第2話「銃撃戦(ガンファイト)は突然に」
センテナリオを含むカリブ宙域は銀河系のオリオン腕の外縁部にあり、ペルセウス腕に向かおうとする、開発の
そんな中、首都マイヤーズは五十万人が暮らす大都市だ。
たった五十万だが、この惑星センテナリオはまだ開発が始まったばかりで人口は百万にも達していない。
まあ、街といっても近代都市とキャンプの合いの子といった感じだが。
街の中心にある真っ白な
高層ビルにいるのは銀河帝国の惑星開発公社、略称ジプデック(GIPDC(Galaxy Imperial Planet Development Cooperation Authority)と呼ばれる組織の関係者たちだ。そいつらがこの星の開発を仕切っている。
宇宙港近くのスラムにたむろしているのは“開拓者”という肩書の敗残者たちだ。
他の星で食い詰めた奴らが最後の望みを賭けてやってきたものの、開拓はそんなに甘くなく、資金を食いつぶして舞い戻ってくる。
そして、そんな奴らを食い物にするのが、
ここマイヤーズにもリコ・ファミリーという組織があり、そいつらがスラム街を牛耳っている。
時間は標準時間で午後二時過ぎ。
俺はジョニーとシェリーと共に、マイヤーズ宇宙港からエアカーで
荒事に向かないヘネシーはいつも通り船で留守番だ。
ダウンタウンに向かっているが、闇雲に向かっているわけじゃない。既に
街の中心はスーツ姿のいかにもビジネスマンといった男たちが闊歩している。俺も目立たないようビジネススーツに着替えているが、冴えない宇宙船乗りに過ぎない俺は周囲から浮いていた。
「ほんとに似合わないわね」とシェリーに笑われる。
こいつの言っていることは、腹立たしいことに否定できない。
ダークブルーのスーツに無理やり撫で付けて固めた髪、剃りすぎて少し赤くなった顎……自分でもくたびれた農夫の親父の方がマシだと思えるほどだ。
更に悔しいことに、こいつはグレーのスーツに白のブラウス、タイトスカート姿で、俺より遥かに似合っている。帝都から来たキャリアウーマンと言われても全く違和感がないほどだ。
「こいつよりましだろう」とエアカーを運転するジョニーを指差す。
ジョニーは巨体を黒のスーツに押し込め、蝶ネクタイを着け、更に黒い制帽を被っている。コントでもやるつもりかと思ったら、運転手のつもりらしい。
「そんなことないわよ。宙兵隊崩れの運転手兼ボディガードなんて珍しくもないんだから」
そんなことを話していると、「そろそろだぞ」とジョニーがまじめな表情で言ってきた。
こいつは酔っておらず、地上に足を付けている時は別人のように仕事に真摯だ。
「よし、その辺りで停めてくれ」
エアカーの速度が落ち、視線が沈み込んでいく。
俺とシェリーの二人でモルガンに会い、ジョニーは緊急時に俺たちを拾いにくることにしている。
モルガンから指定された場所は街の中心部にある“セントラルパーク”というひねりも何もない名の公園だ。
その中心にある噴水で待ち合わせることになっていた。
「どんな人なの?」とシェリーが端末をいじる振りをしながら、まじめな表情で聞いてきた。
「分からん。奴はいつも変装しているからな。どんな格好で出てくるかはお楽しみだ」
俺がそう言った直後、
「すまんな。今回は楽しめん格好だ」
三十代後半くらいの特徴の無い顔の男が、背後から話し掛けてきた。
「ブツはそこにある」というとそのまま消えていった。
「どういうこと?」とシェリーが言うが、俺の
どういうカラクリかはしらないが、こいつのハッキング技術は帝国諜報部以上だ。
「さて、お迎えの時間だ」
そう独り言を呟き、エアカーに向かって歩き出す。
シェリーは何のことか分からないという顔をするが、この場で聞くことの危険性を知っているため黙って俺についてくる。
エアカーに戻り、ジョニーと運転を代わる。
「ブツのところに向かうが、場所は最悪に近い。奴らの
エアカーを発進させると、すぐに中心街から少し離れた歓楽街に向かった。
走りだした直後、ジョニーは愛用のハンドガンの確認を始めた。
宙兵隊なら使い慣れた
サイボーグ以外、まず使えない銃だが、こいつは防弾仕様のエアカーを一発でおしゃかにできるほどの威力を持つ。
もちろん
シェリーも魅力的な太ももにホルスターを着け、小型の
歓楽街には既にネオンが点けられ、赤い顔をした酔っぱらいたちがフラフラと歩いている。
目的地の五十メートルほどの場所にエアカーを止め、
「シェリーは俺と一緒に来てくれ。ジョニーは合図をしたら車を寄せてくれ」
了解の声が聞こえたところでゆっくりと歩き出す。
出張してきたビジネスマンが迷い込んだ風を装っているが、ちょっと見ればバレバレだろう。
目的地は場末のパブだ。
壊れかけたネオンの看板には“ニューヨーク”と書いてある。
こいつもよくある飲み屋の名前だが、
シェリーは周囲を警戒し、俺がその“ニューヨーク”という店の扉を叩く。
「バーボンはあるか?」
少し間を置き、かすれた感じの男の声が返ってくる。
「うちにあるのはライ・ウイスキーだけだ」
「じゃあ、それでニューヨークを作ってくれ」
そこで扉がゆっくりと開く。
「つまらん合言葉だ。考えたのは奴か?」と言いながら慎重に中を確認していく。
中には五十絡みのくたびれた白人男性がいた。
「さあな。それよりさっさと連れていってくれ。気が気じゃねぇんだ」
そう言って顎をしゃくって奥に行くよう促す。
「お前はここで外を見張っていてくれ」とシェリーにいい、奥に入っていく。
奥にはデニムのスリムパンツに白いブラウス、大きな麦藁帽子の女と、カーゴパンツにTシャツ、帝都のフットボールチームのロゴが入ったキャップを被った少女が椅子に座っていた。
二人は予想通りブキャナンの妻と娘で、二人ともラフな服装ながらも気品がある。
「話は聞いているか? 俺があんたたちを安全な場所に連れていくジャックだ」
「聞いています。よろしくお願いします」とブキャナン夫人のブレンダが緊張した面持ちながらも笑顔を作って頭を下げる。
美人との会話は楽しいが、今は時間がない。
「荷物はそれだけだな」
二人の横にはスーツケースが一つずつあり、少女の方は小さめのリュックを背負っている。そのリュックからは愛玩動物型ロボット、キャニット(Companion ANimal Intelligence roboT)の顔が出ており、俺と目が合うと「ニャー」と鳴いた。
「はい」とブレンダが頷く。
「すぐに出発する。俺の指示に従ってくれ」
二人が頷くのを確認すると、すぐに外に向かって歩き出す。
シェリーと合流すると、眉間にしわを寄せていた。
「ヤバいよ。怪しい奴らがこっちに向かってくるよ」
後ろの二人に止まるよう指示を出し、外を慎重に覗く。
彼女の言う通り、黒いシャツに黒いパンツの若い男が二人と白いスーツを着た三十代半ばの男がこちらに向かってくる。
「不味いな……と言っても強行突破しかないか……」
すぐにジョニーにPDAで連絡を取る。
「強行突破するぞ。エアカーを入口に付けてくれ!」
すぐに「了解」という声が聞こえ、エアカーが浮き上がる独特な高音の唸り音が聞こえてきた。
リーダーらしき男がその音に気づき、「撃ち落とせ!」と命じるが、その直後大きな爆発音と共に男は数メートル吹き飛ぶ。
ジョニーがエアカーを運転しながら、六十口径のハンドガンをぶっ放したのだ。
「おいおい、先制攻撃かよ」と思わず苦笑が零れる。
まだ撃たれたわけでもないし、エアカーを運転する奴に、彼らの声が聞こえたわけでもないだろう。それなのに何のためらいもなく攻撃を加えている。
強行突破という命令に従っただけなのだが、少しくらいためらってもいい状況だ。
チンピラ風の若い男がリーダーに向かって駆けよるが、その男たちも同じように吹き飛ばされる。
「相変わらずいい腕だ」と思わず賞賛の声を漏らしてしまう。
それもそうだろう。大砲のような六十口径のハンドガンを片手で撃ち、命中させたのだ。普通の人間が撃ったら、両手でも身体ごと持っていかれる代物だ。
戦闘サイボーグ以外ではできない芸当だろう。
俺の賞賛の直後、向かいのビルから数条の光に伸びる。
五人ほどの男がエアカーに向けてブラスターライフルを撃ち込んでいたのだ。ネオクリート舗装を焼く独特の匂いが立ち込める。
遠くから「逃がすな!」と命じる声が聞こえてくる。
ブラスターの放つ熱線の雨の中、ジョニーの運転するエアカーが店の前に滑り込む。
ブラスターの熱線が空気を膨張させる独特の破裂音とジョニーの撃つハンドガンのでかい音が歓楽街に響いていた。
「頭を低くして乗り込め!」
俺はそう叫ぶと、ブラスターをビルに向かって撃ち込んでいく。
その時、二十歳そこそこの無用心なチンピラが窓から身を乗り出した。俺はそいつに狙いを付ける。
と言ってもじっくりとではなく、勘で狙っただけだが、一発でそいつの肩に当ててやった。
若造は情けない悲鳴を上げながら頭から落ちていった。
ジョニーほどじゃないが、俺の射撃もそう悪くはない。
シェリーもレイガンを乱射していた。残念なことに彼女の射撃の腕は素人以下だ。なので狙いもつけずに乱射するように言っている。狙うよりもまぐれで当たる確率の方が高い。狙おうがまぐれだろうがと当たればいいのだ。
「荷物を放り込め」とシェリーに命じると、彼女は小さな声で文句を言いながらも荷物をエアカーのトランクに放り込んでいく。
折角のチャンスだが、ブレンダとローズの二人はこの状況に戸惑い、動くことができない。
「急げ!」と俺が命じると、ブレンダが覚悟を決めて動き始めた。しかし、娘の方は足がすくんで動けないままだ。
仕方なく娘を抱え、エアカーの後部座席に放り込む。
「きゃあああ!」という悲鳴が脇から聞こえてくるが、数条のビームが足元の地面に突き刺さり、焼けた空気が熱風となって顔を撫でる。
娘を放り込むと、俺は運転席に滑り込む。既にジョニーは助手席に移動してハンドガンを撃ち続けている。
「口を閉じてしっかり掴まっていろ!」
それだけ叫ぶと、即座にスロットルを全開にする。
キーンというスラスターが唸る音が聞こえ、一気に数メートル浮上させる。そして、爆発したかのような急発進でエアカーをスタートさせた。
何本ものビームがエアカーを焼くが、こいつは特注の防弾仕様だ。対装甲艇ハンドキャノンでもない限り、やられることはない。
「ヤバいよ! 携帯ミサイルを持ち出してるぅ!」
後ろに向かってレイガンを撃っていたシェリーが叫ぶ。
変なことを考えたからフラグが立ってしまったようだ。
「任せろ!」
それだけ言うと、すぐにエアカーの操縦系にアクセスする。
これでこのエアカーは俺の体の一部になった。
俺の身体には特殊な通信デバイスが埋め込まれている。こいつで船やエアカーの操縦系に接続できる。
帝国軍の実験部隊にいる時に改造された結果だ。
改造された当初は軍を恨んだりもしたが、今ではこいつのお陰で何度も命を救われているから何とも思っちゃいない。
神経と操縦系が接続されると、不思議と勘が良くなる。敵から撃たれる直前に何となく狙っているところが分かるのだ。
その代わり、俺自身の身体がうまく動かなくなる。そのため、口を動かすことができず、会話ができない。
これも軍で改造された結果だが、俺だけに現れた特殊な効果らしく、他の実験部隊にいた連中には現れていない。
軍もいろいろと調べたらしいが、どんな理屈で事前に察知できるのかは分からなかった。
エアカーの監視系を使って後ろを見ると、携帯式の対装甲艇ミサイルを構えている男が見えた。
しかし、狙いを定めてロックオンしたものの、幹部らしい男にどやされて発射ボタンを押すことはなかった。
狙いが後ろに乗る二人なら、ミサイルを撃ち込むわけにはいかないからだろう。
その間にもブラスターライフルは撃ち込まれ続け、ブワッという空気を膨脹する音とエアカーの装甲に弾かれるピシッという音が聞こえていたが、俺の身体の一部となった後は、エアカーに当たる熱線はほとんどなくなった。
これでも帝国軍の
数秒後にはブラスターライフルの射程から逃れる。そして、何食わぬ顔をして高度を落とし、道路に滑り込んだ。
ここで操縦系から神経を切り離し、通常の操縦に戻す。これでようやく会話ができる。
「怪我はないか」という俺の問いに客たちは答えることができない。上流階級の令夫人や令嬢だから仕方ないだろう。
「シェリー、悪いが二人のことを頼む。ジョニーは周囲の警戒とヘネシーへの連絡だ。ドリーには俺の方から通信を送っておく」
二人から了解の声が返ってくる。
これでこの街に戻ってくることができなくなった。
仕方がないとはいえ、マフィアとトラブルになったのだ。カリブ宙域から逃げ出さないと
俺がそんなことを考えていると、「ありがとうございました」と弱々しい声が聞こえてきた。ミラーで確認すると、青ざめた顔のブレンダが礼を言ってきたのだ。
「すまなかったな。穏便に済ませたかったんだが」
俺がそう答えると娘のローズが噛み付いてきた。
「いきなり銃を撃つなんておかしいわ! まだ、向こうは手を出していなかった! もしかしたら、撃ち合いにならずに切り抜けられたかもしれないのよ!」
ブレンダが「ローズ、およしなさい!」と叱責する。
「構わないよ。嬢ちゃんの言っていることは間違っちゃいない。あの時に最善の手を打ったのかと言われれば、首を傾げざるを得ないからな」
俺の言葉にジョニーが「結果がすべてだ」と呟く。更にシェリーもそれに頷く。
「あのままのんびり車を着けていたらミサイルで撃ち落されていたわ。最初に相手を混乱させたから逃げられたのよ」
ローズはその言葉に更に反論しようとしたが、その前に俺が口を開いた。
「まあ、そういう考えもあるが、今は先のことを考えるべきだ。そろそろ宇宙港に着くぞ」
目の前にマイヤーズ宇宙港が見えてきたのだ。
「
嫌な予感を感じながら、エアカーを走らせていく。
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