35 同夢
盆地を北上してしばらくすると、東西に横切る細い川にぶつかった。
これが1本目の目印になる川だと思う。すぐ近くにかかっていた橋を渡り、更に北上を続ける。
すると、また目の前に東西に流れる川が出てきた。これが2本目。
【S簡易マップ】で見ると表記は「マール川」となっている。現実世界では阿武隈川と呼ばれるこの川幅の広い川が、俺たちが北上する際の導き手となるはずだ。
この川の流れに沿って、まず東へ向かう。
しばらくすると川は、進路を北へと変え、幅広い盆地を縦貫して流れるようになる。この川沿いにひたすら進めば、いずれ宮城県に到達するはずだ。
下流に向かってどんどん進むと、途中で川が大きく屈曲蛇行している場所があり、そこに見事な滝を見ることができた。
広い川幅いっぱいに5mほどの落差ができていて、真っ白い糸束のようになった水が、水煙を上げながら滝壺に流れ落ちている。
「これがおそらく『
「なんか綿あめみたいで美味しそうな滝だな。じゃあ、やっぱりこれが阿武隈川で間違いないってこと?」
「うん、そう思う。そろそろ日が暮れてきたから、今日はこの辺りで野営するか」
夕陽に照り映えて橙色に染まった滝壺を眺めながら夕飯を済ませ、レオと2人で掲示板のチェックを始めた。
「レオ、そっちはどうだ?」
「ダメ。全然情報が出てこない。俺たち以外にこのエリアにいるプレイヤーっていないのかな?」
「今の状況を考えると、街を移ることはあっても、離れる人は少ないだろうな」
「源次郎の方はどうだった?」
「こっちも空振りだ。ISAO世界に関しては、ほぼ情報が出ていない。ごく僅かに北海道に脱出した人がいるっていう話以来、続報が見当たらない」
「西日本はいいよな。あっちは、いろんなエリアを行き来できるんだよね?」
「そうみたいだな。東日本とは全く状況が違うらしい。ゲームでいうと『アイデアル・ファーム』が人気で、食糧確保のために移動する人も出てきているそうだ」
「あれか。うちの姉ちゃんがやってた。農場王になるっ! とか言うやつ」
「唯一の非戦闘系ゲームで、ゲームアシストが効いてるから素人でも手軽に食糧が手に入るというのが羨ましいな」
西日本では、現実世界での流通や食糧生産に問題が出ていて、あえて安全なゲーム内で過ごすことを選択する人が増えてきているらしい。
アバター姿になれば、若くて健康な身体が手に入る。ゲームを進めれば食糧以外のアイテムや住居さらには嗜好品や娯楽も手に入るとあって、身軽な若者の移動が目立つとあった。
「だよね。トレハンエリアも、PK不可だったらよかったのに」
「同感だ。でも、千葉県北部の通信施設が無事なおかげで、こうして西日本の情報も入ってくるのが不幸中の幸いだかな」
「確かに。情報がなくて孤立するのが怖いことだなんて、こうなって初めて気づいたよ」
*
その夜、不思議な夢を見た。
金色の大きな狛犬のような生き物に乗った美しい女性が、何かを伝えようとしている。
俺が分からずに戸惑っていると、あの水堀の館で手に入れた白木の観音菩薩像が、いつの間にか目の前の宙に浮いていた。
観音菩薩像は宙に浮いたまま、スーッと遠くに見える白っぽい山の方に移動し、吸い込まれるように消えていく。
俺は夢の中で、狛犬に導かれるようにそのあとを追いかけて行き、小さな泉にたどり着いた。
すると、泉から湧き出る水が突然金色に輝き、中から金色に染まった観音菩薩像が浮き上がってきた。
……そんな夢だ。夢にしては、目覚めた後もやけに鮮明に覚えている。
朝起きて、レオに夢の話をすると、レオも同じ夢を見ていた。つまりこれは、あの観音菩薩像に関連するクエストか?
夢という媒体を使って訴えてくるのがゲームらしくないが、2人ともそっくり同じ夢を見たというのは、何かのゲーム的な暗示の気がする。
日の出と共に起床して、そんな話をしながら簡単な朝食を済ませた後、再び緩やかに蛇行する川に沿って北上を続ける。途中で昼休憩を取り、そこから2時間ほど歩いたところで、景色が変わった。
「源次郎、街だ」
俺たちの進む先に、白っぽい石壁でできた街のようなものが見えている。
「今度こそ街だよね?」
「そうであることを願いたい」
街に近づいていくと、大きく開放された街門と、その奥で立ち働く街の人々の姿が目に入った。
「大丈夫……そう?」
「行ってみるか」
そうして、俺たちはその新しい街に一歩踏み込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます