12

 そういえば睦月さんは? と思って辺りを見回す。探してる私に気づいたのか、頭上から声が降ってきた。


「ここだよ」


 見上げると睦月さんが二階の手すりに立っていた。いつの間にあんなところに……。近くにエレベーターがあるからそれを駆け上がったのかもしれないけど。それにしても早いな。


 睦月さんが跳んで下りる。敵めがけて。降下しつつ魔法を使ったのか、睦月さんの周りを闇が取り巻く。敵の黒に、睦月さんの黒。どっちも黒。睦月さんの黒が敵の黒を侵食し、散らしていく。


 敵を踏みつけるように、その身体の上に降りて、睦月さんがさらに魔法の力を大きくした。睦月さんの身体から発せられる闇が大きくなっていく。敵がばらばらにされる。敵が後退していく。睦月さんの頬がほんのり赤くなって、瞳がきらめいていて、口が少し微笑んでいるようで、とにかく楽しんでるみたい。


 でも敵も負けてはいなかった。一端引いたけれど、またこちらへ向かってくる。睦月さんが逃げる。軽やかに。


「こっちだよ!」


 睦月さんが煽るように敵に声をかける。いつの間にか人々はいないし、通路のベンチとか看板とか、そういうものもなくなっていた。お店も少しずつ消えつつある。え、えーと……。後ずさりしながら私は考えた。私は何をすべきか……。もちろん、睦月さんを助けるべきだよね。


 迷いながら、私の足元でうごめいている敵の一部に炎をぶつけた。少し消える。ふむ。こんな風にしてぼちぼち消していけばいいかな。そんなことを思いながら、あちことに炎を飛ばす。


 睦月さんは……。敵はどうやら私には興味はないようで、全力で睦月さんを追っている。睦月さんは跳んだり跳ねたりしながら敵をよける。ひゃっ! 今のは危機一髪だった。敵の腕が睦月さんを切り裂くかに見えた。でも睦月さんは無事だった。かすり傷一つなく。服もまったく破れていない。


 睦月さんが止まり、正面から敵を見据えた。その身を、闇の魔法が、睦月さんが生み出した闇が、覆う。そして睦月さんは敵に向かって突進していった。迷いもなく、敵にぶつかっていく。敵が、それを受けてたじろぎ膨らむ。ショッピングモールを侵食していた黒が、揺らめき、怯えるように震える。混乱が敵全体に広がって、そして溶けるように消えていく。消えていくのは敵だけでなくて、異空間もまた――。




――――




 私たちは元の世界に戻った。トイレに荷物を取りにいき、そして出ていく。ショッピングモールはいつも通り。平和な土曜の午後だ。幸せそうに行き交う人々。何があったのか全く知らない人々。


「楽しかったね」


 睦月さんが言った。う、うん……まあそうだね。少なくとも睦月さんはとても楽しそうだった。まだ目が輝いているし。睦月さんは私を誘った。


「いい運動になったよ。ねえ、どこかで休憩しない?」


 というわけで、私たちはティーショップに行くことにした。濃い色で統一されたクラシックなお店だ。このショッピングモールには何度か来たことはあるけれど、このお店には入ったことがない。気になってたから、ここで休憩できるのは嬉しい。


 ちょっとどきどきしながら入る。前のときも思ったんだけどさ、睦月さんはどこに行っても堂々としている。私はやっぱり、いつものハンバーガーショップ以外で食事をするのは慣れないよ。大人がいないと。子どもたちだけだと、ちょっと、ね。


 テーブルについて、睦月さんはアールグレイを頼んだ。紅茶だけ。私はメニューを見てケーキも食べたくなった。ケーキ、高いけど! でもお腹空いてるし、美味しそうだし……。


 しばらくは質素な生活をしよう。


 あれこれ悩んで選んだのはチョコレートケーキ。ケーキと紅茶が運ばれてくる。シンプルなチョコレートケーキで、上にはちょこんとイチゴと生クリームが飾られている。かわいい~。私、イチゴ、好きなんだ。紅茶はオレンジフレーバーのもの。


 店内は静かだった。お客さんはいるけれど、みんな静かにお話してる。ピアノの音がひっそりと店内を満たしている。ピアノ。楓ちゃんの発表会、楽しみだな。


 私はイチゴをそっとお皿の縁に置いた。これは最後に食べるんだ。だって、好きなものだから。そしてケーキの先端をフォークで少し切って、口に入れる。……美味しいー! 甘すぎなくて、しっとりしてて、美味しい!


「一瀬さんとお話したい、って言ったよね」


 睦月さんがそう声をかけてきた。ケーキに集中していた私は、意識を睦月さんに向けた。


「うん。何か、聞きたいことでもあるの?」

「聞きたいことっていうか……。ほら、一瀬さんってリーダーだし」

「リーダー?」


 何かのリーダーになったっけ? と思う。学校で班長とかはやったことあるけど……。そういうことじゃないよね。


 睦月さんはさらりと言った。


「あの四人の中で、一瀬さんがリーダーじゃない」

「そうなの!?」


 それは知らなかった。


「だって、くまは一瀬さんの持ち物でしょ?」


 そうだけど。それがリーダーの基準? そもそも四人でいて誰がリーダーとか考えたことなかったなあ。


 でもリーダーってのは悪くないなあ。リーダーかあ。四人の中で、一番……偉いとか……頼りになるとか? みんなを助け、導く? うん、いいかも……。


 いつの間にかにやにやしてしまった。私ははっとして真顔になり、ケーキを一口飲み込んだ。


「まあ私はくまの所有者ではあるけど。それで話とは……」

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