第47話 怒りの昴
ダーク氏の新聞記事を読んでから昴は非常に怒っていた。
秋津から客船に乗っている間も、海を渡って旧大陸ラスコー共和国に上陸しても怒っていた。
いや、怒っていた、と言うレベルではなかった。憤怒というレベルだった。
首都パリシイに着いても、ファッションショップ、洋服店や宝飾店へ真っ先に行かないのがその証拠だった。
世界最先端のファッションの都であるパリシイで流行を追わずに真っ直ぐダーク氏のホテルに向かっているのは、昴の怒りが深い証拠だった。
昭弥に新聞記事を見せた直後、昴は直ぐさま抗議するために渡洋するべきだと主張し実行。
忠弥を連れてダーク氏を蹴り飛ばす、もとい弾劾するためにパリシイへ乗り込んだ。
眉を吊り上げ大股で歩いてくる少女など、ホテルの警備担当者ならば通常なら追い返すところだ。
だが去年完成したばかりのパリシイの新しいシンボルであるケクラン塔をバックにした昴の剣幕は、鬼か悪魔のようだった。
怒っているというレベルを遙かに凌駕しており、夜叉か修羅のような雰囲気で、炎を纏っている幻覚が見えてしまった。
玄関の警備担当者は昴の姿を見て恐れをなして何も尋ねられず一歩引いて忠弥を引きずって歩く昴を通してしまった。
「ダーク氏の部屋は何処?」
「こ、こちらですっ!」」
静かな、だが怒りに満ちた昴の声を聞き、いや、心臓を鷲づかみにされたような恐怖のを感じたボーイは、反射的に答え先導する。
一流ホテルでは、当然不審者を案内してはいけない決まりだ。
だが、昴の怒りの雷が落ちることを恐れたボーイの頭からはそんな決まりは吹き飛び、警告音を奏で続ける生存本能に従って、率先して昴達をダーク氏の部屋へと案内する。
昴達が歩く廊下からはパリシイの新しいシンボルであるケクラン塔が見える。
建設前からパリシイどころか世界一の高さを誇る故に巨大すぎるケクラン塔。この鉄の塔はパリシイに相応しくないと反対運動が出るほど巨大で異質な建築物だ。
完成しても一部の文化人はケクラン塔を見たくないと言ってケクラン塔内にあるレストランで食事をして、ケクラン塔が視界に入らないようにしている程、存在感がある。
今の昴は怒りにより、ケクラン塔よりも大きく、存在感のある少女、いや怒れる女神となっていた。
「こ、こちらです……」
ボーイはドアを手で指した。
「開けて」
昴は静かにボーイに指示、いや命令した。
「し、しかし……」
ボーイなのでマスターキーを持っており開けることは出来るが、宿泊中のお客様の部屋へ勝手に入るのはさすがにためらわれた。
「開けなさい!」
「はいっっっ」
魔王のような昴の怒声が、ホテル中に響くほどの音量でボーイに向けられた。
ただの人間に過ぎないボーイは昴の命令に従う、いや反射的に動き、ドアを鍵を開ける。
恐怖で動きがぎこちなく普段より数倍の時間が掛かってしまい、昴の怒声が再び放たれる直前、鍵が開いた。
「ど、どう、ぞっ!」
僅かにドアが開き隙間が見えた瞬間、昴はドアを蹴飛ばして追いよく開けるとそのまま部屋の中へ突入する。
「どういう事ですか!」
部屋に入ってすぐリビングでくつろいでいるダーク氏を見つけた昴は大声で叫んだ。
「これは忠弥さん、旧大陸までどうしました? しかし、そのような女性と一緒に居るのは言葉は悪いですがやめておいた方が良いでしょう。少し礼儀作法を教えなければ恥をかきます」
「恥知らずは貴方の方でしょう!」
ダーク氏の言葉を大声で否定し、かき消した昴は、ダーク氏の新聞の記事、秋津の外電だけでなく島津のパリシイ支店に命じて集めさせた現地の新聞の記事も一緒にテーブルに叩き付けた。
そこには全てダーク氏が人類初の有人動力飛行を成功させたという偉業を紹介し、証明するように旧大陸各地で行われたデモ飛行、フライングライナーが直線飛行ではなく旋回、着陸を行った様子を伝えていた。
「貴方は人類初の動力飛行を成功させたのは忠弥だと認めたのでは!」
「私が認めたのは彼が自力で飛行機を設計し飛行したことだよ」
「つまり人類初でしょう」
「人類で最初に飛行したのは私だよ」
昴の怒りに怯えるどころか、後ろめたさ一つ見せる事無くダーク氏は言った。
「去年の秋にメイフラワー合衆国で飛ばしたフライングランナーが最初だ。この事実は変わらない。彼が自力で飛行したのは賞賛するが、人類初の栄誉まで奪う気は無い」
「ただ単に人が乗っただけでしょう。上昇下降旋回が出来ない飛行機で空を自由自在に飛べないでしょう」
「フライングランナーは、自由自在に飛べる。そのことは先日ここでのデモ飛行で行って見せた」
新聞には写真が掲載されており、フライングライナーが機体を傾けつつ旋回している様子が写っていた。
それも翼の先端の補助翼――機体の左右の傾きを制御する翼が動いている状態を捉えていた。
「忠弥のアドバイスを受けて改造したからでしょう」
「何を言っている。動翼はフライングライナーに元から取り付けてあった」
事実を言うような口ぶりでティーカップにコーヒーを入れながらダーク氏は言う。
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