第97話 終末化現象

「んで? そのコトワリの反動とやらが起きると地球はどうなるんだ?」


『力に対する反動は様々な形で現れる。ヒュドラ毒が水に溶けるということ自体、突拍子もないだろう?』


 ふーむ。確かにアレ、海水には溶けるらしくても酒は無反応とか、湿気には影響されないのに河川の上空では消えるとか、水の濃度なんて関係なかったりするしな。人類の知識だと説明がつかん。


「実際にそのときになるまでは、何が起こるのか分からないのか。じゃあなんでそんな現象が起こるって予測できるんだ?」


『実際に見てきたからさ。あるときは天変地異によって死の星に。ある星では巨大隕石の衝突。変わったところでは、異星生命体の侵略なんてものもあった』


 ……………………は?


「いやすまん、何処までが真面目な話なんだ?」


 午後の映画ショーの話ならそう言ってくれ。

 腰を据えて話し合う準備がいる。酒とつまみが必要だろ?


『全てだよ、オロチ。今例に挙げた数々の《コズミック・ディザスター》は、行き過ぎた力の収束によって引き起こされた。ヒュドラの地球征服など、これらがもたらす大破壊に比べればまだ対処の仕様があるというものだ』


 いやいやご冗談を。

 そんなの本気にするわけねーだろ。

 何歩か譲って本当の話だとしよう。

 本当の話だったら……?


 え? すると何か? この触手はマジに……。


「あんた、宇宙人なのか……?」


『君らの定義ではそうなるか。ともかく、ヒュドラ自体は止められても《コズミック・ディザスター》が発生したら止めることは出来ない。しかし、この星にはまだその兆候は見られない』


「兆候……」


 いっぺんに情報が来たせいで混乱しかかっているが、アネモネの正体は重要ではない。

 いやそれも俺的には重要なんだが……主に興味本位的な意味で。

 でも差し迫った問題はコズミックなんとかの兆候についてだろう。


『遠く離れた場所で地震が起こると地鳴りが聞こえてくるように。それは優れた異能の力を持つ者ならば確実に感じ取ることが出来るだろう。《終末化現象》――捻じ曲げられた理が収束する前兆だ』


 ……《終末化現象》?

 この街が、俺たちが味わった滅びは、まだまだ本当の終末じゃないってのか?

 フザけやがって……このモヤモヤした気持ちをどうすればいいんだ。

 だが今はまだ。


「今はまだ、それは起こっていないんだな?」


『ヒュドラが集めた魔力を使って地球上で何かを行ったという気配は無い。それにヒュドラとて、意図的にそのような大破壊を求めるとは考え難いね』


 心臓の動悸を感じる。

 少し気が急いてしまったか。

 ヒュドラが終末化現象を起こすとは限らないし、俺自身がヒュドラと戦えるわけでもない。

 なら焦らず、自分に出来ることをすべきだろう。


「……色々教えてくれてありがとう、アネモネ。俺は迷宮を調べに行くよ」


『付いて行くことが出来ずにすまない。代わりと言ってはなんだが、地上の守りは任せておきたまえ』


 それは頼もしいな。

 モニクも居るから過剰戦力な気もするが、コボルドたちが街をうろちょろしているから地上も少し心配なのは間違いない。


 さて、今聞くべきことはこれくらいだろうか。


「ここに来ればあんたに会えるのか?」


『何事も無ければしばらくここに居る。君が来たときは姿を表そう』


 他のヤツらには会わないつもりか?

 確かにこんなモンスターじみたのと遭遇したら戦闘が始まりかねないか……。


「分かった。また来る」


 そして俺はオペレーションセンターを後にした。




「先輩、何してたんですか?」


 食堂に戻ったらセレネにそう尋ねられた。

 宇宙イソギンチャクと交信してたと言ったら信じてくれるだろうか?


「ちょっと電源の様子を見に行ってた。セレネの迷宮生成術の電気って、俺にも使えるようになるかな?」

「どうでしょう? エーコは――」

「私にはセレネさんと同じ魔法を使うのは無理だったよ、アヤセくん……」


 白ローブの少女はそう言ってがっくりと項垂れていた。

 エーコでも無理なら俺には厳しいか?

 しかし人には得手不得手ってものがある。エーコはそもそも魔術の模倣は得意じゃないんだよな。長年の修行が逆にネックになっている。

 それに普段は外の街で生活してるエーコじゃ、生活用の電気を流す魔法なんて必要に迫られていないから、という理由もありそうだ。


「そっか。今度俺も練習してみるわ。そんで、ブレード」


 奥の席で、コボルドに淹れてもらった茶を飲んでいる迷宮剣豪に声をかけた。


「なんだ? オロチ」

「今日は夢幻階層の先まで潜ろうと思う。最初だから偵察程度にな。すぐ逃げられるように少人数だけで」

「よかろう。拙者も同行しよう」

「あっ、私も行く!」


 ブレードとエーコか。百頭竜クラスが出ても一体程度なら対処できそうだな。

 ちらりとセレネを見る。


「いえ、私は別に興味ありませんが。必要なら付いてきますよ」

「今回は軽く見に行くだけだから大丈夫……」


 ヒュドラの目的のひとつが、ヒュドラ生物とドゥームフィーンドを競わせることであれば。

 フィーンドの総司令官をこんなやる気の無い女にしたのは大失敗なのではないだろうか。

 俺は一向に構わんが。


 ヒュドラ殺戮マシーンになった最上もがみさんとかあんま見たくないというか普通にえーし。

 うちにはもうヒュドラバスターJKが居るので間に合ってます。


 ブレードとセルベールも同胞のために戦ってるだけで、そこに怒りとかは無いんだよな。

 俺が連中に接触するまで、戦いらしい戦いも起こってなかったし。


 そう考えるとヒュドラも人選とかの詰めが甘い。

 小木おぎさんをドゥームルーラーにしとけば、今頃はきっと深層階まで攻め込んで荒らし回ってたぞ。

 中身がおっさんの美少女召喚士というのも業が深そうでアレ。


 モニクとエーコも性格は穏やかだ。彼女らの戦う理由は感情ではなく、使命感とかそういったものなのだろう。


 街の人たちの仇とか内心息巻いているのは俺だけっぽくて、そこに若干の寂しさを感じないと言えばウソになる。


 ……だが、負の感情で戦うのは俺ひとりでいい。




 ツミレが勝手に付いて来た。

 なんでお前こういうときだけはやる気あんの? 迷宮大好きなの?

 パーティは総勢四人となった。


 ツミレは無人になったドゥームダンジョンエリアを先頭を切って歩いている。

 ……犬の散歩をしている気分だ。

 犬っぽいから斥候が似合うし、実際こいつはセレネの斥候をしていたのだが、職業はヒーラーなんだよなあ。

 斥候すんのはコボルド軍団だとマーセナリーの役目だろ。あいつら本当何でもするな。


 エーコがツミレに声をかける。


「周囲に敵は居ないけど、あんま離れちゃ駄目だよー」


 ぴこぴことしっぽが揺れた。返事のつもりなのだろうか。

 心配せずとも、あいつは地上と地下洞窟エリアでは先頭を歩いていなかった。

 襲いかかっては来なかったが、普通のヒュドラ生物がそこかしこに潜んでいたからな。

 危険察知能力はそれなりにあるのだろう。




「アヤセくん! ワイバーンだよワイバーン!」


 そういやエーコは初見だったか。

 ワイバーンのゼファーは夢幻階層の駅から少し離れた場所を飛んでいた。


「ゼファーは一応味方なんで。放っといても大丈夫だってセレネが言ってたな」


 あいつもここじゃ飛んでる以外にすること無くてヒマだろうに。

 そういう感覚があるのかどうかは謎だが。


「ゼファーって未実装のDLC特殊個体だっけ。そんなのも居るんだねー」


 あ? ダウンロードコンテンツ?

 そうだったの?

 そんなヤツが混ざってたとか、創造主はかなりマニアックだったんだな。

 だからこそ創造主としては優れていたんだろうけど。

 ……ハイドラのやつ、今頃モニクのレクチャーでも受けているんだろうか。




 ほどなくして、西の境界線に着く。

 橋の向こうが次の階層だ。

 ツミレが下がり、代わってブレードが先頭に立った。

 珍しく口角を上げている。


「いよいよか。腕が鳴るな」

「いや別に、戦いに来たわけじゃないぞ……」


 よく考えたらコイツ、偵察とか全く向いてなさそうなんだが。

 人選を間違えたかもしれん。

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