第5話
【デア視点】
次の日、私は直接クレスクントさんの元へ来ていた。
別にそうしたかった訳じゃない。
彼に言われたから、そうしただけ……。
顔を合わせるなり、クレスクントさんは私に微笑みかけた。
「昨日はお疲れ様。王の使いの人達は、君にとても満足していたよ」
「そう、ですか……」
「嬉しくないの? 彼等のお眼鏡に適うなんて、滅多にないよ」
全く嬉しくない……と言ったら嘘になる。
誰かの為になっているのだ。嬉しい気持ちもある。
それでも素直に喜べないのは、ルードスの事が頭を過ぎるからだ。
ルードスは今の私を見て、一体なんて言うだろう……。
「いま、彼氏の事を考えてた?」
「えっ!?」
「デアさんは本当にわかりやすいね」
そうなのかな……?
「レッスンの時も、ときどき考えてるでしょ?」
「……っ」
「別に隠さなくていいよ。ちょっと妬けるけどね」
そう言って笑うクレスクントさん。
思わず顔が熱くなるのを感じた。
きっとこう言う部分なんだろう……私の分かりやすさって。
「さて、デアさん。今日はいつもと趣向を変えてみようと思うんだ」
どう言う事だろう?
そう思ってる間に、私達は訓練所とは違う場所へと移動した。
………
……
…
パン! パン! パンッ!
「くっ……! うぅ……!」
「どうしたの? まだ始めたばかりだよ?」
「っ……!」
移動した先は、なんて事ない野外の坂道だった。
人通りの少なそうな場所だが、いつ通行人が来るかと思うと気が気じゃない。
パンッ! パパンッ!
「脚がガクガクだね。ちゃんと立って」
「ぅ……く!」
昨日の疲れもあってか、力があまり入らない。
呼吸もいつもより早く苦しくなってる。
だめ……このままじゃ、私……クレスクントさんに負けちゃう……!
あっ。
ちなみにだけど、手の方はまったく平気だ。
クレスクントさん曰く、鍛錬で傷ついたのを魔法薬で一気に治したかららしい。
超回復と言うやつだ。
私の手のひらは数日前とは比べ物にならないほど丈夫になっている。
現に昨日あんなに剣を受けたというのに、全く出血していない。
恐るべし、超回復。
「イヤーーーーッ!!」
ここ数日ですっかりモノにしてしまったカウンターを放つ。
しかし、坂の上にいるクレスクントさんにあっさりかわされてしまった。
パンッ!
木剣を打ち払われ、私の敗北で決着となった。
「まだまだ鍛え甲斐がありそうだね」
ニコリと笑い掛ける彼に、私の闘志が燃える。
悔しい……!
平らな足場なら絶対勝ってたのに!
しかし言い訳はしない。
不利な条件でも勝たなければいけない。
それがクレスクントさんが教える剣術【子刀流(ねとうりゅう)】なのだ。
子刀流(ねとうりゅう)。
元々は“子(ね)捕り流”という名称だったらしく、子(ね)とはネズミの事……つまりネズミ捕りの達人、ネコの動きを取り入れた剣術なんだそうだ。
子刀流(ねとうりゅう)の信念はただ一つ。
どんな時でも必ず勝つ。
それこそ昼夜も場所も問わずだ。
「最初は反乱組織が、国王暗殺のために磨いた剣術らしいんだけどね。
王は逆に気に入り、護衛の技術として取り入れたいと考えてるんだ」
休憩中、クレスクントさんがこの国の子刀流(ねとうりゅう)の成り立ちについて話してくれた。
「だから王は、子刀流(ねとうりゅう)から優秀な若者が現れる事を期待している。注目を浴び、良い宣伝になるからね」
「クレスクントさんじゃダメなんですか? 若いし、それに強いじゃないですか」
そう言った後に、もしかして触れてはいけない話題かもとハッとした。
でもどうやらそんなことはないらしく……フフッと余裕ある笑みを返してくれた。
「僕なんか全然だよ。君もすぐ解るさ」
「えぇ〜?」
クレスクントさん程の人が全然って……。
剣術の世界というのは、私が思っている以上に奥が深いってことなのだろうか?
兎にも角にも、私はもう身も心も剣の道に惹かれつつあった。
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