第14話 お嬢様は決闘がお好きっ! その1

 スプリングフィールドから無事に帰還することができ、肉を焼いたり揚げたりする日々が戻ってきた。


 だが、平和は長くは続かなかった――。


「エヴァン・ガウリー、アタシと決闘しなさいっ!!」


 俺が厨房で料理ををしていると、客席の方からそんな大声が聞こえてきた。


 嫌な予感しかしないが、とりあえず、客席の様子を見に行ってみる。


 問題の人物はすぐにわかった。ララと対峙して睨み合っているからだ。


 周囲の客たちと比べて明らかに上質な服を着ている。さらに隣には従者らしき女が控えていた。


 こいつはおそらく貴族令嬢だ。だが、俺の店ではそんなことは関係ない。客か従業員かそれ以外か、だ。


「俺が相手しよう」


「あ、エヴァンさん!」


 ララと入れ替わるように俺が貴族令嬢らしき女の前に立つ。


「ここはレストランだ。食事する気がないやつは帰ってもらおう」


「アンタがエヴァン・ガウリー?」


「そうだ。そしてここ店長だ。商売のジャマをするやつは帰れ」


「アタシはアンバール男爵の娘、エディスよ。憶えておきなさい。こっちは従者のフローラ」


 従者は黙って頭を下げた。


 ――俺はエディスと名乗る女を観察する。


 髪は短めの赤毛で瞳は青、ララと同程度に小柄。服装は上品さと動きやすさを両立している。腰には両手剣ロングソードを差しているがアクセサリーではなく実践向け。おそらくクリスタリウムではない。


 ――次にフローラという名の従者を見る。


 長い金髪で瞳は翠、女性としては長身な方だろう。服装は従者らしくエプロンドレス。一番奇妙なのは頭部に薔薇の花輪を被っていることだ。長い髪に棘のついた蔓が絡んでいる。どういうファッションセンスなのだろうか……?


 俺の直感が警告してくる。コイツラハキケンダ――と。


 そこへ、レイチェルが近づいて来た。


「あら、あなた、アンバール男爵の娘さんではありませんの?」


「だから、そう言ってるじゃ――アンタ、スプリングフィールド伯爵の!?」


「ええ、ラシェリアですわ。最近はレイチェル・ファウンテンと名乗っていますが……」


「あ? え? あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」


 エディスが腹を抱えてすごい勢いで笑い出した。


「お嬢様、はしたないですね……」


 フローラは無表情のままそう言った。


「ど、どうした?」


「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! 伯爵令嬢が! 給仕の! 格好を! している! これが! 笑わずに! いられる!? ねぇ?」


「何がおかしいのでしょうか? 卑しい仕事をするなら卑しい身なりをするのは当然のことではないのでしょうか?」


 いや、勝手に卑しい仕事にしないでくれ……。


「卑しい仕事!? アンタ、もしかしてこの店で働いているの? え? え?」


「はい、ワタクシはエヴァン様の店で働かせていただいております」


「こいつに弱みでも握られてるの?」


 エディスは俺を指差しながら訊ねる。


「弱みを握るとか、失礼なやつだな」


「はい、エヴァン様はスプリングフィールドを救った英雄なのです」


「あ~、アリが出て大変だったらしいわね。でも、惜しいことをしたわ。その話をもっと早く知っていればアタシがスプリングフィールドの英雄になれたのに」


「エディスも冒険者なのか?」


「いいえ、アタシは――決闘者デュエリストよっ!」


「なんだ、その職業は?」


「カンタンよ。戦闘力自慢のやつと金銭とか貴重品とかを賭けて戦う、それだけよ」


「エディスお嬢様は三度の飯より決闘が大好きなのです……」


 やはり無表情だが、“呆れ”を隠しきれていない。


 生産性のない不毛な活動である気もするが、決闘観戦は人気のある娯楽である。人々を楽しませていると考えるとあながち単なる自己満足と断定できない。


「俺は飯の方が好きだけどな。だからレストランをやってるし。それで、具体的にはどういう相手と戦うんだ?」


「まずは同じ決闘者デュエリストね」


「いるのか……?」


「あまりいないわね。だから強そうな騎士や冒険者を狙うわ」


「狙うってなんだよ……」


「でも、ちゃんとした騎士ってあまり相手してくれないよね」


「そりゃそうだ」


「必然的に冒険者と戦うことになるわ。もちろんAランク以上ね。この前もアレクシス・ハーディとかいう名前のSランク冒険者に勝ったわ」


「へぇ~、あいつに勝てるんだ、すごいなぁ」


 だが、今は営業中。本来はこんな言い合いをしている場合ではなかったのだ!


「俺の豚カツはまだか~!?」


「そういう話は閉店後にやってくれ!」


「決闘するのかしないのかどっちなんだよ!?」


 客たちから文句が出始めた。


「おっと、今は営業中なんだ。とりあえず、帰ってくれ」


 俺はそう言って厨房に戻った。


    *


 ――そして閉店後。


 結局、エディスたちはずっと残っていたらしい。


「なかなか、美味しかったわ。だからといって手加減はしないわよ」


「何の話かさっぱりわからん」


「最初に言ったじゃない? アタシと決闘しなさいって」


「いや、俺は決闘とかしたくない」


「アレクシスが言っていたわ。エスティアには自分倒した元冒険者がいるって」


 あのアレクシスが自分の敗北を話した!? 何のために?


 ああ――俺への嫌がらせのためか……。


「アレクシスとの決闘ではお互い何を賭けたんだ?」


「アタシは自分を賭けたわ。勝てば結婚してあげるって」


「マジかよ……」


「マジよ。アイツはクリスタリウムの剣ね。すぐに売っちゃったけど」


 また、買ったのか……。まぁ、Sランク冒険者だし収入には困っていないだろう。


「君の剣はおそらく鋼鉄だと思うが、なぜクリスタリウムに変えない?」


「いい質問ね~。それは――秘密よ!」


 秘密というなら深く追求するのはやめておこう。


「さて、店の後片付けをするから帰ってくれないかな?」


「アタシと決闘の約束をしなさい」


 何が何でもそっちの方向に進めようとする気か。


「ほら、俺も冒険者を引退したからさ、そういうバイオレンスな世界とは距離を取りたいんだよ」


「へぇ~負けるのが怖いんだ~?」


 残念ながらアレクシスと違ってそういう煽りは効かないぞ。


「負けるのは怖くないが、何か重要なものを賭けるのは怖いなぁ」


「重要なものを賭けるから盛り上がるんじゃない?」


「俺はそういうのは嫌いなんだ。リスクをいかに取らずに大きなリターンを得るか、俺はそういうことばかりを考えている」


「何ていうか……詐欺師に騙されそうな考え方ね……」


「詐欺師に騙されるのはリスクに対する敏感さが足りないからだよ」


「どちらにしろ、あまり楽しそうな人生観じゃないわ」


「君に共感してもらうために生きているわけじゃないからな」


「アンタ……アタシと結婚したくないの? 貴族と親戚になれるのよ?」


 そこにレイチェルが割って入る。


「えーっと、私の父がすでに私とエヴァンさんの結婚を認め――いえ、お願いしています」


「は?」


 エディスが間抜けに口を開ける。


「私と結婚した場合、父はエヴァン様を貴族にするそうです。ですから、エディスさんの賭けるものは価値がありません」


「今の話だとアンタ、返答を保留してるみたいじゃない……」


「うん……まぁ……」


「どうして? ねぇ、どうして?」


「いや、ほら爵位目当てで結婚するのっていかがなものかと」


「はぁ? アンタ全ての貴族を敵に回す気?」


「なんでだよ……?」


「貴族の間では政略結婚が普通だからよ!」


「貴族というのは性格が悪いやつらの別名なのか?」


「ち・が・う・わ・よ! わかったわ。シンプルに現金1000万ダリルを賭けて勝負よ!」


 う~ん、無理ではないかな……。周辺住民たちへのサービスと割り切ってやろう。


「まぁ、いいだろう」


 こうして、俺はまたしても決闘することになってしまったのだ……。

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