空に近い場所

大里トモキ

プロローグ

プロローグ

 彼女が階段を登りきった先にその扉はあった。

 灰色をした、見るからに重たげな鉄製の扉だ。

 ここにはその扉以外のものは何もない。


 階下の喧噪が彼女の耳に届く。

 無邪気で、健やかで、この世の憂いなど何も知らないかのような、若くて、元気な者たちが発する、声、声、声。

 だが彼女には、それらが遙か遠い世界の出来事のように感じられた。

 扉の向こう側――

 そこは、この騒々しさからさらに遠く離れた世界。

 そこは、彼女の居場所。


 彼女はスカートのポケットをまさぐり、嵌木細工のキーホルダーが付いた銀色の鍵を取り出す。

 それは彼女をあの場所へと誘ってくれる魔法の鍵。

 鍵を扉の鍵穴に差し込み、回転させる。

 無機質な音をたて、扉は解錠された。


 彼女はドアノブを握る。

 手のひらにひんやりとした感触が走る。

 はやる気持ちを抑えるようにひとつ小さく息をついてから、静かに扉を押していく。

 両腕に感じるずっしりとした重み。

 扉はゆっくりと開かれていき、向こう側の世界が彼女の眼前に姿を現す。


 そこには――


 彼女は吸い込まれるように扉の向こう側へと消えていった。


 かすかな音だけを残し、扉は静かに閉じられた。

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