第61話
「──まやちゃん、なんかあった?」
いつものように「まやちゃんに会いに来た!」って答えを予想していた私の耳に想定外の質問返し。間抜けにも口をぽかんと開けてしまう。
そして追い打ちをかけるように整った顔にじーっと見つめられてたじたじの私。これは毎日イケメンを見てても慣れないこと。
「……なんでそんな、泣きそうな顔してるの」
神永君の言葉に答えないまま、慌てて厨房に設置されている手洗い場の鏡へ直行した。
そんな顔を〝あの人〟に見られたの!?と焦りながら自分の顔を覗きこんでみてもいつもと変わらないように思う。
偶然そばを通りかかった廉先輩に「私の顔、どう思います?」なんて聞いてみても「え?なに化粧でも変えた?わりいけど俺そう言うの疎いから」って返された。
人の弱みに敏感な先輩でも気付かない……ってことは神永君の勘違いじゃないの?
そう思いたいけど、私の今の心境が複雑なものだから。「泣きそう」って神永君の見解もあながち間違ってないと思う。
カウンターへ戻ると、不安そうに私へ目を向ける神永君。
「誰かに、なにかされた?俺が倒してこようか?」
なんてヒーローを夢見る子どもみたいな発言。「倒してくる」ってなんだよ……。
だけど彼の瞳はいたって真剣だ。
「……なんでもないよ。ちょっと失敗しちゃったの」
そう言うと納得はしていないけど、しぶしぶ頷く彼はどんだけ私の変化に敏感なんだろう。
「注文、しないの?」
気を取り直してさっきよりも明るく問いかける。まあ無理やり感は否めないけど。
「──まやちゃんで」
今までのシリアスな雰囲気のまま、真面目なトーンで言うから思わず笑ってしまった。
「馬鹿じゃないの」
そんな私を見て神永君も硬くしていた表情を崩し口を四角にして笑う。
「へへ……っ、そうだよ。知らなかった?」
そんな彼に、なんだかホッと温かな気持ちになったのは内緒。
そして神永君の笑顔を見ているこのときだけは“あの人”のことも忘れていた。
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