第16話「お宝は手に入れた!」

 海賊王と呼ばれたバルバンクールの隠れ家を見つけた。しかし、そこに財宝はなかった。

 唯一の“お宝”は古い酒と食器類だ。俺たち“ドランカード酔っぱらいにふさわしいお宝だ。


 積み込みの指示を出した後、船に戻るため、エアロックの区画に来ている。後ろにはこの別荘の執事スチュワードであるアンドロイド、チャールストンがいた。


「短い時間だったが、世話になった」


「こちらこそ、久しぶりにお客様をお迎えでき、我々一同大変喜んでおります」


 そこで片手を上げてエアロックに入る。


 エアロックの内側扉が閉まると、少しだけ感傷的な気分になる。


 ここは千年以上前に作られた娯楽施設が元になっている。それが七百年前と今回、ごく短時間だけ人が訪れただけだ。

 そしてこの先も人はやってこない。


人工知能AIに感情があったら、どんなことを思うんだろうな。俺には想像もできん……)


 エアロックの外側に出ると、コンテナの積み込み作業が行われていた。ドランカード号は貨客船、つまり貨物船でもある。今回の依頼では貨物は積んでいないので、貨物室カーゴは広々と空いているから問題なく積み込める。


 そのカーゴに飛んでいき、検疫用のブースに入る。

 いろいろな星を行き来するこの船には検疫用の施設が装備されているのだ。もっとも通常の商船にも標準的にあるので自慢になるほどのことでもない。


 簡易宇宙服スペーススーツを脱ぎ、棺桶のようなカプセルに入る。そして船のAIであるドリーによる検査が行われる。


 横になっていると眠気が襲い、うとうととし始める。


『起きてください、船長キャプテン』というドリーの声で目を覚ます。


『チェックが完了しました。身体に異常は全くありません。また、未知の細菌、ウイルスは発見されませんでした。これであのお酒も飲めますね』


 最後は笑うように話していた。


「そうだな」と答えながら、スペーススーツを再び着込み、操縦室コクピットに向かう。


 ヘネシーも戻ってくるところで、スーツケースのような大型のケースだけでなく、抱えきれないほどの見知らぬ装置を持っている。

 コネクタがブラブラと揺れ、ジャンク屋からでてきた怪しげな人物にしか見えない。


『積み込みは完了しています。あとはヘネシーが戻ればいつでも出港が可能です』


 ドリーの報告に「了解」と答え、


「外に出たらリコと交渉をするぞ。ブレンダを取り戻したらすぐに戦闘になる。心しておいてくれ」


 ジョニーとシェリーが「了解」と答える。


 ヘネシーが戻ったことを確認し、ゆっくりと船を進めていく。

 港を見下ろすように設置してある展望室に三体のアンドロイドが見え、それぞれ大きく頭を下げて見送ってくれた。


 ゲートを出たところで加速を開始し、全方位に向けて通信を送る。


「トレード興業のジャック・トレードだ。リコと話がしたい」


 すぐに応答があった。

 メインスクリーンに中折れ帽を被ったリコが現れる。


「今頃現れるとはな。で、話はなんだ?」


「バルバンクールの隠れ家を見つけた。俺たちがほしいものは手に入れたが、この船じゃ入りきらん。残りの財宝と引き換えにブレンダ・ブキャナンを返してもらいたい」


 そこでリコの目がキラリと光る。


「無事に逃げられると思っているのか? 大人しく降伏しろ」


 既に俺たちの位置は特定できているので、強気に出たのだろう。実際、今の位置ではドランカード号が逃げ切れる可能性は低い。但し、俺たちだけならという条件はつく。


「切り札もなく場所を晒すと思うか? 逃げようと思えばできたんだぞ」と不敵に見えるように笑う。


 リコも俺が言っている意味が分かったのだろう。僅かに口元が歪み、どうするか考えている。


 五秒ほど考えた後、「よかろう」と言った。


「だが、まずは座標を教えろ。本当にお前らが見つけたのか信用できん」


「その前にブレンダが無事か確認させてもらおうか。お前たちは信用できないからな」


 すぐにブレンダの姿が映し出される。


『この映像はライブ映像の可能性が極めて高いです』とドリーが教えてくれる。優秀なAIは命令しなくてもいいから楽でいい。


「いいだろう。ドリー、座標を送ってくれ」


 俺があっさりと座標を教えることにリコは僅かに目を見開く。


「確認できたら、雑用艇ジョリーボートで女を送り出す。女と引き換えにキーを渡せ」


「先に言っておくが、キーだけじゃ中に入れない。認証コードが必要だからな。それに俺たちを殺したら隠れ家は自爆する。だから下手な小細工はするな」


 一応脅しを掛けておくが、奴らが信じるかは微妙だ。


 五分ほど経った後、確認できたのか、リコの乗る四百メートル級武装商船シンハーからジョリーボートが発進した。


「ジョニー、悪いが受け取りにいってくれ」


「了解!」といって不敵に笑い、コクピットを後にする。


 この後、ドランカード号に搭載してある小型艇で邂逅ランデブーし、ブレンダを受け取る。もちろん、小型艇は自動で操縦できるため、陸兵であるジョニーだけでも問題はない。


 ジョニーだけを行かせたのは選択肢がなかったからだ。

 俺がついていけば一番いいが、操舵士である俺が船を離れると緊急時に無防備になってしまう。

 ヘネシーとシェリーでは敵が強引に奪いに掛かった時、人質に取られる可能性があった。


 その点、ジョニーだけならマフィアの五人や十人相手にできるから問題はない。特にシンハーから奪ってきた戦闘用外装甲コンバットシェルを装備させれば、ジョリーボートに戦闘員が満載されていても難なく対処できるだろう。


 ジョリーボートと小型艇が接舷した。

 予想通り、マフィアたちは武装した戦闘員を満載していた。

 二十人ほどいるマフィアの戦闘員が接舷した瞬間、後部ハッチから飛び出していく。

 残りの五人ほどがジョニーを撃ち殺そうとブラスターライフルを構える。


「降伏しろ!」と一人の男が通信してくるが、ジョニーは「遅い!」と吼え、両手に持つ大型ブラスターを乱射する。


 恐らく認証カードを奪ってしまえば、コードは解析で何とかできると考えたのだろう。あるいはジョニーを人質にしてコードを聞きだすつもりなのかもしれない。



 宇宙空間での戦闘の経験が少ないのだろう。

 飛び出したマフィアたちは反撃することなく、次々と撃ち殺されていく。その中にはパニックに陥ったのか、無茶苦茶にスラスターを噴かし、無様に回転している者までいた。


 その様子がメインスクリーンに映っている。

 宇宙そらで宙兵隊の下士官と戦うにはお粗末過ぎる。


「大丈夫なの?」とシェリーが聞いてくるが、答えている余裕がない。


 ジョリーボートの奥にはブレンダが拘束されている。

 運がいいことにドランカード号の簡易宇宙服スペーススーツを着たままで、更にヘルメットも同じものだった。


『ブレンダさんには連絡済です』とドリーが教えてくれる。


 ドランカード号のスペーススーツには特殊な回線の通信装置がついており、相手に気づかれずに連絡ができる。


『カウントダウンです。五、四、三、二、一、ゼロ!』


 ドリーのカウントダウンが終わると、ブレンダを拘束していた男が胸をかきむしるようにして苦しみ始める。

 彼女はそのままジョリーボートの座席の陰に隠れた。


『見事ですね』とドリーが賞賛しているが、俺も同じ思いだ。


 今回、やったことは俺たちが手錠を外したことの応用だ。

 手首に隠してあるマイクロマシンで拘束している男のスペーススーツのシステムに侵入する。システムを乗っ取った後、ドリーがスペーススーツの酸素供給機能を停止した。

 酸素の供給が止まってもすぐに死ぬことはないが、ヘルメット内の空気しかないため、息を吸おうとしても充分に吸えない。


 冷静な宇宙船乗りスペースマンなら酸素の供給が止まっても冷静に息を止められるが、素人に毛が生えたようなマフィアではなすすべもなく、パニックに陥った。


「抵抗するな!」とリコが吼えるが、


「そっちが先に手を出してきたんだろう!」とやり返し、


「今からでも遅くない。すぐに手下に攻撃を止めさせろ。そうすればキーは渡してやる」


 この状況は一見するとこちらの方が有利に見えるが、それほど余裕がある状況ではない。

 未だにドランカード号の速度は遅く、回避機動を行うには不充分だし、こちらを全滅させると隠れ家が自爆すると脅しているが、それも眉唾物だと思っていれば十隻の船から攻撃を受けてしまうのだ。

 そのため、強気に出すぎず、ある程度相手が納得するくらいで留めている。


「攻撃をやめろ!」というリコの通信が聞こえ、マフィアたちは銃を下ろした。


「ジョニーも撃つな」と言い、


「ブレンダを回収してくれ。無事を確認したらキーを渡すんだ」


「了解」と短い答えが返ってくる。


 そのやりとりが聞こえたのか、ブレンダが座席の陰からゆっくりと出てきた。そして、壁伝いに後部ハッチに向かう。

 ハッチを出る時、真っ暗な宇宙空間に出ることに恐れを感じたのか、僅かに躊躇する。


「そのまま飛べ」とジョニーがいうと、トンという感じでジョリーボートの床を蹴って飛び出した。

 ドランカード号の小型艇で待つジョニーが、ブレンダを片手で受け止める。


「こいつがキーだ。受け取れ」と言ってジョリーボートに向けて放り投げる。但し、僅かに軌道をずらしており、生き残りのマフィアは慌てて取りにいく。


 その隙を突いて、ジョニーたちは小型艇に入り、自動操縦に任せて発進した。


 マフィアたちは船外活動EVAに慣れていないのか、右往左往しながら認証カードに向かう。


「五光秒離れたら、認証コードを教える。それまで撃つなよ」


 敵からの攻撃を考え、ドランカード号と船団の間にジョリーボートが入るようにしている。これで不用意に砲撃をすれば、認証カードまで破壊してしまうので、敵は攻撃を手控えるしかない。


 小型艇が戻るまでの一分間が長く感じる。

 その間に操縦系に神経を接続しておく。


『ジョニーを収容しました』


 ドリーの報告を聞くとすぐに加速を開始する。


『マリブが船団を離れました。ドランカード号から離れるベクトルです。クバーノ船長は決着をつけるとミスター・リコに言っています。ミスター・リコは勝手に動くなと騒いでいますが、クバーノ船長はそれ以降応答していません』


「不味いな」と心の中で呟く。


 恐らくだが、クバーノは罠に勘付いている。だから、船団から離れたんだろう。


 俺の計画ではリコの船団を一網打尽にして逃げるつもりだったが、歴戦のクバーノだけは俺が何かをするつもりだと気づいた。


「認証コードを教えろ! さもなくば一斉に攻撃する」


 リコの脅しが届くが、言っている傍から砲撃が始められた。どうやら、カードを回収し終えたようだ。


 文句を言うこともできず、回避に専念する。


『旧連邦の基地から攻撃が開始されました。スループのディータ撃沈。三百メートル級のチンタオ中破。四百メートル級エライジャとクレイグ小破。敵は混乱しています』


 基地からの攻撃にマフィアたちは最初慌てたものの、すぐに落ち着きを取り戻す。

 そして、反撃を開始した。


『ステルスミサイル全基破壊されました……三テラワット級粒子加速砲沈黙……五テラワット級陽電子加速砲沈黙……防御スクリーンの出力が足りないようです……ゲート前防御スクリーン消失。全砲沈黙しました』


 五分ほどの戦闘で基地の反撃機能は破壊された。

 本来の能力ならば、この程度の敵は鎧袖一触で殲滅できるのだろうが、一千年に渡り本格的なメンテナンスが行われなかったから、チャールストンの報告以上に使えなかった。


『マリブが追跡してきます! 砲撃開始しました!』


 ドリーからの報告の前にすでに俺の身体は反応していた。


「最大加速で脱出する。チャールストンに第二プランに従うよう指示を出してくれ」


了解しました、船長アイ・アイ・サー


 ドリーの声に哀愁を感じるのは俺の考えすぎだろう。


■■■


 時は少し遡る。


 ロナルド・リコはジャックに出し抜かれてばかりでそれ以前から苛立っていた。

 そのため、ドランカード号を奪い返されたリッキー・ジーンを簡易宇宙服スペーススーツすら着せずに宇宙そらに放り出して殺している。

 更に軍の補給拠点であるメドゥーサ拠点ベースも作業員もろとも自爆させた。


 それでも苛立ちは収まらなかった。

 ジャックの位置が一向に掴めなかったためだ。

 そのため、ブレンダに乱暴しようと考えたが、クバーノからの「辱めを受けて自殺されたら面倒」という進言に従ってやめている。


 そんな彼の目の前でブレンダを奪われ、更にバルバンクールの隠れ家からの砲撃でリコ率いる海賊船団は大混乱に陥った。


「ダイ! 何をしてやっている! さっさと反撃せんか!」


「分かってます!」と船長のダイは答え、「主砲はどうした!」と同じように部下に当り散らす。


「ディータがやられました! チンタオも!」


 自分の持ち船が損傷することに更に苛立つ。そして、協力関係にあるコリンズ・ファミリーの動きが鈍いことに怒りを爆発させる。


「コリンズの奴らは俺たちを盾にするつもりか! トムに繋げ!」


 ダイはそんな場合じゃないだろうと思うものの、口に出すことなく、指揮を執る。


「俺たちを盾にして独り占めするつもりじゃないだろうな! トムよ!」


 モニターに映るスキンヘッドの男を睨みつける。


 トム・コリンズは『そんなわけがないだろうが!』と怒鳴り、


『うちの船もやられているんだ! そっちの方が火力があるんだぞ。何とかするのはお前の方だろうが!』


 醜い言い争いに戦闘指揮所CICは辟易とするが、次々と着弾する攻撃に対処するだけで手一杯だった。


『マリブのクバーノだ。シンハーとウルケルでアルファ地点を、エライジャとクレイグでブラボー地点を集中的に攻撃するんだ。チンタオと残りのスループは敵のセンサーを逆探知して潰せ』


 明らかに指揮系統を無視した行為で、ダイが「指揮官面するな!」と怒鳴る。


「クバーノの言う通りにしろ! クバーノ、一時的にお前が指揮を執れ! 上手くやれば、さっきの命令無視は忘れてやる」


『了解、ボス』とクバーノからの返事が聞こえ、すぐに新たな指示が飛ぶ。


『シンハーはチャーリーを、エライジャはデルタだ。他はゲートらしき場所に攻撃を集中。但し、周囲だけだ。間違っても真ん中を打ち抜くな!……』


 クバーノが指揮を執り始めると見違えるほど動きが良くなった。

 彼は指揮を執りながらも加速を続けた。既に三光秒ほど離れているが、その指揮は的確だった。

 一つ一つ砲を潰していき、指揮を執って三分と掛からずに沈黙させる。


『何でも屋は俺に任せてくれないか』


 クバーノの言葉にリコは鷹揚に頷く。


「よかろう。だが、間違っても逃がすなよ」


『了解。俺の矜持プライドに賭けて必ず仕留める』


 それだけ言うとクバーノはドランカード号の追跡に専念する。


 リコはクバーノのことを忘れ、目の前にある小惑星に目を向けた。


「認証コードを求めてきています! どうしますか」


 部下の一人が指示を求めてきた。しかし、コードは手に入れていない。


「ターキーに解読させろ! 時間は掛かってもいい。だが、確実に開かせるんだ」


 ジーンと一緒にドランカード号に乗り移ったウィル・ターキーだったが、彼はリコの部下の中で数少ないシステム系の技術者であり、一発殴られただけで許されている。


 ターキーは人工知能AIの支援を受けながら解読作業に入った。しかし、帝国のシステムとは異なるため、その解読に梃子摺っていた。


『このままここで時間を潰すのか』とトム・コリンズが通信を入れてきた。


「今のうちに応急修理をしておくんだ。大々的な修理は隠れ家の中に入ればできるんだろうが、少しでも時間を有効に使え」


 そう命じられたコリンズだが、彼はリコの態度に怒りを覚えていた。

 リコの組織とコリンズの組織ではリコの方が大きいが、今回の作戦ではほぼ同数の戦力を投入している。また、自分はリコの舎弟でもなく、まして部下でもない。

 調子に乗っていると考えるものの、認証カードはリコの手にあり、今仲違いするわけにはいかない。


(お宝を手に入れたら奴らを叩きのめす。戦力はほぼ互角。面倒なクバーノは何でも屋を追いかけた。絶好の機会だ……)


 しかし、彼にその機会はやってこなかった。


「エネルギー反応だ! 自爆する気だ!」


 その言葉にメインスクリーンに目を向けると、いびつな球形の小惑星が膨らみ始めていた。


「撤退しろ! すぐに!……」


「後ろにもエネルギー反応が! 囲まれている。駄目だ!」


 次の瞬間、メドゥーサの前方トロヤ群に数十個の恒星が生まれた。


 リコはその光景を呆然と眺めていた。


「何だと……」


 それが彼の最後の言葉だった。

 基地の自爆用対消滅炉だけでなく、周囲にある岩塊に隠された対消滅炉が同時に暴走したため、彼の乗るシンハーは分子レベルに分解され消滅した。

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