00-60:私の終わり

〈ALM〉が私の計画の障害になっている。


罪を犯せば〈キュベレー〉が駆けつけ、

〈更生局〉に連行され、隔離される。


自身も世話になったので、

存在自体は否定しない。


〈キュベレー〉はいまの人類にとって

なくてはならないパートナーだ。


〈ALM〉が生み出した〈キュベレー〉や、

〈更生局〉を出し抜く方法はないものか。


悩んでいた矢先に、不快な知らせが届く。

父の弟である叔父が〈更生局〉から出てきた。


40年ほど収容されていたところで、

私の財を目当てに、のこのことやってきた。


自分がなぜ〈更生局〉に収容されたか、

もう覚えてないのだろうか。


私の人生を狂わせた人物。

年老いた姿ではあったが昔の面影がある。


腐ったジャガイモのようなだ。


応接室に案内すると、叔父から発せられた

獣のような異臭に顔をしかめる。

しばらく風呂に入っていないのだろう。


「金を貸してくれ。」

「俺とお前の仲じゃないか。」


案の定、彼は私に生活費を求めてきた。


〈更生局〉が浮浪者を出すことはない。

当然ながら多少の支援を受けているはずである。


私が生活費を出さねばいけない社会的責任もない。


それで私に会いに来た理由は安易に想像がつく。

彼を罵倒ばとうして追い返すこともできる。


だが追い返そうとすれば、

過去のことを材料に私を脅しにかかる。

厚顔無恥こうがんむちにも程がある。


〈更生局〉も40年経って被害者との

接触までは想定していないのか。


加害者が男だからか、

それとも私の人格が問題なのか。


更正の内容とは収容年数だけで、

所詮は名ばかりだと実感した。


叔父がこのまま生きていたところで、

〈更生局〉に逆戻りだ。

彼の考えの浅さに頭を悩ませる。


しばらく考えて、

1ヶ月間の生活費を工面した。


それから〈ALM〉に申請し、

彼に〈キュベレー〉を手配した。


『多忙な私の代わりに。』

そう、身の毛がよだつメッセージを添えた。


生活支援のための機械人形を、

彼がどうするかは知らない。


彼が感情にまかせて〈キュベレー〉に

危害を加えるほど愚かではないはずだ。


それから半月経って叔父からメッセージが届いた。


内容は想像通り、私への罵倒ばとう

『餓死させるな。』との無心むしんだ。


ただれた生活で放蕩三昧ほうとうざんまいであることは、

〈キュベレー〉からの報告でわかっていた。

老いてもなお殊勝しゅしょうな心がけをしている。


そこで私は追加でもう1ヶ月分の生活費と、

仕事になるであろう事を手配した。


まず口うるさい叔母を

金で黙らせ、面倒事を押し付けた。


叔母に会社を紹介されたにも関わらず、

叔父は顔も出さず、連絡もすっぽかした。


人には裏がある。

優しかった両親や、叔父にもあったように。


そうした反面教師を私も少しは見習い、

地下組織のひとつでも作っておけばよかった、

などとバカバカしい後悔をした。


私にはひと癖もふた癖もある人が集まる。

もちろん表では真っ当な商売をしている人だ。


しかし裏では後ろ指をさされる趣味で、

私の技術を買い求めたり、ときには自らの

趣味の売り込みに来るものが後をたたない。


金を持て余したよほどの暇人の趣味だ。


多数の理解を獲られないものは存在する。

代表的なもので言えば性癖だ。


恋人同士、夫婦間、仕事関係でもよい。

需要があるので商売にもなりやすいが、

そのぶん犯罪率も高い。


そうした裏の顔を持つ会社に、

叔父への接触をお願いした。


私が直接関わることはない。

裏の会社も自社の商品と依頼内容を送るだけ。


ひとつは服飾の会社だ。

叔父に似合う老人向けの服を

こしらえる会社などではない。


〈キュベレー〉専門の服を作っている。


機械人形相手に劣情を抱いてしまう、

趣味の人を対象に商売をしている。


私がその会社に要請したのは、

女子生徒の制服と肌着だった。


この服装で間近に行われる

品評会への出品を叔父に依頼させた。


〈キュベレー〉を経由せずとも、

彼が床を踏んで怒るのは想像がつく。


もうひとつの会社はさらに特殊だ。


動物の毛皮を服にすることは、

〈人類崩壊〉以前より行われていた。


人類が生き残るための知恵であり、

〈NYS〉の原型とも評されることもある。


その会社は毛皮を人の型に裁断し縫う。


要望に応じて毛を全て抜き、

人の皮膚に近い状態で納品も行う。


理解し難い性癖の持ち主ではあるが

技術は秀出しゅうしゅつしている。


このふたつの会社から

送り届けられた商品で、

叔父がなにをしようと勝手だ。


ただ彼の元にある〈キュベレー〉は、

当時の私と同じ小型のものを選んである。


突然の来訪から1ヶ月経ち、

叔父は律儀にも私の想定どおり

〈更生局〉に連行された。


叔父の末路には興味はなかったが、

それと同時にひとつの考えがまとまった。


私は人を観察した。


人も動物だ。

言語が使える分、動物よりもわかりやすい。


時間はかかるが金はある。


〈ALM〉や〈キュベレー〉に依頼しても、

家族でない他人の秘密など教えてはくれない。


そこで複数の調査会社に依頼して、

段階的に情報を入手させる。


住所、名前、年齢、家族構成など

単純なものは簡単に取得できる。


そこから掘り下げるには、

親会社が子会社へと調査を依頼する。


秘密の取得は趣味を超え、

ストーカー行為に等しい。


極力〈更生局〉に関わらない為、

リスクの分散には大勢の調査員が必要だった。


仕事、趣味や日常の行動、交友関係、

それから性癖などをつまびらかにする。


調査の対象は誰でもよかった。


調査員が調査数を水増しするために

自分や自分の家族の情報を売るのもよく、

架空の情報をでっちあげても構わなかった。


真偽は重要ではない。


誰かが加害者になるでも、

被害が生じない方法を探った。


素質の有りそうな人がいれば

それが一番だが、叔父を釣るより複雑だ。


私の目的には偶発ぐうはつ性が求められるからだ。


落とし穴を作ってはいけない。

この原則を絶対とする。


いくつかの目標を商品と考え、

要素となる原材料を無作為に投げ込む。


穴を掘る道具、穴の掘り方、穴の隠し方。

大事なことは目的と手段と方法を分解し、

必ずひとつの群れにばら撒く。


他者を落とす為に穴を掘らせては、

自らが落ちる結果になる。

それでは本末転倒だ。


それぞれの情報が伝播しあい、

運がよければ落とし穴が完成する。


落とし穴でなくてもよい。

皆で高い塔を作らせ、太陽に届けばよい。

私でなくてもよい。


私はいつしか自分の足で

歩くことさえままならなくなっていた。


足は痩せ細り、手は風に吹かれた

枯れ枝のように揺れて覚束ない。


それでもまだ調査をやめさせなかった。

偶然が芽吹いたのはいつ頃か。


小さな集団からひとりの指導者を生み出し、

多くの人を集めるように呼びかける。


美貌びぼうや知性、または巧みな話術を利用して、

大勢の人にあがめられる存在になる。


人の煽動せんどうは禁じられ、

多くの関係者が〈更生局〉に連行された。


しかし私が〈更生局〉に

連行されるには至らなかった。


人々の異変に〈ALM〉が気づくまで、

私の死から60年が過ぎていた。

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