第三話 都市伝説は案外身近③

 若干疲れを感じながらの帰宅。

 玄関には僕よりも少し大きなサイズの靴が二足並んでいた。

 今日もやっぱりいますね、春兄。

 兄カップルが仲睦まじくて、邪な弟は嬉しい限りです。


「ただいまあ」

「おかえり」

「おう、お疲れ」


 今日はリビングにいるようで返事があった。

 兄の部屋でナニとは言わないが、励んでいなかったようだ。


「はあ、疲れた」

「おい央、おっさんみたいだぞ」


 春兄に茶化されながらソファに雪崩れ込んだ。


「央、制服に皺がつくよ。着替えておいで」

「もうちょっと後で」


 母さんのようなことを言う兄は今日も今日とてイケメンだ。

 我が兄ながら惚れ惚れとする。

 顔は似ているのに、こうも残念に仕上がる僕は一体何なのだろう。

 モブマイナス補正でも掛かっているのだろうか。


「どうしたんだ、真の顔をじーっと見て」


 お、何ですか、嫉妬ですか?

 大丈夫だ、誰も取ったりしない。

 思う存分抱くといい!


「央、何かあったのか?」


 おっと、邪な考えをしているだけなのに兄に心配させてしまった。

 すいません、貴方達で『あんなこと』や『こんなこと』考えていました。


「いや……兄ちゃんと僕って、顔は似ているのに印象全然違うよなあって思って。今日も『本当に血は繋がっているのか』とか言われたしさ。いやあ、参ったね」

「……誰だ、そんなことを言うのは」


 軽口で言ったのだが、兄が真剣な顔になってしまった。

 春兄も心配そうな顔をしている。

 そんな深刻な話じゃないのだが。


「ああ、気にしないで。軽いノリで言ってたいだけで、僕も気にしてないし」


 そう言ったのだが、二人はまだ心配そうだ。


「ねえ、央。誰かと揉めていたりしない? ちょっと、気になる話を聞いたんだ」

「? 何それ」

「お前が最近、毎朝下駄箱で揉めているって俺もクラスの奴に聞いたぞ」


 なんと! 楓イベントが二人の耳にまで届いていたとは!

 良く考えれば楓も目立つし、僕も天地真の弟ということで顔は知られている。

 その二人がごちゃごちゃやっていれば噂も立つだろう。


「揉めている相手は楓って聞いたけど……何かあったのか?」


 兄はとても心配そうだ。

 自分が振ったことで、僕に何か迷惑が掛かっていないか案じているのだろうか。


「別に何もないよ。まあ、友達だし? ちょっと喋っていただけだよ」

「そうなのか?」

「仲良かったのか?」

「よく話すようになったのは最近、かな」


 最近というか、小一時間程前っていうか。


「何かあったら相談しろよ?」

「はーい」


 兄達に心配されながら自分の部屋に戻った。

 ああ、明日もあるのかなあ、楓イベント。

 これ以上、兄達に心配を掛けるようなことにならなければいいなあ。




 ※※※




 ――翌日の朝。


 兄が淹れてくれたホットのカフェオレを飲み干し、身支度を済ませて玄関を出ると人の影があった。

 雛とは少し先で合流するので、普段はここに人がいることはない。

 宅配の人かと思ったが……違った。


「おはよ」


 まさかの楓だった。

 おかしいな、召還した覚えはないのだが。


「……おはよう。お前は新手の『メリーさん』か何かか?」

「何それ」

「『私メリーさん。今、あなたの家の前にいるの』ってやつ」

「ああ。って人をホラー扱いするな!」

「じゃあなんでいるんだよ」

「……これ」


 差し出されたのはまたもや缶のカフェオレだったが、暖かいからさっき買ってきたのだろう。


「昨日奢って貰ったから、やるよ」

「はあ……。え、これのために来たの?」


 律儀なことだ。

 でも学校でもいいだろう、わざわざこなくても。


「ついでに一緒に学校に行ってあげるよ。ありがたく思って」

「いや、別にいいです。恐れ多いので遠慮します」

「はあ? わざわざ来てあげたのに!」

「別に頼んでないし」


 なんということだ。

 下駄箱イベントが玄関イベントに悪化している!

 二人でごちゃごちゃ言い合っていると、後ろのドアが開いた。


「央、どうした? ……楓?」


 登場したのはもちろん麗しの兄だ。

 兄の登場で楓は固まってしまった。


「なんでここに楓が?」

「あ、あの、ボクは……」


 どうしたらいいのか分からないようで挙動不審になる楓。

 そんな楓を見て、兄は顔を顰めながらこちらにやって来る。

 昨日も楓と何かあったのか聞かれたし、あまり心配をかけたくない。


「楓は僕を迎えに来てくれたんだよ。じゃあ、行くぞ」

「え? 央、待っ……」

「大丈夫だって、先行くから! んじゃ、いってきまーす」


 兄はまだ心配そうな顔をしていたが、楓の肩を叩いて出発するよう促した。


「え? あ、ちょっと待って。真先輩、失礼します!」


 兄に挨拶をして楓も後を追いかけてきた。

 隣に並んで歩き出した楓の顔を見ると、何故か少し微笑んでいた。


「何ニヤニヤしてんだよ」

「別に」


 よく分からないが、機嫌は良さそうだ。

 失恋の件は乗り越えることが出来たのだろうか。


 何にしろ、もう楓とトゲトゲすることはないような気がした。

 少しは打ち解けることが出来たようだ。

 自然と僕も、明るい気持ちになっていく。


「しっかし、兄ちゃんと僕とで態度が違い過ぎない? なんだよ、あの『あ、あの』とかいうもじもじは」

「もじもじなんかしてないし!」

「してたね。トイレ行きたいのかな、ってくらいにしてたね!」

「変なこと言うなよ!」


 ぎゃあぎゃあ言い合っていると、兄を迎えに来た春兄とすれ違った。

 こっちを怪訝な顔で見ていたので、春兄も心配してくれたのかもしれない。

 「大丈夫だよ!」という意味を込めて、笑顔で手を振っておいた。


「っていうか、折角ホットを買ったんだから早く飲みなよ!」

「いや、カフェオレは今飲んできたからいいよ」

「ええ? じゃあ、これ食べなよ!」


 何故か半ギレぎみに差し出されたのは、手作りっぽい焼き菓子だった。

 美味しそうだったので手にとって見る。

 いい匂いがしてついつい食べてしまった。


「美味い! なんだこれ、柔らかいクッキー?」

「フィナンシェ! ふふん、美味いだろ。結構上手に出来たんだから」

「ふうん。って、作ったのお前かよ! 乙女か! 美味すぎて引くわ!」

「な! 人が頑張って作ったのに!」







 『賑やか』というより、騒々しい声をあげながら歩く二人の一年生。

 その後ろを、二人の三年生が距離をあけて歩いていた。

 前の二人は騒いでいて、後ろの二人が見ていることには気づいていない。


「……大丈夫かな」

「まあ、大丈夫だろう。楓も悪い奴じゃない。お前にフラれたからって、央に害を及ぼすようなことはしないさ。ああやって突っかかっていくくらいさ」

「いや、そういうことじゃないんだ。そういう心配はしていない。あれだって、突っかかってというよりは、じゃれているようなものだろう。それよりも……」


 憂いに満ちた溜息をつき、もう一度前の二人に視線を向けた。

 もう一人もそれに合わせて同じように視線を移した。

 そして、金色の髪を揺らす少年の微笑む横顔を見て納得した。


「ああー……そういうことか。『そっち』か」

「うん。央は……本人は気がついていないけど、本当はオレなんかより人を惹きつけるものを持っているから。……どうなることやら」

「まあ、俺はライバルが減っていいけどな」

「春樹、お前なあ。……はあ」


 世界は廻る。

 始まりがあれば終わりがあり、終わりは始まりでもある。

 気づかぬうちにも物語は始まり、進むのだ。


 『主人公』と呼ばれていた者が、『前主人公』となっていることに気がつくものはいない。

 新たな『主人公』が生まれていることにも……。

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