れた金属片がオイルに混ざる。それが無いか確認することは重要だ。


「取り外して分解して確認を頼みます。異常が出ている場所があるのか確認してください」


「分かりました!」


 忠弥の言葉に技術者は嬉しそうに言う。この新しい普及型には星形エンジンを搭載している。小型で全長が短いのに出力が大きい。スペースが限られる航空機にピッタリだ。

 今回開発した星形エンジンは二〇〇馬力のエンジンで今までよりも遥かに高出力だ。

 おかげでスピードが向上して、時速一五〇キロ以上で飛び、予定より早く海峡横断が出来た。スピードレコード――速度記録用に機体を軽量化すれば時速二〇〇キロも夢ではない。

 しかし、今まで島津で扱ったことが無いエンジンの上、未知の高出力であるため、どのような異常が出てくるか分からず、何度もテスとしては分解し異常が無いか確認している。

 この日も空を飛んで異常が出ていないか確認しに行く。


「新型の設計は出来ていますか?」


「ええ、大分出来ています」


 忠弥に尋ねられた技術者が答えた。


「今回は強度を重視して木材では無く鋼管を使います。これで強度が保たれるはずです」


 これまでは木を使って機体を製造していたが、重くなってしまう。

 必要強度的には木は金属より軽い、同じ力に耐えるのに木材の方が軽いが虫食いや品質のばらつきを考えると安全係数、安全の為に必要強度を確保する幅より更に厚くする必要があり、結果的に金属製の機体より木製の方が重くなってしまう。

 そこで、鋼管で骨組みを作りその回りを布で覆う飛行機にした。


「良いぞ翼は予定通り高翼配置にします」


 主翼を機体のどの位置に配置するかによって性能が決まる。


 低翼機――機体の下に翼を取り付ける低翼機は飛行時の運動性を高め、翼に取り付ける脚を短く出来るメリットがある。だが重心が揚力の中心より上のため安定性を損なってしまう。旅客機は低翼が多いがこれは翼の下にエンジンを取り付けることで翼を防音板代わりにするためだ。


 中翼機――機体の中央部に翼があるため空気抵抗が小さくなる。だが、翼と機体の接続が難しい。


 高翼機――機体の上面に取り付けるタイプで低翼機に比べて安定性に優れ、下方視界に優れる。


 パラソル翼機――高翼配置より更に高い位置に傘のように取り付けたもので、高翼より更に上に取り付けたい機体、水しぶきを浴びやすい飛行艇に採用される。機体から離れている翼を支える為の支柱を付ける必要があり空気抵抗が増す。


 忠弥は、大洋を越えるために燃料を大量に積み込む必要があることから、安定性を重視して高翼配置にした。パラソル型だと支柱がある分空気抵抗が大きくなり、燃費が悪化する。

 燃費を良くして大量の燃料で飛びきることが狙いだ。


「積み込むものも最低限に済ませておこう。燃料計にエンジン温度計、回転計と計器類は最小限に。タイヤも小さいものにして空気抵抗を少なくする」


 タイヤは引き込み脚にしたいが、引き込むための機構が動かせる、かつ、着陸時の衝撃――地上数メートルから静止状態の飛行機が落下しても耐えられる程度の強度は欲しい。

 目下、研究中だが、実用化していないので固定脚とする。

 その代わりにタイヤを小さくして空気抵抗を減らす。離着陸の時、地面に凹凸があると操縦しづらいが、舗装滑走路の完成が予定されており問題無いと忠弥は判断している。

 機体も大事だが、周辺環境の整備がこの計画の大きな根幹であり、いずれやってくる大洋横断飛行全盛を迎えるための環境整備もこの計画の目的だ。 

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