第74話 深夜の移動
移動は基本的には夜にする。闇に紛れて飛獣石で行き、明るくなってきたら歩く。
クオン王子の言葉に従い、飛獣石に乗った。私とトトは飛獣石を持っていないので王子の飛獣石には私、リュンの飛獣石にはトトが乗る。
王子のお腹に抱えられるというのはなんとも心臓に悪い。無礼がないようにと体を硬くしていると、そんなに緊張しなくても良い、と王子に言われた。
「お前が毒を見破ったのは、スキルか?」
近くを跳んでいるリュイとトトには聞こえないように、クオン王子が耳元で囁く。王子には嘘をついたって無駄だ。私は頷く。
「それは毒の混入が分かるというものか?いや、違うな。もっと・・・」
王子は何かを考えるように間をあけてから、あぁ、と声を出した。
「そのモノがもつ効果がわかる、そういうスキルか。」
「・・・クオン王子、勝手なお願いですがこのことは他言無用に願えますか?私は王子のように権力も魔力もありませんから。」
「いいだろう。スキルに翻弄されるのは最小限にしたいだろうからな。」
王子の言葉が重い。きっと王子こそスキルに翻弄されたのだろう。人の嘘を見抜いてしまうなんて、なんて悲しいスキルなのだろうか。悪意ある嘘、悪意のない嘘、優しい嘘、悲しい嘘、嘘にはいくつも種類がある。それぞれの嘘に理由がある。それら全てを一緒くたにし【嘘】か【嘘でないか】だけ教えてくれる。嘘の種類や理由で救われることもあるというのに。
「王子のスキルはまるで麻薬のようですね。」
「・・・どういう意味だ?」
「使い方次第では毒にも薬にもなる。そして、ちゃんと切り離しておかないと自身を蝕んでしまいそうで。」
「お前は私のスキルをそんな風に思うのだな・・・。」
その声からはクオン王子の心を推し量ることが出来ず、失礼なことを言ったかと焦った。
「すみません、勝手なことを、つい。」
「いや、怒ってなどいない。ただそんな風に言う奴が今までいなかったからな。みんなは便利なスキルだと言ってくる。・・・こっちの気も知らないで。」
聞き取れるか取れないかくらいの音量で言い捨てるかのように呟いた「・・・こっちの気も知らないで」が王子の心情を一番現しているような気がした。
遠くの空がうっすらと白みがかってきた。クオン王子の合図で大きな岩場の影に下りる。
リュンにもトトにも王子にも疲労の色が見える。無理もない、昨夜の毒の事件から休むことなく今になるのだ。精神的にも肉体的にも疲労するのは当たり前と言えた。
砂の上に布を敷き、岩にもたれかかる様に座る。ベルは私のポンチョから顔を出すと、ようやくちゃんと息を吸うことが出来るというように大きく深呼吸をした。
「少し休むぞ。辺りが明るくなったら出発する。日が昇り切る前に次の街へ行く。」
王子の言葉に頷いた。
涼しい・・・。先ほどまで王子とくっついてたた部分である背中が互いの体温で汗ばんでいた。そこを風が流れるたびに、涼しく感じる。
「ライファさん、大丈夫ですか?」
トトとリュンが心配そうに顔を覗かせた。
「うん、大丈夫。二人はどう?」
「なんとか。僕は騎士団で寝ずに動くことには慣れているから。」
リュンとは裏腹にトトは力なく笑った。
「これからどうなるんでしょうか。」
トトの視線の先にクオン王子を見れば、王子は目を閉じていた。
「おい、おい、起きろ。」
目を開ければ辺りはもう明るくなっていて、自分が眠っていたことを知った。
「眠るのはいいことだが、こんなところで熟睡していると身ぐるみ剥がされるぞ。」
「ぐっ。」
何の反論も浮かばない。
「ここからしばらく歩く。」
クオン王子の言葉を合図に皆がヨロヨロと立ち上がった。体力を回復させるにはまだまだ時間が必要なのだ。
「そういえば、こちらをどうぞ。疲労回復効果もあります。昨日ライファさんが作ってくれたんですよ。」
トトがリュックの中からみんなの分のゼリーを出した。
「ありがとう、トトさん。自分で作ったのにすっかり忘れていた。」
あの急な出発の最中、持ってきてくれたのは流石だ。
「残りはグショウ隊長に渡してあるので、安心してください。」
「おぉっ。」
トトのしっかりっぷりに感心した。
ベルにも少し揚げた後、ゼリーを飲む。ゼリーが喉を潤しながらお腹に入ってゆく。そう言えば空腹だった。昨夜はとてもカレーを食べる雰囲気ではなくなってしまったから、気付けばあのまま何も食べていなかったのだ。
手にあるゼリーを王子が見つめている。その姿がキースがここにいないことをより強く印象付けた。
「あの、私でよければ毒味しましょうか?」
おずおずとリュンが申し出る。
「いや、いい。大丈夫だ。ライファ、これは大丈夫だよな?」
王子が私に聞いてくる。スキルで確認せよということだ。スキルで確認すれば問題なく疲労回復効果になっている。
「大丈夫です。」
私の言葉を待って王子がゼリーを喉に流し込む。喉をならして一気に飲み干した。
「飲みやすくて助かった。飲むゼリーといったところか。」
クオン王子がフッと笑う。
「こんな時でも、ちゃんと美味いと感じることができるんだな。」
着いた街はアーリアとは違いひっそりとした村だった。観光用のものなど何一つない。田畑を耕し、畜産をし、自給自足で暮らす昔ながらの村だ。ここでは最年長だという理由でトトが村人へ交渉に行った。通りすがりの旅人で夜には出ていくからそれまで休ませてほしいという内容だ。村長は快く迎えてくれ、私たちは村長宅の離れで休めることになった。
朝食は村長が用意してくれた木の実や野菜、肉だ。
すべて焼いたり蒸したりしたものでシンプルな塩味だ。
私は全ての食べ物をスキルでチェックし、クオン王子にこっそりと大丈夫な旨を伝える。
「ありがとう、助かる。」
初めてお礼を言われた。そのことにポカンとしていると、「俺だって礼くらい言うぞ」と王子が言う。私たちは村長の好意にお腹を満たすと、離れで横になった。屋根と床があるだけでこんなに有り難い。
あとで少し食材を手に入れないと。そう思いながら少しの眠りへと降りていった。
目が覚めると昼だった。
暑い。外の気温がぐんぐん上がっているのを感じる。周りを見ればトトとリュイはまだ眠っていて、クオン王子の姿はなかった。そのまま部屋を出ると縁側から村を見ているクオン王子の姿があった。
「ちゃんと眠れました?」
声をかけると複雑な表情を返される。眠れなかったのだろう。無理もない。キースとはずっと一緒に生きてきたと言っていた。それだけ長く共に時間を過ごしてきた相手の、その葛藤を見抜くことができなかったのだ。
「言ってくれれば眠りやすくなるものを作ったのに。」
「それは、気持ちだけ受け取っておこう。信用していないわけではないが、俺は自分で自分を守らねばならぬ。」
王子の隣の場所をポンポンと手で示されて、座れということだと察し、座ることにした。
「こういう村を見ると正直ほっとする。必要とする分の食べ物を育て、必要とする分の肉を獲り、日が沈めば眠り、日が昇れば起きる。人間の根本の生活、そのものだ。」
「王子がこういう生活をお望みだとは思いませんでした。」
「は?何を言っている。俺はこんな不自由な生活は望まんぞ?」
「あ、そうなんですか?」
「あぁ、宮殿で暮らしたらこんな生活は出来ん。便利さと豊かさを知ったら人は戻れんのだ。でも、時々、こういう暮らしの方が本当は豊かなのではないかと思ったりもする。」
王子はそのまま畑で働く村人を見ていた。
「お前は・・・ライファはどこの国から来たのだ?ターザニア人ではないのだろう?」
「私はユーリスア人ですよ。調合料理を勉強しにターザニアへ来たんです。」
「調合料理か。あれはいいな。美味くて効果があるのが良い。なぜに調合料理を?」
私は王子に調合料理を認められて上機嫌になった。
「もともと小さい頃から料理が好きだったんです。どうしても再現したい料理たちがあって、味を追求していたら魔力のある食材にも手を出すようになりまして。」
「ほう、どんなものを作ったのだ?」
「お肉をサッと妬いてから数種類のスパイスで煮込んで柑橘系のソースをかけたものとか、甘くて濃厚な羊乳の冷たいスイーツとか。まぁ、お肉はジャガンジェの肉を使ったせいで破裂効果7になってしまい、フォークを指した瞬間はじけ飛んだんですがね。お蔭で食べ損ねました。」
「それは災難だったな。被害はなかったのか?」
王子が笑う。
「幸い、私一人しかいなかったので両親にもバレずにすみました。掃除は大変でしたけど。」
王子はニコニコ笑いながら「お前、魔力ランクはいくつだ?」と聞いた。
私の顔が真顔になる。
やばい、喋り過ぎた。
「ははははは。」
笑ってごまかそうとする。王子も笑う。
「ジャガンジェは魔力ランク6ある魔獣だ。その肉を平民の魔力ランクのお前が料理できるわけがないってことは俺でもわかるぞ。」
私は高速で頭を回転させ何か上手い理由をと探したが、ふと我に返った。王子には嘘をついても無駄だ。しかも嘘をつくことで、王子の心をすり減らすような気がした。
「魔力ランクは1です。それは本当です。」
「ではなぜ高い魔力ランクの食材を使って料理が出来る?」
「私にもわかりません。ひとつ言えることは、今まで魔力のあるものを料理したり調合したりする際に私は魔力を使ったことはありません。むしろ使うのだと知ったのはここ1年のことです。」
「スキル・・・か。スキルが2つ。なるほどな。お前がスキルを隠すわけだ。」
クオン王子の目が私を見据える。
「お前が身に着けている魔力、そいつもスキルのことは知っているのか?」
当たり前だが王族であるクオン王子の魔力は高い。そんな人から見れば私が魔力を身に着けているのは何もしなくてもわかるのだろう。
「はい。」
「囲われている、ということか。」
王子が呟くように言った。
「囲われている?どういう意味ですか?」
「お前がどこにもいかないようにその魔力で他を寄せ付けないようにしているんだろう?俺のものだ、と。」
「なっ。」
王子に言われた言葉に顔が熱くなるのを感じた。
「そういうのではないと思います。お守りとしていただいただけですから。」
「ふぅん。ではそういう関係ではないということか?」
「そういう関係とは?」
ったく面倒臭いな・・・王子が呟く。
「男女の関係ってことだよ。愛人じゃないのかって聞いているんだ。」
「なっ、何を言い出すんですか!!そういうんじゃないです。・・・友達です。」
「友達ねぇ。」
王子が向ける視線に耐え切れずに、下を向く。
「クオン王子?ライファさん?よかった、いた!」
リュンの声に救われた。
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