第108話 犯人の形跡2(グショウ視点)
翌朝はガルシアには珍しくスカッと抜けたような青空だった。雪が降っていないのは助かるがあまり天気が良すぎても溶けた雪で路面がぐちゃぐちゃになる。それはそれで歩きづらくなるなと眉間にしわが寄った。
ジョン、レイ、ライファと共に山小屋へ向かう。山小屋は森に入って10分くらいの所にある。正規のルートからは外れたところにあるので、ここを通るのは木こりや狩猟など森で仕事をしている人くらいだろうと思われた。
しかも、魔力を探知しようと意識して探さなければ見つけることは出来ず、見つけたとて侵入してもそこにあるのは普通の山小屋の室内だけ。その奥に魔力を感じるのに簡単にその先には導いてはくれないという代物だ。
「ここがその山小屋です。」
二人に話せばここかと呟くレイに対してライファはキョトンとした表情をしている。見えないのだろう。
「ライファさんとジョンはここで待っていてください。それからジョンはこれを持っていて。」
私はジョンにハンカチを渡した。
「何かあったらこの魔力を探してください。」
「・・・何かあったらって・・・。」
ライファが心配そうな声を出した。
「念のためですよ。最悪の事態を想定して動くことはそのぶん任務遂行率をあげます。そんなに心配しないでください。」
「グショウさん、具体的に私は何をすればいいですか?」
「そうですね。レイには私に魔力を送って欲しいのです。意識侵入をする時の感覚に近いのですが、やったことはありますか?」
「意識侵入はないです。でも、飛獣石に魔力を送ったことはありますが・・・。」
飛獣石に魔力?そういう試みは初めて聞いたが、まぁ、私に魔力を送るのも飛獣石に送るのも大差はないだろう。多少のズレは私が修正すればいい。
「ではその感じで私に魔力を渡してください。この扉の奥にある魔力がこの山小屋を作った人物の魔力でしょうから私はそちらの魔力に働きかけ、内部へ案内してもらいます。」
「わかりました。」
「ではジョン、ライファ、あとは頼みます。」
「はい、お気をつけて。」
ライファはそう言った後、本人は無意識なのだろうがレイの腕に触れた。それはまるで恋人を戦地に送る女性のようだった。なるほど。クオン王子になびかなかったのはレイのせいか。そう思った時、ジョンが急に私を抱きしめた。ぎゅうううっとくっついてくるその大きな体を引きはがそうとするが静かに全力抵抗してくる。この馬鹿力め。
「グショウ隊長、あなたが迷子になっても私が必ず探し出しますから!」
「・・・あなたの隊長になった覚えはないのですが・・・。」
「いいえ!グショウ隊長は私の人生の隊長です!!」
もう、本当に面倒くさい。
「あぁ、そうでしたか。まぁ、迷子になった時は本当に見つけ出しそうですね・・・。」
頼もしいのか迷惑なのか、判断が難しい。そんなジョンを引き離してレイの手を握った。
「では、行きますよ。」
レイがこちらを見て頷く。遠慮がちなレイの魔力が恐る恐る私への侵入を試みた。
レイの魔力を受け取りつつその魔力が更に私に馴染むようにとレイの魔力を私の魔力と同じ色になる様に誘導する。
なかなか勘がいいじゃないですか。
レイは私が誘導した魔力の色に自分の魔力を自ら合わせ始めた。そしてその魔力のカラーは私が変換しなくてもいい程私に馴染んでくる。私はレイと繋いでいない方の手を小屋に残る魔力の中心であるドアノブに触れるとその奥にある魔力に自身の魔力を近づけていく。招かざる客である我々は術者の魔力のカラーに限りなく自身の魔力のカラーを近づけ、この空間の番人であるドアを欺いて開けるしか侵入する術は無いのだ。そして魔力を十分に同化させてからドアを開いた。
ドアの先には灰色の石の中に粉末の宝石でも混ぜたかのような輝きを持つ見事な城があった。
「これは見事ですね。」
「すごい。これだけのものを隠していただなんて。」
城の玄関を開ければ正面に大きな階段があり、その先がまたもや歪んでいる。この歪みは山小屋を見つけた時同様、空間を歪めている時に見えるものだ。
「またですか。」
「また、ですね。」
私の独り言に律儀にレイが反応した。私が手を差し伸べるとレイが私の手を掴む。
「この先はそんなに魔力を使わなくても進んでいけるかもしれません。この城の持ち主もまさかここまで招かざる者が来るとは思っていないでしょうし。まずは私の魔力だけで進んでいきましょう。私の手を離さないでくださいね。この歪んだ空間で逸れるのはごめんですから。」
「はい。」
レイが私を掴む手に力が入った。
階段を途中まで上り歪みの境目の手前で立ち止まった。レイの顔を見て頷くとレイも頷き返す。
そのまま歪みの中に入り魔力を見ればいくつかの扉のようなものが浮かんでいた。その一つをじっと見つめこちらへ来るようにと念じれば扉は空間を漂いながら寄ってくる。目の前に到着した扉を開けた。
そこは来客用の部屋だった。クローゼットや机、テーブルにベッドがありきちんと整頓されている。全く火の気もなく冷え切っていたことからも少なくともここ2、3日は使われていないことは確かだ。
「特に不審なところはなさそうですね。」
一通り部屋を見回して呟くと、レイが不思議そうな顔で何かを手にしていた。
「それは何ですか?」
「これ・・・一時ユーリスアで流行っていた髪紐だ。この紐の先についている石がユーリスアでしかとれない石なのです。」
「そうですか。犯人、もしくは犯人の一人にユーリスアに関わる者がいるのかもしれませんね。」
私の言葉にレイが神妙な顔で頷いた。
その次の部屋はキッチンや食堂等、一般的な部屋ばかりで特にこれといった情報はなかった。そしてその次の部屋は扉を開けた瞬間に獣の臭いが充満していた。時間の経った生ごみのような匂いに思わず口を塞ぐ。家の中で数匹の魔獣を飼ったくらいではこんなに獣臭くはならない。かなりの数の魔獣がいたであろうことは想像できた。そしてかなりの数の魔獣をこのように家の中に閉じ込めておくなど普通の家ではあり得ないことだ。
「酷い匂いだ。」
レイが思わず声にした。
「ここはまるで檻ですね。」
通路を挟んで部屋を分断するように両側に鉄柵が嵌められており、触れると魔力が吸い取られる感覚があった。慌てて手を離す。
「この柵は魔力を奪う力があるようです。触らないように。」
「はい。ここにターザニアを襲った魔獣を閉じ込めていたのでしょうか?」
「その可能性は高いですね。毛でも牙の欠片でも何か探し出して持って帰りましょう。マリア様なら何か分かるかもしれません。」
私たちは檻の中から魔獣のものと思われる毛と何かの組織の欠片を入手すると布に包んだ。
そしてこの部屋の奥に、なじみのある魔法陣を発見した。空間移動魔法陣だ。魔方陣を起動させるわけにはいかないので、この魔法陣がどこにつながっているのかは分からないがこれを使えば、ここにいた魔獣たちを次々とターザニアに出現させることが可能だったろう。
それから薬品の臭いがする部屋にも行ったがそこは綺麗に洗浄した後のようで、薬品の臭いがする他は何も発見することが出来なかった。
森の中に厳重に隠した山小屋。
沢山の魔獣を部屋の中に閉じ込めていた形跡あり。
異空間移動魔法陣あり。
調合室だったと思われる薬臭い部屋の存在。しかもその部屋だけは何の情報も渡さないといわんばかりに洗浄されていた。
「この山小屋に犯人がいたと思って間違いないでしょうね。」
私は呟いた。そしてそれと同時に犯人はもうここにはいないし戻っても来ないということを悟った。この山小屋が侵入されることを想定して放置されているように感じたのだ。
「これ以上ここにいても仕方なさそうですね。戻りましょう。」
「そうですね。なんだか、私たちはとんでもないものを相手にしているような気がしてきました。」
レイの言葉に今度は私が頷いた。
私たちが小屋から出ていくと小屋の外で待っていた二人が嬉しそうに表情を緩めた。まるでご主人の帰りを待つペットのようだ。ジョンに関して言えばフリフリと揺れるしっぽまで見えるような気さえする。
「ライファ、これ、バッグに入れておいて。」
先ほど魔獣の毛などを包んだ包みをレイがライファに渡す。そう言えば空間魔法によってリベルダ様たちと共有しているバッグを持っていると言っていたから、それがこのバッグなのだろう。全く、魔女と言う生き物はつくづく規格外の生き物だ。私は今出たばかりの小屋を見つめた。
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