World cuisine おいしい世界~ほのぼの系ではありません~
SAI
第一章
第1話 よく見る夢
私にはよく見る夢がある。
夢の中で私は16歳の青年で、楽しそうに料理をしている。
私が暮らしている世界とは全く違う文化を持つ世界で、見たこともない素材を使って、当たり前のように料理を作っている。
小麦粉、卵、砂糖、バター。あとは、クルミだな。
こうして頭の中に浮かんでくる言葉は私の世界にはないものだ。青年はプライパンを取り出すとクルミを軽く炒め、香ばしい香りが漂ってきたところで砂糖を加えキャラメリゼした。クルミの粗熱を取っている間に、バターを溶かし、砂糖、卵、小麦粉を加え混ぜる。よく混ざったところでクルミを加え、棒状にまとめる。その後1時間ほど冷蔵庫で寝かせてから、5センチ間隔でカット。天板にカットしたクッキーを並べてオーブンに入れたところで、ワクワクした感情が胸の奥から湧いてきた。
「ふんふん~ふ~ラララら~」
適当な歌をハミングしながら、焼き上がりが待ちきれないかのようにオーブンの中を覗く。
「おぉ、きたきたきたっ。」
バターが溶け始め、クッキーの周辺にクツクツと小さな泡が立っている。バターの香りは強くなり、甘さを引き連れてだんだんと香ばしさを増していった。
「くぅううう~、おいしそう~。」
手のひらをぎゅっと握って青年が呟いた。料理はなんて素晴らしいのだろう。青年の中から感動に震えるような感情が溢れ、それを包み込むように喜びの感情が染み渡った。
15分後。チンっとオーブンがクッキーの焼き上がりを告げた。青年は急いでオーブンからクッキーを取り出すと、菜箸でクッキーを一枚つまみ火傷をしないようにそぅっと口に入れた。
「あつっ!!」
あまりの熱さに思わず声に出したものの、口のなかに広がるバターの香りに夢中になった。熱々のクッキーはサクッというよりもふんわりとした優しい食感だ。だがすぐにクルミのカリッとした食感にあたり、そこから一気にクルミの風味と香ばしさがプレーンのクッキーの味に深みを出してゆく。
「おいしすぎる・・・。」
青年が幸せのあまりにため息のように言葉をつぶやいたところで、パチッと目があいた。
「起きてしまった・・・」
パチッとあいた目を閉じ、もう一度あの夢の中に戻ろうとする。クッキーというあのお菓子。バターの香り、ふんわりとした食感の中にクルミのカリッとした食感、甘さと香ばしさ・・・青年であった自分が食べたあのクッキーの味をなぞる様に思い出していく。あの青年が出てくる料理の夢はリアルだ。リアルよりもリアルなのではないかと思う。記憶に沁みついているかのように、香りも味も、材料も、料理を作る手順でさえ鮮明に思い出せるのだ。
味を思い出せば思い出すほど、またあの味を味わいたくなる。ガハッと勢いよく起き上がった。ベッドの脇にある窓、そのカーテンを少し開ければやわらかな太陽の光が差し込んでくる。いい加減起きよう。あの青年の夢を見ては今まで幾度となくあの夢に戻ろうとし、戻れたことなどないのだ。
ベッドから出ると、椅子に掛けたままにしてあった服をひっつかみ着替えた。クリーム色のチュニックの下には動きやすいようにと深緑色のゆったりとしたパンツを履く。チュニックのひらひらとした裾の部分は、ナイフを入れるためのポケットがついたベルトでまとめて広がらないようにした。腰まである茶色の髪の毛を後ろで一つに束ねるとヨシッと気合を入れた。
クッキーを作ろう。まずは材料を集めるところからだ!
好奇心と期待、そして挑戦。その後に訪れるであろう幸せな時間を思うと私の心は高鳴っていた。
夢に出てきた材料を思い浮かべてみる。
小麦粉・・・夢の中で何度も登場している材料だ。小麦粉はサワンヤの粉によく似ている。サワンヤは30cm~40cm位の大きさの木の実だ。煮たり焼いたりして食べる食材で、しっとりとした食感の中に微かな甘さを感じる。素朴な味わいと他の食材の邪魔をしない風味があり、安価でたくさん採れる。薄く切って乾燥させることで長期保存も可能であり、この世界の主食と言ってもいい。確かキッチンの棚に乾燥させたサワンヤがあったな。あれを挽いて粉にしよう。バターは羊の乳を発酵させた羊乳凝で良さそうだし、卵はランチョウの卵があったはず。砂糖の代わりはポン花の蜜。問題はクルミだ。クルミ・・・あの食感と風味。思い当たるのは森の奥にあるブンの木の実だ。ブンの木というのは気まぐれで枝をブンブン振り回すところからそう呼ばれるようになった魔木だ。
「いろいろと面倒臭いな・・・。」
はぁっとため息をついた。私の魔力ではブンの木を大人しくさせることなどできない。何かでブンの木の気を逸らしてその隙に木の実を頂くしかないな。1撃か2撃くらいはブンの木の攻撃をくらうことを想定しなければならないだろう。気を逸らすためのものはブンの木までの道中で動物でも捕まえればよいか。そんなことを思いながら家の地下にある道具部屋へ行くと服を脱いで両腕とお腹に牛魔の皮を巻いた。牛魔は10を魔力の最大ランクとするならば4ぐらいに位置する魔物で皮膚が固く、その皮は防護服の材料として使うことができる。少々重いのが難点ではあるが。
あまり体が重くなりすぎては素早く動くことはできないので足には巻かないことにする。牛魔の皮の上に先ほど着ていた服を着ると少々の着膨れ感と動きづらさを感じた。まぁ、仕方ない。棚に置いてあった籠を背負う。
「あとはシューピンだな。」
入口近くの壁に立てかけてあった60cm×25cm程の板状の魔術具を手に取る。シューピンは平らにした船のような形をしており後方には魔力を込める石がついている。石は獅子や虎等、細かい細工が施されているものもあるがここにあるのは細工がされていない安価なシューピンだ。石に魔力を込めることで動く乗り物で、宙に浮くことも出来きる。魔力を与えながら動かすのではなく、あらかじめ魔力を込めておくことができるので、魔力ランクの低い私には重宝する乗り物なのだ。もはや食材探しの相棒と言ってもいい。シューピンを脇に抱えると家を出た。
私が住んでいる家は森の真ん中にある。正確には森の真ん中に隠してある。高度な結界によってその姿は見えず、魔力が低い者には感じることもできない。ただし、ここにあるのだということを知っていれば家の者を呼んで中から招いてもらうことはできる。もしくは、その家の主に魔力を登録してもらえばその魔力が結界のキーとなって家の敷地に入ることができる。私は家の敷地に生えている大木へ向かうと木に話しかけた。
「スージィ、調子はどう?」
「まぁ、いつも通りかな。」スージィは枝を上げて答えた。
「お出かけかぃ?」
「そう。森の奥にあるブンの木までね。門をあけてくれる?」
スージィは僕の仕事だね、と言うようにちょっと背筋をのばした。
「昼過ぎにはリベルダが帰ってくるはずだから、あまり遅くならないように。」
スージィはそう言うと枝を一度だけ大きく振った。枝に生えていた葉がガサガサッと音を立て、その音が金色の粉になって降ってくる。キラキラした金粉の向うに森が見えた。結界が扉のように開いたのだ。
「わかってる。行ってきます。」
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