第33話 どこかの世界

「この世は正直者が馬鹿を見る世の中だ」


 幼かった頃に命を救ってもらった私は、一つ、また一つ年を重ねるごとに、この世の不条理を自らの肌で感じてきた。

 人を蹴落とし、自らの保身ばかり考える政治家や、自らの富を第一に考え、従業員を駒にしか思わない高所得者層。

 その日を生きるのにも難儀している老人から、金を毟り取っていく詐欺グループ。


 回りを見渡せば、他人の不幸で飯を食ってる奴等こそ得をしている世界ではないか。

 だから、私は同志を募って世界を変えようとした。

 最初こそ抵抗勢力に阻まれて計画は頓挫しかけたりもしたが、諦めずに水面下で勢力の拡大を図っていくうちに、いつのまにか世界を股にかける民間傭兵企業に成長していた。


 政府と民間人が衝突を始めれば、すぐさま傭兵部隊を送り込み、圧政を敷いてる為政者や一党独裁が続く国を内部から瓦解させて、新国家樹立を影から支えてきた。


「アスカさん。たまには熟睡の一つでも取ったらどうですか」

「遠慮するわ。どうせ死んだらいつでも寝れるんだし。それよりも、この目で超大国の崩壊を見ない限りは、一休みすることも出来ないわよ」

「確かに……あの国が残ってる限りは世界から争いが無くなりませんもんね」


 いくら小さな国を平和に導いたところで、一国の超大国のせいで再び戦禍に見舞われてしまう小国をいくらでも見てきた。


 あの、名も知らぬ男性から命を救われてから、早二十年――私はどれだけの命を救えたのだろう。

 あの男性のように、たった一つの命を身を投げ出して救うことができているのだろうか。


「まだ休まれないんでしたら、せめてハーブティーでも飲んでリラックスしてください」

「ええ。そうするわ」


 腹心の部下からティーカップを受けとり、口に運ぶ。その瞬間――

 手からカップが滑り落ちた。


「うっ……あなた……まさか毒を……」

 息が出来ず、瞬く間に意識が遠退いていく。喀血したと同時に、床に倒れ、目の前の部下の足にすがり付こうと手を伸ばすが、届くことはなかった。


「まったく……うちに火の粉がかからない限りは泳がせておくつもりだったのですが、上層部からアスカさんを消せと指令が下ってしまいましたのでね。残念ですがここでお別れです」

「くそ……私の……夢が……」

「良かったですね。もうすぐゆっくり休むことができますよ」


 部下はそう言い残すと、足早に去っていった。


 ああ……道半ばとはこの事か。

 自ら吐き出した血の海に溺れながら、胸ポケットからお守りを取り出す。幼い頃から肌身離さずに大事にしてきたお守りを――


「ああ……願わくば、あの名も知らぬ男性のもとに……行きたいものだな」



 開封することのなかった正四方形のお守りゴムを握りしめ、静かに眼を閉じた。

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