第2章 世知辛い世間

(1)竜と人間の違い

 リリアと共に竜の国を旅立ったアメリアは、問題なく魔術による結界と崖を越え、人間の生活圏に到達した。それからは当初の予定通り、二十代前半の女性に姿を変えたリリアとともに、普通の人間と同様に馬車と徒歩での旅を続ける。その二日の旅程だけでもアメリアは好奇心を抑えられず、興奮しまくっていた。

 これまで頭の中に入れていた知識と実際で乖離があったものは僅かなものだったが、そのたびにアメリアは真剣に、好奇心を溢れさせつつ物事に取り組む。そんな可愛らしい妹分の様子を、リリアは微笑ましく眺めていた。 


「ねえ、リリア。この街に入ってから、一気に賑やかになったわね」

 順調に王都に入り、庶民が行き交う街路を物珍しそうに歩きながら、アメリアは殊更楽しそうに口にした。それは旅の終わりが近付いている事実をあまり考えたくなかった故だったが、そんな彼女の内心が手に取るように分かっていたリリアは、それには触れずに優しく応じる。


「それはそうよ。何と言っても。この国の中心だもの。定期的に調査しているけど今のところ治安も悪くないし、当面はサラザールが一緒に暮らすから問題ないと思うわ」

「兄様は今、この街の警備隊の一員として働いているのよね?」

「そうよ。あのサラザールが、どんな顔で他人の命令に従って働いているのかと思うと、想像するだけで笑えるのだけど。こっそり見に行っても、私の気配を察するのか姿をくらましているし。往生際が悪いわね」

 ここでリリアは、呆れ気味に溜め息を吐いた。どちらも自分に甘いのに、何故か顔を合わせるたびいがみ合っているように見えるサラザールとリリアの様子を思い返し、アメリアは思わず口にしてしまう。


「リリア……、あまり兄様をいじめないでね?」

 その懇願に、リリアは少し困った顔になって肩を竦めた。


「別に、いじめているつもりは無いのだけど……。アメリアがそう言うなら、からかいに行くのは止めておくわ」

「ありがとう、リリア」

「それにしても……。サラザールったら、アメリアがすぐに生活できるようにちゃんと準備を整えているんでしょうね? 手抜かりがあったら承知しないわよ?」

 徐々に不穏な気配を漂わせてきた相手を、アメリアは慌てて宥めた。


「え、ええと、リリア? 取り敢えず住むところがあれば、大丈夫だから。母様から当座の生活費は渡して貰ったし、足りない物とかは追々自分で揃えるから心配しないで」

「そうは言っても、なんとなく嫌な予感がするのよね……」

「本当に心配いらないから。兄様は一年以上前からこっちに来て、私の移住に備えてくれていたんだし」

「だって、たった一年じゃない」

「…………」

「アメリア、どうかしたの?」

 急に無言になったアメリアを、リリアが不思議そうに見下ろした。対するアメリアは一瞬迷う素振りをみせたものの、正直に思った事を口にする。


「うん。リリアや兄様達にとっては、やっぱり一年って取るに足らない短い期間なんだなって思って。やっぱり竜と人間って、時間の感覚から違うのね」

「……そうね」

 どう考えても自分より先に年老いて死んでしまうアメリアを眺めながら、リリアは神妙に相槌を打った。しかし当のアメリアは、真顔で考え込みながら話を続ける。


「でも、同じところの方が多いと思うの。人間と同じように感情はあるし、人型になった時の身体の構造は同じだもの。だから先生から人間相手でも通用する医術を習得させて貰ったんだし。でも、ちゃんと竜型にもなれるのに、どっちが本当の姿なの? どっちも実体の筈だから、以前から謎なんだけど」

「さぁ?」

「え? 本当に知らないの?」

「考えた事もなかったわ。気分や状況で姿を変えているしね」

「……なんとなく、そんな気がしていたけど」

 そこで溜め息を一つ吐いてから、アメリアは明るい声で断言する。


「そう考えると竜って、珍しく魔術が使えて多少寿命が長くて姿が変えられるだけの、ちょっとだけ変わった人間ってことよね。ほら、ここを歩いている人の髪や目や肌の色も色々だし、それくらいの差なのよ。きっと」

「それくらい、ね……」

「よくよく考えてみたら、単に人型の身体と竜型の身体と二つ持っているだけなんじゃない? それで魂だけが一つで、二つの身体を行き来しているだけとか。そう考えると、凄くあっさりしてるよね。それにこの世のどこかに、使っていない方の身体がしまってある場所があるなんて、ロマンだと思う」

 大真面目なアメリアの台詞に、最初は呆気に取られたリリアだったが、すぐにその豪胆さと荒唐無稽さに頭痛を覚えた。


「アメリア……」

「何? リリア」

「あなた、ちょっとおおらかに育ち過ぎたと思うわ。頼もしいと思う反面、周囲の人間達に溶け込めることができるのか、少し心配になってきたかも……」

「えぇ? どこに不安要素があるの?」

「色々よ」

 納得しかねる顔つきになったアメリアに、リリアは曖昧に言葉を濁しつつ話題を変えた。


(どうしよう……。あのサラザールも一緒だなんて、今になって余計に不安要素が増してきたわ。連絡頻度を増やしてもらえるように、上部に掛け合おうかしら?)

 そんな内心の不安を押し隠しながら、リリアはアメリアと共に目的地に向かって歩き続けた。





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