第80話 食堂の探索者たち

「ケクロプス……。なになに、上半身が人間で下半身が蛇の王様?」


 エーコがスマホをいじりながら言う。

 調べてくれたのか。んでやっぱり蛇の化け物なのね。


「《百頭竜》ケクロプスか。彼はダンジョンマスターではない可能性もある。アヤセが直接会うのは危険ではないか?」


「その辺はっきりしないうちは会わないようにするよ。もし遭遇しても、全力で逃げるだけなら……まあ」


「話の腰を折るようだが、ケクロプスが居るのは次の階層以降だ。まず夢幻階層を抜けられなければ意味はないぞ」


 ブレードの言う通りではあるが。


「しらみ潰しにマッピングするか、ケクロプスの騎士に会うまでねばるしかないな」


 あいつらに下り階段の場所を吐かせるか、あるいは逃げたら跡をつけるか。




「現実の夢幻階層って、結局どういうところなの?」

「現実の? ゲームにも夢幻階層ってあるの?」

「うん。地下十階よりも下は屋外エリアになってる」


 …………???


「ゲーム内でもそんなトンチキなことになってたのか……」


 クリア後は地上に戻って戦うのかと勘違いしていた。

 つまりあの謎空間もゲームの再現なんだな。

 やはりノリが良過ぎるのでは?


「王女セレーネが創り出した異空間って設定だね。滅んじゃった自分の王国を再現したっていう」

「あー、なるほど」


 ゲームの屋外エリアはスクショで見ただけだが、綺麗で平和そうな街中で戦闘しているのってそういうことか。

 で、現実の夢幻階層は実際に滅んだ《終わりの街》の再現と。

 イヤミかよ。

 夢幻階層を創った『ドゥームルーラー』とやらは、セルベールのような悪党ヅラに違いない。


「で、現実の夢幻階層のほうだけど。地下なのに空がある。上の階層があったはずの場所にも何もない」

「じゃあ、ヒュドラも実際に同じような異空間を創れるんだ?」


 ブレードの証言によればそうなるが、今回はモニクが答えてくれた。


「ヒュドラの巣とは何も洞窟のような形ばかりではない。この世ならざる空間を創り出すこともある。性質としてはアヤセの《収納》に近いな」


 なるほどあれも謎空間に物を出し入れする魔法だ。それの大規模版か。

 自分では無尽蔵に物が入ると思っていたが、流石に街をひとつ丸ごととかは入らないと思う。


 容量制限というより、俺自身のスペックの限界だな。

 人や生き物を入れるのにも抵抗がある。

 望まないと魔法は使えない。逆に言うなら不可能ではないということか。


 以前アマテラスの異能者が、《終わりの迷宮》は形を透視できないと言っていたらしいが。その謎空間が原因だったんだな。

 しかも……迷宮はそこで終わりではないという。


 ここから先の深層では――

 俺が今までやってたみたいに、地上の封鎖地域の広さから迷宮の構造に当たりをつける。そんな方法はもう通用しない。


「ヒュドラはどれくらいの広さまでの異空間を創れるんだ?」


「創り出す世界の密度による。ブレードの話では百頭竜ですらないヒュドラ生物が、この街と同じ広さの異空間を創っている。しかしそこは、夢のようなあやふやな世界なのだろう?」


「そうだ」


 解説役をモニク先生に取られたブレードが、相槌を打つだけの機械と化す。


「しっかりした世界を創るには、もっと多くの力が必要なんですね?」

「その通りだエーコ。そして今のヒュドラは、そのための力を手に入れてはいるな」


 封鎖地域か。まさか、そのために?

 世界各地の封鎖地域の総面積なんて知らない。しかし。


「その力を集結したら、どれほどの異空間を創り出せる?」

「ボクにはそんなものを創る意味があるとは思えない……いや、ヒュドラの動機のひとつとしては一考の余地があるかな?」

「世界を創造するのがヒュドラの夢だったり?」


 ヒュドラの夢て。

 エーコが言うと、なんかこう緊張感の無いファンシーなアレだな。

 しかし無くも無い、か?


 世界や人間を滅ぼしたいとかよりは、まだありそうな気がする。

 俺の中で、そういう後ろ向きな願いに価値を見いだせないからかもしれないが。




「ホワイト、レッドと来たからブラックライダーとペイルライダーもいるのかね」

「いるな」


 相槌を打つだけの機械が答えた。


「黙示録の四騎士になぞらえた名のヒュドラ生物か。百頭竜の配下までは、ボクも把握していないな」

「黒騎士と……? あ、薄青色ペールブルーの青の騎士か。ゲームの四騎士と同じ配色なんだね。でも裏ボスの黄金騎士がいなくない?」


 四騎士はちゃんと四人いた、で確定か。


「ブレード、ゴールドライダーとかはいねーの?」

「そんな名前の者は知らぬな。その役割を担う者がいたとしても、今までは出番がなかったのかもしれぬ」


 亡国ルートの裏ボス、黄金騎士の存在は不明、と。


「他に注意すべき相手はいるか?」


「夢幻階層には他にも強力なドゥームフィーンドが居て、おぬしを見れば襲いかかってくるであろう可能性が高い。しかしケクロプスの騎士のように、目的や思惑があって動いているわけでもない。今のところは、な」


 ようするに野生の獣みたいなもんだと。

 亡国の王女は階段の前に居たから仕方なく戦ったが、そうでもなければ相手しなくていいわけか。


「なるべくなら避けて通るのだな」

「把握した」


 打ち合わせはこんなところかね。




「私が付いていかなくても大丈夫?」


「今回は歩き回るだけの探索がメインだからなあ。次の階段の前を、なんか強そうなボスが塞いでたりしたら協力頼むよ」


「分かった。そのときはスケジュール調整するね」


 ……忙しそうだなエーコは。

 似たような立場であるはずの俺は、毎日休日状態なんだが。

 いや、現場で働いていると言えなくもないな。

 なお給料は出ない。


 なんだかんだ言いつつ、俺も将来はアマテラスで働くのかも分からんが。

 他に就職先が思い浮かばん。

 身体検査とかはなるべく無しの方向でお願いしたい。

 面接で交渉する技術が求められる。俺の苦手なやつだ……。


 そして、俺とブレードは再び迷宮へと向かう。




 迷宮内でランダムエンカウントした何組かのモンスターたちは、俺を見て一度は襲いかかってきたものの。ブレードに敵わないとみるや皆逃げていった。


 ブレードが本気ならば逃げる前に斬り殺されていよう。

 がしかし。どうやらこの男も昨日今日の探索を経て、手加減というものに思い至ったらしい。

 そう、別に殺す必要は無いのだ。ブレードにとっては尚更。

 生まれながらにして強力、かつ知識と精神面にも優れた個体ではある。それでもやはり、経験せねば覚えられぬこともあるのだろう。


 最下層一歩手前、玉座の間。

 そこに亡国の王女は居なかった。

 相性の問題でブレードに瞬殺こそされたが、あれも強力なモンスターには違いない。なら今までの経験上、そう簡単に復活はしないと思われる。


 階段を降りる。

 地下深くでありながらも陽光降り注ぐ在りし日の街。

 夢幻階層である。


「着いたな。何処から探すつもりだ、オロチ」

「そうだなあ……」


 全くアテはない。

 興味本位でいうならショッピングモールとか前に住んでたアパートとか、どうなってるのか見てみたくもある。

 だがそれはここから東の方角だな。


「セオリーとして、いっぺんマップの端まで行ってみるか。この駅は封鎖地域の中でもかなり西寄りにある。だから一番近いのは西の端だ。まずはそこを目指そう」


「承知した」


 歩き出そうとした俺たちの居る場所が、一瞬影に包まれた。

 影はすぐに後ろへと通り過ぎる。


 バッと振り向き、上空を見上げた。

 東の空へ向けて、巨大な生物が翼を広げて飛び去っていく。


 巨大化生物……?

 いや、今俺たちを包んだ影の大きさ――

 地上ではあんなにも巨大な鳥は見たことがない。

 そもそもあんなデカい生物に空を飛ぶことが可能なのか?


 探索中心などと、ナメてかかっていたかもしれない。

 迷宮の住人であるブレードは、ヒュドラ生物から襲われる経験に乏しい。

 そしてこの階層には身を隠せる石壁も石の天井も無い。

 だからといって建物の中で引きこもっているわけにもいかない。


 俺がこの街を進む以上……全ての生物から狙われる可能性があるのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る