生命の魔法
雷を纏ったルーインの攻撃に、リックは防戦一方だった。間合いを詰めようにも、剣が纏った紫電に阻まれ、逆に距離を取れば、放たれる電撃に狙われる。それでも攻撃をいなしながら躱し続けていたリックだったが、じわじわと追い詰められていった。体力も魔力も削られ続け、呼吸が乱れる。
「さっきまでの威勢はどうした? 動きが鈍くなってきたぞ?」
リックが止まった一瞬で、ルーインが一気に間合いを詰めた。距離を取ろうとしたリックの足がもつれ、バランスを崩す。鋭い剣先がその眼前に迫る。
「―リック!」
その時、オストロが間一髪で土の壁を作り、雷の剣を防いだ。立て続けに、横からエドガーの飛び蹴りがルーインの脇腹を捕らえ、真横に吹っ飛ばした。壁が崩れ落ちる激しい音と共に、土埃が舞い上がる。
オストロが倒れていたリックに駆け寄り、大丈夫っすか、と手を貸した。リックはその手を取り、礼を言って立ち上がる。周囲に視線を移すと、いつの間にか、大勢いた兵士たちは土の腕に捕まって、身動きが取れなくなっていた。驚いた表情のリックに、オストロが誇らしげに鼻を鳴らす。
「師匠のしごきに比べれば、こんな奴ら、止まっているようなもん―」
「馬鹿! 気を抜くな! 来るぞ!」
エドガーがそう叫ぶと、土埃の向こうから、無数の火炎弾と石の槍が、三人を目掛けて一気に押し寄せた。彼らは横に飛び退いて、攻撃を躱す。土埃が晴れ、姿を現したルーインは一滴の血も流していない。三人は彼から距離を取って、一か所に集まった。
「結構いい感じに入ったと思ったのに。やっぱり、リックの剣じゃないと無理なのか?」
悔しそうな表情で、エドガーが呟いた。三人とも、すでに満身創痍だ。これ以上長引けば最悪、全員魔力が切れて自滅することは明白だ。だから、考えていることは全員一緒だった。エドガーがリックの肩に手を置き、真剣な表情で彼を見た。
「次の攻撃で、ルーインを倒すしかない。リック、短剣に全部の魔力を集中するんだ。気流の鎧も、身体強化も、防御も考える必要はない。僕とオストロが、必ず道を切り開く。だから、君が断ち切ってくれ!」
エドガーの言葉に、オストロもニッと口の端を釣り上げ、任せた、と力強くリックの背中を叩いた。共に歩んできた仲間たちの期待が、彼に最後の力を振り絞らせる。
「二人とも、信じてくれてありがとう。僕も、信じてる!」
リックは体に纏わせていた気流を消し、全ての魔力を短剣に注いだ。鮮やかな新緑の光が刃を包み、それは更に長く、鋭い風の剣となる。
オストロとエドガーも、彼の両隣で魔力を振り絞った。しかし、眼前の敵は余裕の表情を浮かべ、三人を待ち構えている。
「勝負に出るか? 良いだろう! 君たちの魔法が私に届くか、試してみると良い!」
嘲笑を浮かべ、ルーインが再び剣を構えた。バチバチと一層激しく紫電が弾ける。彼もここで決着を付けるつもりのようだ。
リックはグッと柄を握る手に力を込め、風の剣を構えた。今までにないくらいの集中力で、精神を研ぎ澄ます。刀身に纏った緑の光がより眩く、より鮮やかになっていく。切っ先越しに見据えたルーイン以外の景色がぼやけ、聞こえるのは風が流れる微かな低い音だけになった。それなのに、同時に彼は、周囲の景色がより鮮明に感じ取れるような、不思議な感覚を味わった。
彼の両隣では、エドガーとオストロも十分に魔力を練り上げていた。声は掛けずともお互いの呼吸を感じ、魔力の流れが合わさっていく。
そして―。
「―行くぞ!」
エドガーが合図し、リックと共に走り出した。同時にルーインが剣を振るって電撃を放つが、即座にオストロが土の魔法でそれを防ぐ。エドガーはリックの前に進み出ると、土の壁を足掛かりに、高く宙を飛んだ。彼はそのまま更に速度を付け、ルーインに突っ込む気だ。たとえ傷は付けられなくとも、リックが間合いを詰める時間は稼げる。
「馬鹿の一つ覚えだな、エドガー!」
しかし、ルーインはその動きを読んでいた。エドガーが飛び込んできた瞬間に、床から飛び出した無数の槍が気流の鎧を突き破り、彼を串刺しにする。血しぶきをまき散らし、エドガーの体が落ちていく。
そんな光景が、走り出した瞬間、リックの脳裏によぎった。彼は自分が何を見たのか分からず一瞬混乱したが、先を行くエドガーは、先ほど浮かんだ光景と同じで、瓦礫を足場にして宙に飛んだところだった。
「―エド、罠だ!」
ルーインに突っ込んでいこうとした直前、エドガーはリックの声に反応し、逆方向に風を起こして後ろに飛び退いた。次の瞬間、床から石の槍が飛び出し、虚空を貫く。
「何っ⁉」
ルーインが驚いて声を上げた。攻撃を避けたエドガー自身も、何が起きたのか分からなかったのは同じようだ。彼らには、土の魔法が発動する前に、リックが危険を知らせたように思えたのだ。ルーインは一瞬何かを考えているような素振りを見せたが、すぐに土、火、水の魔法を同時に使い、息つく間もないほどの攻撃を繰り出した。
着地と同時に身構えたエドガーに、リックが叫ぶ。
「エド、右に避けて! ついてすぐ、次は左! 止まって、上に飛んで!」
リックの指示通りにエドガーが動くと、ルーインが放った火炎弾も石の槍も氷塊も、攻撃は悉く躱された。リック自身も攻撃を躱している。いや、それどころか彼は攻撃を見てすらいない。まるで、どこに何が来るのかを分かっているような動きだ。
「何が起こるか、見えているのか? それではまるで初代の風を読む―」
ルーインは思わず驚愕して呟いた。初代風の長が使ったという予知能力。リックの動きは、そうとしか説明がつかない。それが彼の才能によるものか、あるいは初代の短剣の力なのかは分からないが、ルーインにとって予想外の事態には間違いない。
しかし、それはリックにとっても同じだった。脳裏に次々と流れてくる映像で、頭の中はパンクしそうだ。それでも動きを止めるわけにはいかない。気力を振り絞るように、一歩、もう一歩と足を動かしていく。焦りを感じたルーインの攻撃が、次第に単調になっていく。そうなれば、エドガーも自力で攻撃をいなすことができ、とうとう二人はルーインの懐に飛び込んだ。
先にエドガーが雄叫びを上げ、ありったけの魔力を込めた風の拳を、ルーインの腹に叩き込む。風の魔力が弾け、ルーインの全身を衝撃が貫いた。全霊を尽くしたエドガーは、拳を振り抜いた勢いのまま、床に倒れ込む。
「ぐっ⁉」
ルーインは衝撃をなんとか耐えきったが、その場に踏みとどまるので精いっぱいだ。彼がよろめいた隙に、続けて飛び込んできたリックが、風の剣を振りかざした。あとは渾身の一撃を、ルーイン目掛けて振り下ろすだけだ。
「リック!」
エドガーとオストロが、同時に叫んだ。掲げられた剣は、空を指したまま止まってしまった。それどころか、纏っていた緑の光は消え去り、短剣は床に落ちて、無機質な音を響かせた。
虚ろな目をして、リックは床に膝をつく。あと一歩のところで、彼の魔力も肉体も、限界を迎えたのだ。
エドガーはどうにか立ち上がろうとするが、うまく足に力が入らない。ルーインの表情が、焦燥から勝ち誇った笑みに変わり、高々と頭上に左手を掲げる。彼は、今度こそ稲妻を落としてリックたちを吹き飛ばすつもりだ。
薄れていく意識の中で、リックの耳には周囲の音が遠くから聞こえるようだった。手も足も、ほとんど感覚がない。視界が揺れ、体が倒れそうになる。心臓が一泊鼓動を打つだけで、胸が苦しい。息が出来ない。一瞬のうちに、ぐるぐると思考が巡る。
(ふざけるな。ここでは終われないだろ。まだ死ねないだろ。あと少しなのに。あと少しで、みんなを守れるのに。自分のせいで、みんなが死ぬ。自分のせいで、この国がルーインのものになってしまう。父が、師匠が、友が、母が、大勢の人が託しくれた想いが無駄になってしまう。そんなこと、絶対にダメだ。あと少しでいい。もう一度、剣を取って、魔力を込められれば―)
思考の濁流の中で、リックの脳裏に、閃くものがあった。
『―この石は魔力を蓄積、収束させることで何倍もの力を出せる―。』
マキナの言葉が蘇る。ルーインの作った、魔力を蓄積する宝石。それは今、リックのポケットの中に入っている。だが、彼が行動を起こす前にルーインが立ちふさがった。
「あと少しだったが、残念だったな! …これで終わりだ」
ルーインが左手に雷の魔力を貯め、頭上に掲げた。バチバチと空気が爆ぜ、雷撃の前兆が始まる。リックは、まだ動くことが出来ない。
「では、死―」
その時、突然ルーインが驚いたような表情を浮かべ、玉座の方を振り返ろうと、意識がリックから一瞬だけ逸れた。シエラとリリアが球体を破壊したことで、スロウトと長たちから魔力が送られなくなっていたことに、今になって気が付いたのだ。
それはリックたちが攻撃し続けていたことで、偶然に生まれた、一瞬の隙だった。しかし、彼らが圧倒的な力の差を前に諦めていれば、決して生み出されなかったものだ。そして、勝利への執念を持っている者が、その好機を逃すはずがない。
「リックから離れろ! 馬鹿野郎!」
オストロが土の魔法で地面から拳を繰り出し、がら空きになっていたルーインの腹に叩き込む。それは彼を倒すほどの威力はなかったが、リックがポケットの宝石を掴むには、十分な時間を生み出した。
宝石を握った瞬間、リックの全身に魔力が流れ込み、力が溢れた。彼は短剣を拾い、魔力を込める。
「うおおおおおお! 最後まで鬱陶しい! 消し飛べ!」
ルーインが絶叫し、左手を勢いよく振り下ろした。轟音を響かせ、稲妻が天井を突き破って玉座の間に落ちてくる。しかし、リックは間一髪、風の剣を振るって稲妻を切り裂いた。弾けた雷撃が、玉座の間の四方八方に飛び散る。彼は返す刀で、今度こそ、渾身の一撃をルーイン目掛けて振り抜いた。
一閃。
リックの風の刃が、ついにルーインを捉えた。彼の胴体に触れた瞬間、短剣に込められた風の魔力でその体が吹き飛び、高く宙を舞う。地面に落ちる寸前、オストロが土の魔法で受け止めてすかさず拘束した。しかし、彼は気を失ったのか、ピクリとも動かない。
その後を追って、ルーインの杖も地面に叩きつけられ、粉々に砕け散った。黒い欠片の中で、小さな銀色の球体が光を反射したのを、リックは見つけた。彼は肩で息をしながらもその球体に近づき、慎重につまみ上げる。指先が触れると、微かにピリッと静電気のようなものを感じた。恐らく、吸い取った魔力を雷の魔力に変えて溜め込んでおくために、杖に忍ばせていたのだろう。
「リック…」
エドガーの声に、リックは顔を上げた。彼も少しやつれたような表情で、足を引きずりながらリックに近づいてくる。顔を見合わせると、自分たちはルーインからこの国を守ることが出来たのだ、と安堵の表情が二人に広がった。
「―リリー!」
しかし、安心したのも束の間、直後にシエラの叫び声が玉座の間に響いた。驚いて声がした方を振り向くと、ぐったりとしたリリアにシエラが肩を貸して、こちらに引き摺って来るのが見えた。リック達も、急いで彼女の元に駆け寄る。
「リリー、一体どうしたんすか⁉」
シエラに手を貸してリリアを床に寝かせながら、オストロが泣きそうな声を上げた。彼女の顔色は真っ白で生気の欠片もなく、浅い呼吸を繰り返している。
「あたしにも分かんないわよ! 球体を壊す時、あたしの腕を治すために治癒魔法を使い続けてたんだけど、急に倒れちゃって―」
取り乱した様子でシエラがそう言って、何度も彼女の名前を呼んだ。しかし、彼女は目を閉じたままで、反応がない。その様子に、エドガーが苦しそうに呟いた。
「きっと、魔力を使い過ぎたんだ。魔力の源は生命力、このままだと、リリーは—」
「まだ手はある!」
エドガーの言葉を、リックが遮った。彼はリリアの両手に、拾ってきたルーインの球体と、ポケットから出した宝石を握らせ、胸の辺りに押し付ける。彼女の手に自分の手を重ね、残り僅かな自身の魔力を注ぎ込んだ。何をしてるのかと困惑する三人に、リックは必死に訴えた。
「今ここで、生命の魔法を使う! 五つの魔力の性質を一つにすることが出来れば、元になる生命力そのものを作り出せるはずだ! 奴がカイから奪った雷の魔力はここにあるし、あとは、みんなの魔力をリリーに送ってあげて欲しい!」
リックの言葉に、エドガーたちもすぐさま自分の手を彼の手に重ね、魔力を込めた。確証はないが、迷いもない。リックを信じる以外に方法はないし、三人とも、仲間を助けられるのなら、何だってする覚悟だった。
風、火、土、雷の魔力がリリアの身体に流れ込む。残る水の魔力は、彼女自身にかかっている。リック達は、必死になってリリアに呼びかけた。
「リリー、頑張って! せっかく、本当の仲間になれたのに! 死ぬなんて、それこそ許さないから!」
「そうっすよ! みんなで一緒に、魔法使いの部隊(ソル・セル)になるんすから!」
「仲間を失う、あんな想いは、二度とごめんなんだ! 頼む!」
「リリー! 僕たちが絶対に助ける! だから、頑張れ!」
赤、黄、緑、黄金―四つの魔力が彼女に流れ、溶け合い、体を包んでいく。眩しくも温かな光と、仲間の呼び声に応えるように、リリアの手が微かに動いた。
「リリー!」
四人の声が重なり、リリア自身の水の魔力が、最後の一滴が注がれる。
次の瞬間、五つの魔力が混ざり合い、光はより一層輝きを増した。それはどんどん強さを増し、リリアを中心に玉座の間に全体を満たしていく。視界も音も消え去った、真っ白な世界。その中でも、四人の手は、ずっとリリアの手に重ねられていた。
閃光は数秒程で落ち着いた。いつの間にか閉じていた瞳を、四人は恐る恐る開ける。そして、自分たちを見上げる深い藍色の瞳と、視線が交わった。
「…みんな、わたし……生きてるの?」
そうつぶやいたリリアの顔には生気が戻り、不思議そうな表情で四人の顔を見ている。彼女はゆっくり上半身を起こすと、握りしめていた掌を開いた。宝石と銀の玉に亀裂が走り、粉々に砕けて霧散していった。
「リリー、良かったー!」
大声をあげて、シエラが強引に彼女をきつく抱きしめた。泣きながら何度も名前を呼んだが、今度はもちろん嬉しさからだ。リック達も顔を見合わせ、ようやく安心して、その場にへたり込む。
生命の魔法が、いや、仲間たちの想いが彼女の命を救ったのだ。
「みんなー! 生きてるー⁉」
その時、下の階からマキナの声が響いてきた。階段を駆け上がって来た彼女の姿を見て、リックが大きく手を振った。彼女も五人の姿を見て笑顔になり、息を弾ませて駆け寄ってくる。
「やったのね! みんな!」
うっすらと涙さえ浮かべ、本心から喜んでいた彼女は、背後に現れた影に気が付いていなかった。
「マキナさん! 後ろ!」
リックの叫び声は間に合わず、ルーインが後ろから、彼女の首に腕を回して締め上げる。彼はいつの間にか、オストロの拘束を破壊し、油断していたリックたちの意表を突いたのだ。
「貴様ら、よくもやってくれたな! ここまで私を愚弄した挙句、せっかく集めた魔力を、伝説の生命の魔法を、そんな小娘一人のために使うなど…!」
怒りに満ちたルーインが、リック達を睨みつける。ぎりぎりと首を締めあげられ、マキナが苦しそうなうめき声を上げた。彼女は逃れようと必死にもがいているが、ビクともしない。
「生命の魔法を手に入れるために、私は一生を捧げてきた! それを、ふざけるな!」
ルーインが激高し、狂ったように叫び声を上げる。しかし、その視線は冷静にリック達の動きを警戒し、マキナを盾にしながら、彼はバルコニーの方に向かう。
「計画は振り出しに戻ったが、私にはまだこの身体と、マキナの魔力がある! 貴様らは宮殿もろとも、崩れ去れ!」
ルーインはボロボロになりながらも、今までで一番愉快そうな笑みを浮かべた。彼はマキナのネックレスを引きちぎり、土の魔法を発動させる。地響きと共に、玉座の間全体が小刻みに揺れ出す。
「往生際が悪いんすよ、クソジジイ!」
オストロがすかさず、土の魔法で対抗しようとした。しかし、彼の魔力もほとんど残っていないようで、焼け石に水だ。宮殿の崩壊は止まらず、激しさを増していく。
「無駄だ! そんな脆弱な魔法で、私の力は止められん!」
勝ち誇ったルーインの笑み。しかし―。
「—それじゃあ、俺ならどうだ? クソジジイ!」
そう怒鳴り声が聞こえ、次いで強かに地面を踏み鳴らす靴音が響く。次の瞬間、激しかった揺れも地響きも、ピタリと止んでしまった。
「リース師匠!」
オストロが玉座の方に顔を向け、声を上げた。そこには、意識を取り戻したスロウトと、長達の姿があった。魔力を奪われ続けたことで憔悴していたが、全員無事だ。リースはオストロを見ると、誇らしげな笑みを浮かべる。
「今回ばかりは、よくやったな、オストロ!」
それでもルーインは諦めた様子が無く、今度は玉座の間の床を鋭い刃に変え、長たちを襲った。
しかし、当然、その攻撃が届くことはない。ラルゴは岩をも砕く激しい水流、リザは無数の風の刃、ランバルトは業火を以て、ことごとく土の魔法を打ち砕いた。
スロウトがよろめきながらも前に出て、鋭い視線をルーインに向けた。
「諦めろ、ルーイン。貴様の負けだ。十五年前より続く忌まわしい計画も、ここで終わる。私利私欲のためにしか魔法を極められなかったお前が、この国に生きる人々を守る為にと、文字通り命を懸けて、己の魔法を磨いてきた彼らに、勝てるはずがない!」
スロウトの言う通り、最後の悪あがきも、ガルディア王国が誇る
「いいや、まだだ。まだ私には、この体がある。カイの力が、雷の魔力があれば―」
悔しそうにそうつぶやくルーイン。しかし、マキナがその言葉を遮った。
「—本当に、バカね。あんたはそうやってずっと、自分のために他人の命を利用してきた。そんなんだから、教え子の本心にも、あたしがわざわざ捕まってあげたってことにも気が付かないのよ、先生」
その言葉で意表を突かれたルーインの一瞬の隙に、マキナはネックレスを奪い取り、土の魔法を発動させた。次の瞬間、背後から突き出た石の槍が二人の腹部を貫く。真っ赤な血が飛び散り、その場にいた誰もが息を呑んだ。
「馬鹿な…何を、考えて…いる…」
口元からも血を流し、ルーインが苦しそうにそう言った。マキナはゴホゴホと、血の混じった咳を吐き、なぜか笑みを浮かべる。浅い呼吸で、必死に言葉を繋ぐ。
「ただの、けじめよ。カイを止められなかった、あたしと、間違えてしまったレジスタンス。そして、みんなを騙し続けたあんたへの、ね」
そこで一層激しくマキナが咳き込み、口からどっと赤いものが溢れる。しかし、彼女は相変わらずの穏かな笑みを浮かべ、言い聞かせるように呟いた。
「‥‥生まれた時から、ずっと利用されて、奪われてきたんだもの。せめて、その元凶くらいは、自分の手で終わらせたい。そう思ってるんでしょ、カイ?」
血に塗れたマキナの手が、そっと背後にある頬に触れた。その手は、何の魔力も纏っていない、普通の手だった。しかし次の瞬間、彼女の首にかかっていたルーインの腕から急に力が抜けた。赤かった瞳が金色へと戻り、穏かな表情になる。
「…君には、敵わないな。僕のこと、何でも分かってるんだから」
それはルーインではなく、カイの声だった。今までにないくらいに、優しい声。
「…今更だけど、ありがとう、マキナ。争いを望んでいないのに、ずっと、僕の隣にいることを、選んでくれて。…家族で、いてくれて」
カイはとっくに、マキナの本当の願いに気が付いていた。それでも、心の内で燃える憎しみの炎を消すことも、革命の歩みを止めることも、彼には出来なかったのだ。しかし、こんな形になってしまったが、ようやく彼は、自分の想いを口に出来た。その言葉に、マキナは泣き笑いのような表情を浮かべる。
「お礼なんて、いらないわよ。…馬鹿ね」
カイは困ったような笑みを浮かべ、大きく咳き込んだ。もう二人とも、長くはない。最後の力を振り絞るように、彼はリックに向かって叫ぶ。
「リック、お願いだ、ここで終わらせてくれ! 僕たちもろとも、風の魔法で、ルーインを斬れ! …どうか、この国を…、救ってくれ!」
慟哭にも似たその叫びは、彼の後悔と、贖罪だったのだろうか。奪われ、騙され、操られた彼の人生。理不尽への憎悪で多くの人を傷つけたが、彼の抱いた理想は、権力や差別で虐げられてきた、たくさんの人々を想ってのものでもあった。
その想いに偽りはないと、カイの声を聞き届けたリックは感じた。だから、彼に迷いはなかった。彼の代わりに自分が悲しみの連鎖を終わらせる、その覚悟を決める。
リックは再び短剣を握り、魔力を込めて走り出す。緑色の光が渦を巻き、剣が気流を纏った。前を見つめる彼の瞳には、いつの間にか涙が溢れていた。それでも、目を逸らさない。自然と、柄を握る手に力が入る。
雄叫びを上げたリックは、カイとマキナに向けて、風の剣を振り抜いた。その瞬間、玉座の間に強烈な突風が吹き荒れ、緑色の光が全てを包み込む。
宮殿から放たれた風は、長らく王国を覆っていた暗雲を吹き飛ばすように、力強く、遥か彼方まで―。
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