第106話 お風呂上りと明日の予定
お風呂から上がりヴァンスから貰ったお守りの水分を綺麗に拭うと、髪の毛を拭きながら部屋に戻った。すると、すでにレイが戻ってきていて髪の毛を乾かしているところだった。私を見てあからさまにホッとした表情をする。
「お風呂気持ちよかったね。」
「うん、女風呂は岩がたくさんある岩風呂だったよ。白いお湯なんて初めてだった。」
レイがうんうんと微笑む。
「髪の毛、乾かしてあげようか?」
手に持っている髪乾かし機を、ほら、というように軽く上げる。
うっ・・・。
以前、クオン王子に髪の毛を乾かしてもらったことを話した時のレイの言葉がよみがえる。
―ライファは無防備すぎるよ。そいつ、男でしょう?押し倒されたりしたらどうするの?―
「いや、大丈夫。自分でやるよ。」
「遠慮しなくていいよ。ライファも今日は疲れたでしょう?長い髪の毛を乾かすのは大変だって姉さんがよく言ってた。」
「いや、でも・・・。そういうわけには・・・。」
しどろもどろに答える。こういう雰囲気は苦手だ。どう答えてもデビルレイが出現しそうな気がして、恐る恐るレイの様子を伺えば、「へぇ~」と低い声が聞こえた。
他の男はいいのに、の言葉が聞こえた瞬間、「あ、でもやっぱりお願いしようかな」と声を上げると、「うん、おいで」と微笑むレイ。デビルレイが去った気配にほっとしつつ、レイの元へ歩いた。
髪乾かし機の風を髪の毛に当てながらレイの指が髪の毛に触れる。私の肌に熱い風が当たらないようにと丁寧に髪の毛を持って乾かしてくれているのが分かってくすぐったい気持ちになった。レイは優しい。そのうちレイの指が首に触れ、そのことにドキッとして肩が揺れてしまった。
「どうしたの?」
「え?なんでもないよ。」
髪の毛を乾かす流れで少し首に触れただけなのに、その指を意識してしまった自分か恥ずかしい。それにスーチに到着したときにこういう気持ちになっている場合ではないと自身に言い聞かせたはずだ。ターザニアを忘れるな、と。もう一度、キッと自身を戒めた。
「レイ、ライファ聴こえるか?」
私のリュックから師匠の声が聞こえた。慌ててリュックからリトルマインを取り出す。
「はい、聞こえます。」
私は返事をしながらレイのベッドへ行く。リトルマインをベッドの上に置いて、二人で聞きやすいようにした。
「今、どこにいる?」
「今はスーチにいます。夕方にはスーチに着いて夜にはチョッキ―の情報集めをしてきました。」
レイの言葉に、「そうか、頑張るのはいいが無理はするなよ」と師匠が返す。
「はい。」
レイが苦笑いをした。
「明日の予定は?」
「チョッキ―の情報は得られませんでしたが、シュトーがコバトウの森にいるらしいので、あすはコバトウへ向かうつもりです。」
「コバトウか。確かガルシアの西側にある街だな。それはちょうどいい。実はな、スーチとコバトウの中間くらいにトルッコという町があるんだが、そこに今グショウがいる。バッグに回復薬とヒーリング薬を入れておくからグショウに渡してくれるか?多少持ってはいるだろうが、私が持っているものの方が効力が高いからな。」
「わかりました。」
「それから、手伝えることがあれば手伝ってやってくれ。犯人の形跡が分かれば、犯人を特定するのに役立つ。」
「「はい。」」
師匠の言葉に二人で頷いた。
「明日、トルッコの入り口に13時でいいか?」
「はい、大丈夫です。」
「では伝えておく。」
その日の夜、フォレストの夢をみた。まだフォレストに住み始めたばかりの頃だ。その日はお客さんの少ない日で珍しくみんなでお茶を飲んでゆっくりしたのだ。美味しい食べ物をみんなで囲んで、笑って、とても暖かくて楽しい夢。目覚めてギュっと心臓を絞られるような悲しい夢。
翌朝、食事をとる時間も惜しく、そのまま出発した。相変わらず今日も天気は悪く、雪が降っている。顔に当たった雪が体温で解け、飛獣石のスピードの中、風によって冷やされ顔がヒリヒリする。
「寒い?少しどこかで暖まろうか?」
「ううん、大丈夫。早く行こう。」
レイの心配する言葉に大丈夫だと答え、先を急いだ。
トルッコに着いたのは12時頃だった。町の入り口にある小屋で兵隊の検問を受け街の中に入る。
「待ち合わせまで少し時間があるな。レイが大丈夫ならここを通る人にチョッキ―について聞いてみようと思うんだけど、どう?」
「え、このまま?」
「うん。」
「あぁ、いいよ。大丈夫だ。」
検問を通って町に入ってくる人は皆どこかからやってきた人だ。チョッキ―の情報を少しでも仕入れることが出来れば、コバトウへ行けば直ぐに探し始めることが出来る。
キュンキュン、と鳴くベルをヨシヨシとなだめて、道行く人に声をかけ続けた。シュトーは知っていてもチョッキ―は知らない、そんなやり取りを幾つも行い50分程過ぎた頃だった。
「ライファさん?お待たせしました。」
「グショウ隊長!」
振り返った私の表情をみてグショウ隊長が眉をひそめた。
「一体いつからここで待っていたのですか?早く、一旦私の宿に行きましょう。ほら、あなたも。」
隊長はレイの顔を見ると、二人とも酷い顔ですよ、と言った。隊長に連れていかれたのはコテージだ。敷地の入り口に管理人が住んでおり、そこで宿泊手続きをすれば家具やベッド、キッチン、トイレ付きの小屋を使うことが出来る。隊長が手早く私たち二人の雪を払い、コテージの玄関へと押し込んだ。
「ライファさん、お久しぶりです。」
その声に顔を上げるとここにいるはずもない懐かしい顔があった。
「ジョンさん?どうしてここに?」
ジョンはその質問には答えず、なんて顔色をしているんですか!と声をあげて私とレイのコートを脱がせると慌てたように暖炉の側に座らせた。
「お茶を淹れてくるから待ってて。」
ジョンがキッチンへ行くと、コートを脱ぎ終わったグショウ隊長がやってきた。そしてレイの手を見るなり、はぁ、とため息をつく。
「どうしてこんなになるまで我慢したのですか?痛かったでしょうに。」
隊長のその言葉にはっとしてレイの手を見ればレイの手は赤く腫れあがっている。
「ライファさんの手は温めるだけで大丈夫そうですね。レイさんの手は治療が必要です。」
隊長はレイの手を自分の両手で包むと呪文を唱える。隊長の手から柔らかな緑色の光が発されレイの手を包み込む。隊長が手を離すとレイの手はすっかり元通りになっていた。
「ありがとうございます。」
「自身にヒーリングを施す力もないほど、魔力がなくなっていたのですか?もう少し自身を大事にしないと死にますよ。」
隊長の言葉に胸がギュッと苦しくなった。
・・・私のせいだ。
「グショウ隊長、私のせいです。トルッコに着いて時間があったのに休憩も取らずにいたから。レイの様子にも気づかずに調査をしようだなんて言って。」
「ライファは悪くないよ。ちゃんと言わなかった私が悪いんだ。」
レイが私をかばって少し大きな声を出した時、ベルが私の服からピョーン!と飛び出した。そしてグショウ隊長の目の前に行くと、しきりに腹ペコを訴えている。
「あ・・・ご飯。そういえばご飯も食べていなかった。」
「・・・・・・。」
隊長が無言で頭に手をやり、首を振った。
「ジョン、お二人とベルに何か食べ物を持ってきてください。パンと暖かいスープでも。」
「へいへい、隊長さんは人使いが荒いんだから。」
「側に置いてほしいと勝手に来たのはあなたでしょう?ちゃんと役に立ってくださいね。」
「へーい。」
お茶を持ってきたジョンはまたキッチンへと逆戻りだ。
「ライファさん、あなたたちが旅をしている理由はリベルダ様から聞いております。よく聞いてください。ライファさんが急ぎたくなる気持ちはよく分かります。今、こうしている間にもターザニアの悲劇が繰り返されるかもしれない。あの日を目の当たりにしたライファさんにとってそれは恐怖でしょう。でもね、生き急いではいけません。自分の体も仲間の体も無視しては、欲しい物を手に入れる前に死んでしまいますよ。」
隊長が優しく諭すように言う。
「それに、あなたが急いでもマリア様の分析が進まなければ動きようもなくなりますからね。自分だけが急ぐのではなく、総合的に判断しなさい。」
隊長の言葉に頷く。
「ライファさん、今、生きていて楽しいですか?」
隊長の言葉にグッと言葉が詰まった。ターザニアが滅ぶ前なら、楽しいと考えるまでもなく言ったはずだ。でも今はなんだか苦しい。何をしていてもあの日がちらついて、ターザニアを滅ぼした犯人をつかまえたい、ターザニアの悲劇を繰り返したくないという思いばかりが先行するのだ。私の表情で何かを察した隊長は言葉を続けた。
「楽しんでいいんですよ。楽しんでいいのです。笑いながら楽しく食事をしてもいいですし、以前のように料理を楽しんでもいい。人を好きになってもいいし、結婚して幸せになってもいいんですよ。この旅が苦しければやめてもいいし、ターザニアのことを忘れても誰も怒ったりしません。」
ハッと隊長の顔を見た。
「ターザニアを忘れないと決めるのならそれでもいい。でもあの日に縛られるのはやめなさい。あなたが苦しいまま過ごす日々など誰も望んではいませんよ。忘れないでくださいね。」
隊長は私にそこまで話すと、今度はレイを見た。
「レイさん、あなたもですよ。しんどい時はしんどいとちゃんとライファさんに言いなさい。あなたが倒れた時に敵が現れれば、あなたもライファさんも死ぬ確率は跳ね上がるのです。ライファさんに甘いのも程ほどにしないと。」
「は、はい!肝に銘じます!」
隊長の騎士団オーラでも感じたのだろうか。レイがビシッと背筋を伸ばして返事をした。
体も暖まってお腹も膨れた頃、ジョンがデザートですよと硬貨くらいの大きさの真っ赤な食べ物を持ってきた。その実を見てグショウ隊長が呆れたような表情をする。
「これは何ですか?」
「ガルシア名物、ガラの実ですよ。体がシャキッとしますよ。」
ジョンがにこやかにほほ笑む。私はジョンの微笑みと隊長の態度、ガラの実の容姿に疑問を感じ、じっと実を見ているとレイが実を少し口に入れた。少し不思議そうな表情で味を探った後、叫んだ。
「辛っ!かっらっ!!」
口を抑えてヒィィィと悶えた後、思い出したようにお茶を飲む。ジョンがしてやったりといった表情でぷぷぷぷっっと笑っていた。
「ガルシアの名物というのは本当ですよ。私もグショウ隊長に同じことをされましたから。ふふふ元気出たでしょう?」
「まさかここまで来てくれたレイさんにやるとは思いませんでしたよ。」
「あら、隊長だってここまで遥々やってきた私に食べさせたじゃないですか。」
「レイさんたちはこちらが頼んできて貰ったのです。あなたは勝手に来たでしょう?一緒にしないでください。」
そんな二人のやり取りを見ながら、グショウ隊長の側にジョンさんがいてくれて良かったと思った。
「ライファさん、レイさん、手伝って欲しいことがあるので今日はこちらにとまってください。このコテージは狭いので、隣に同じコテージを借りておきました。二人はそちらを使って下さい。とりあえず荷物を移動してから詳しい話はしましょう。」
隊長に言われて荷物を持って移動した。隊長が言っておいてくれたからだろう。コテージ内は暖房がゆるゆるとついており、ほんのり暖かい。
「レイ、ベル、ごめんなさい。」
コテージの部屋に入るなり私は謝った。
「ベルがあんなにお腹が減っているのにも気づかずに、レイの手があんなになるまで放置して・・・。」
「さっきも言ったけど、言わなかった私が悪いんだ。ライファは謝らなくてもいい。」
「でも、きっと、レイが言えないような雰囲気を出していたんだと思う。だから、ごめん。」
頭を下げると、わかったから頭はあげてよ、とレイの声が聞こえた。その声に顔を上げるもすまなそうな顔をしていると「じゃあ、ごめんねの罰ゲームして。それで今回のことはチャラにしよう。」とレイが提案してきた。
「え?」っと私が驚くといたずらっ子の笑みを浮かべたレイがいた。
あ、この顔、久しぶりに見たな。
そう思ったら、一緒に旅をしてから、いや、ターザニアのあの日からレイが一度も笑っていないことに気が付いた。微笑むことはしても、楽しくて笑う姿を一度も見ていない。グショウ隊長の言った言葉の意味が少しわかった気がした。
「何をしてくれるのかな?」
楽しそうにレイが言う。罰ゲームって普通、罰を受けさせる方が罰の内容を決めるんじゃないの?と思いつつも自分で自分への罰を考える。
何にしよう。罰ゲームってことは私が苦手なモノがいいよな。そう思いつつ考えを巡らせる。
そうだ!
私は思いつくと、レイにちょっと待っててと言い隊長たちのコテージへ戻った。そして手に入れたのはガラの実だ。
「いきます!!」
目をカッ見開いてガラの実を思い切って半分口に入れる。
「あぁっ、そんなに!?」
辛さを知っているレイが言った。舌に触れた実の切り口から火が上がっているみたいだ。ビリビリと舌を痺れさせながら口の中を針で刺されているみたい。
「辛っ!辛―っっ!!!×△×○×~。」
後半は言葉にならずに部屋の中を走り回ってからキッチンでガロを吐き出す。
「だ、大丈夫!?」
焦ったように声をかけてくるレイに涙目のまま「罰ゲーム完了にしてください」とお願いすると、ぷっと笑われた。久しぶりのレイの笑った顔だ。嬉しくなってリビングに戻ると今度はベルがぎゅううううううーんと泣きながら猛スピードで飛び回っていた。
「ベル!?」
私が声をかけると同時にこちらへ飛んできて急いで水を飲む。リビングには小さくなったガロの実が落ちていた。
それを見て、私も久しぶりに声を上げて笑った。
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