第9話 アミちゃん、勇者を追い詰める

 ここまで来れば、もう読者はお気づきだろう。そう、皇帝ヒーゼンクローは変身魔法で彼に化けたアミちゃんだった。もちろん、ヤンに気づかれないように魔力は封じ込んで、本物のDNAを使って表面を再合成してある。


 三日前、隠し部屋で皇帝を捕らえたアミちゃんたちは、一つの作戦を立てて実行した。それは皇帝になりすまして、諸悪の根源である勇者の秘密を探り出し、勇者を倒すこと。

地下室に捕らえられていた神族の離反者フェルメールを救い出し、変身魔法でアミちゃんの姿に変えて王宮から出て行った。もちろん、マーバラはこちら側に寝返った。


「陛下、マシーズです」

「おお、来たか、入れ」

 今やアミルゲウスを撃退した英雄になった軍司令官は意気揚々としてドアを開き、皇帝の前に歩いてきた。


「マシーズ将軍、今、勇者ヤンがアミルゲウスを討伐に向かった」

「おお、いよいよ奴も最後というわけですな」

「ふふ┅┅その通りだ┅┅勇者ヤン・テオモには、このへんで退場してもらう┅┅」

「えっ?┅┅い、今何と?」

 マシーズ将軍は耳を疑って茫然となった。


「まあ、驚くのも無理は無い。このことは、わしとマーバラしか知らぬことだからな┅┅実はな将軍、ヤンはアミルゲウスを倒した後、この帝国をも滅ぼすつもりなのだ」

「な、何と┅┅あの、勇者ヤンが┅┅そんな┅┅」

「うむ、これは間違いのない情報なのだ┅┅奴は、古の秘宝を手に入れようとしている。そその秘宝を手に入れれば、この世界を我が物に出来る力を持っている。そして、その秘宝はアミルゲウスの領地の地下に眠っているらしい。もう、分かっただろう?ヤンが我々に近づいたのは、アミルゲウスの領地を手に入れ、秘宝を探し出すためだったのだ┅┅我々はそのためにうまく利用されたというわけだ┅┅」

「ぬうう、そうだったのか┅┅それで、何もかもつじつまが合います。アミルゲウスの領地に見張り以外の兵を入れるなと命じたり、必要以上に魔物の幹部たちの追撃を命じたり、すべて、我々を領地から遠ざける目的だったのですね」

(うん、まあ、それはヤンに騙された皇帝が出した命令だろうがな)

「それでだな、将軍┅┅ここは騙されたふりをして、ヤンの奴を逆に罠にはめてやろうと思う┅┅もう少し近くに来い┅┅」

 皇帝は将軍とマーバラを側に呼んで、密かな作戦を指示した。


 時は二日前にさかのぼる。

「えええっ┅┅こ、これが本当にターハッカ皇帝だと┅┅」

「そうだ。わが主アミルゲウス様にかかれば、ターハッカ帝国などひとひねりなのだ」


 イシュタルはマアサック、ヒッポグリフ、フェルメールを引き連れて、ウサコ村を訪れていた。頑丈な鉄の檻に入れられた皇帝ヒーゼンクローは、まだ眠りの魔法から目覚めておらず、檻の中で安らかな寝息をついていた。

「こいつをしばらくあの城の中に入れておく」

 イシュタルは自らが建てた小屋を指さして言った。

「は、はあ┅┅」

 村長ガーリック以下村人たちはあえて突っ込みは入れず、気の抜けた返事を返す。

「目が覚めたら少しうるさいかもしれんが、まあ、死なない程度に水や食料を与えてやってくれ。すべてのことが片づいたら、アミルゲウス様からきっと素晴らしいご褒美がいただけるはずだ。頼んだぞ」

 イシュタルはそう言い残すと、迷惑顔の村人たちを尻目に、三人の仲間たちとともに去って行った。


 その二日後のこと、勇者ヤンはアミルゲウスの行方を追って、魔王城の中を探索していた。

「┅┅やはり魔方陣に修復魔法が掛けられていたか┅┅」

 地下の転移門を調べながら、ヤンはつぶやいた。そして立ち上がると、まだ踏み込んだことのない地下通路の奧へ進んでいった。実は魔王城はアミちゃんが城を建てる以前、今から五千年以上前のことだが、古い神殿の跡だった。それがどのくらい前に建てられたのか、アミちゃんでさえ見当がつかなかった。しかし、なぜか神族の守護兵や上級天使がここを守っていた。アミちゃんは彼らを撃破し、竜脈が集まるこの地に自分の城を建てたのである。


 神殿跡には目立ったものは何も無かったが、ただ、地下に延々と続く通路があった。アミちゃんは仲間を連れてこの地下通路を探索したが、途中で諦めた。地下へ続く通路の先には、所々に広い空間があり、たくさんの魔物たちが住み着いていた。彼らと主従の契りを交わし、話を聞いたところ、彼らでさえ地下通路がどこまで続いているのか分からないという。ただ、魔力は十分に溢れており、住みやすいのでここを離れる気は無いと言った。アミちゃんも地下にこうした迷宮があれば、いざというとき隠れたり援軍を頼めるので、彼らがここに住むことを許した。


 今、ヤンはこの無限の地下迷宮に足を踏み入れようとしていた。

(間違いない┅┅この先のどこかに大賢者の石があるはずだ)

 しかし、地下迷宮への入り口には、アミちゃんが設置した魔法の扉が立ちふさがっていた。誰かが間違って迷い込まないための用心と、溢れる魔力が外に出て行かないようにして、地下と一階の中間にある隠し部屋に流れ込むようにするためだった。この隠し部屋には魔力を溜める大きな魔石が三個並べて設置されており、それぞれが城のあちこちに魔力を供給出来るように魔導線がつながれていた。

「アミルゲウスめ┅┅やはりこの中に隠れていたな」

 ヤンは感知魔法でアミちゃんの魔導波を確認してつぶやいた。

「こんな扉で、俺が防げると思うなよ」

 ヤンは体内の魔力を最大限に高め始めた。同時に彼が手にした聖剣グラインスレードが白い光を放ち始める。


「はああああっ」

 かつてアミちゃんを倒した最終奥義、アークエンデッドが魔法の扉に炸裂する。ものすごい爆発音と爆風が辺りを包み込んだ。やがて濛々とした粉塵が消え去ったとき、魔法の扉には斜めに大きな裂け目が出来ていたが、まだ破壊はされていなかった。


「一撃では無理だったか┅┅だが、もう一撃で終わりだ」

 ヤンは再び魔力を高め始める。

「おい、完全に壊される前に開けろ。半分でいい」

 隠し部屋から様子を見ていたアミちゃんは、この部屋の管理主任ミランダに命じた。

「はいはーい、ちょっとお待ちを┅┅」

 ネクロマンサーのミランダは、この部屋を研究室に使わせてもらい、もう千年以上ここに住んでいる。魔力や研究材料も使い放題の代わりに、魔力供給の調節や地下迷宮の魔物たちとの仲介役を引き受けていた。


「ん?扉が独りでに開いた┅┅」

 ヤンは魔力を溜めるのをやめて、用心しながら半分ほど開いた扉の側に近づいていった。

扉の向こうからは濃厚な魔力が流れてきていたが、特にワナや待ち伏せの気配は無かった。

アミルゲウスが中にいれば、どうせワナに自分から飛び込んでいくようなものだ。ここでためらっていても仕方がない。ヤンは覚悟を決めて扉の向こう側へ踏み込んで行った。


「よし、わたしたちも移動するぞ。ミランダ、ターハッカの軍が入ってしまったら、扉を閉めるんだぞ」

「ういーっす┅┅了解です、ご主人様」

 魔法使いの服を着た真っ赤な髪の少女は、色とりどりのマニュキュアを塗った手を上げてウインクした。


「逃げても無駄だ、アミルゲウス┅┅」

 感知魔法でアミちゃんたちの動きを捕らえながら、ヤンは地下への道を突き進んでいた。

「ん?ここは┅┅」

 小物の魔物たちを蹴散らしながら百メートルほど下った所で、ヤンの前に大きな空間が広がっていた。ほぼ円形の部屋で、周囲の岩壁には八つの同じような穴があった。どれが本道なのか、一目では分からなかった。

「くそっ┅┅一つずつ入ってみるしかないか┅┅いや、待てよ」


 ヤンは感知魔法でアミルゲウスのいる方向を探った。と、そのとき、今通ってきた道の方から大きな足音が近づいてくるのが聞こえてきた。ヤンは岩の陰に隠れて様子をうかがった。


「急げえ、進め、進めーっ」

 やがてその広い岩の部屋に、マシーズ将軍と百人近くの重装兵、弓兵、魔導士部隊が入ってきた。

「マシーズ司令官、どうしてここへ?」

 ヤンは岩陰から出て、旧知の将軍のもとへ近づいていった。

「おお、ヤン・テオモ、思ったより早く追いつくことができたな」

 マシーズはそう言うと、さっと手を上げて兵たちに合図した。重装兵たちが周囲に移動し、ヤンを取り囲んだ。その後ろに弓兵、そして最後部に魔導士の部隊も移動する。


「┅┅何の真似だ?」

 マシーズは笑いながら、ゆっくりと後ろへ下がっていく。

「ふふふ┅┅何の真似だと?とぼけるのもいい加減にしろ。貴様はこの地下のどこかにある〝大賢者の石〟を探しに来たのだろう?」

「┅┅ああ、そうだ。だが、同時にアミルゲウスを倒すためでもある。奴はこの先に隠れている。奴を倒し、大賢者の石を手に入れれば、世界の┅┅」

「ふふふ┅┅ついに本音を吐いたな。貴様は、自分がこの世界の支配者になるために、われわれを利用したというわけだ」


 ヤンは愚かな皇帝の軽挙妄動を甘く見ていたことを悔やみ、自嘲した。

「確かにそう疑われても仕方ないか┅┅今さらだが本当のことを言おう。俺はこの世界の支配者になるつもりなどない。手に入れたいのはこの世界の真理だ。神族だけが知るこの世界のことわりを知り、それに関わる存在になること、そう、俺は神になるのだ┅┅そのためには、最大の邪魔者であるアミルゲウスを倒し、神族の血を体内に取り入れる、そのために準備をしてきたのだ┅┅」

「貴様が神になるだと?ふははは┅┅愚かなことを┅┅いいか、神とはターハッカ教の祭神ベルターハッカ様であり、人間で最も神に近いのはベルターハッカ様の子孫であらせられる現皇帝陛下ただお一人。貴様のような奴が、神をも恐れぬ不届き者というのだ」

「どうやら、話し合っても無駄なようだな。残念だよ、マシーズ君」

「ほざけっ」


 マシーズの合図とともに、まず弓兵が一斉に矢を放った。しかし、シールド魔法を展開したヤンには一本も届かない。もちろん、それはマシーズの想定内だ。


「ぬっ、これは┅┅」

 ヤンは周囲の空間が突然変化したことに気づき、さっと身構えた。空間変異魔法は、並の魔導士が使える魔法ではない。上級以上、宮廷魔導士でも使える者はこの世界にも数人しかいないはずだ。


「うははは┅┅どうだ、驚いたか?この日のために皇帝陛下が、ターハッカ教団の最高魔導士サラムート様を遣わして下さったのだ。いくら貴様でも、この空間から抜け出すことはできまい。じわじわ痛ぶって殺してやる」

 様々な色が混ざったような毒々しい空間の中にマシーズの笑い声が響き渡った。そして、空間のあちこちからヤンに向かって矢や火炎、氷の弾などが次々に襲いかかってきた。それらを剣で受け、身をかわしていると、今度は幾つもの剣や槍があらゆる方向から突き出されてきた。


「うぐっ、くそっ、がああっ┅┅」

 いくら勇者でも、あらゆる方向から同時に魔法攻撃や物理攻撃を受けたら逃れることはできなかった。しかも、その空間内では自分の魔法は発動できなかった。


「おお、おお、こりゃあ勇者も大ピンチだね┅┅最高魔導士サラムートか┅┅あれは神族が取り憑いてるようだね、人間ができる範疇を超えてるよ」

 八つの穴の一つに潜んで広間の様子を見ていたアミちゃんは、そう言うとイシュタルとマーバラ、フェルメールを見回した。

「先に倒すべきはサラムート┅┅二人は勇者を見張っておいて」

「「承知しました」」

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