第47話 地上への帰還

 俺も石化毒を少し浴びてしまったが、特に体調の変化は無い。

 自分を鑑定してみるが、至って健康だ。

 この量ならセーフだったか?


 狼人間の石像を見る。

 凄い迫力。

 まるで生きているような、とはこのことだ。


 コイツ……石化が解けて復活したりしないだろうな?

 不安になってきた。


 収納からおもむろに金属バットを取り出すと、狼人間の石像に向けてフルスイングする。

 石像は岩の壁まで吹っ飛び、頭部と片腕がへし折れて床に転がった。


 これでひと安心。


 金属バットも滅茶苦茶にひしゃげてしまっている。

 初めて使ったが、この武器はこれからの戦いについてこれそうにないな……。

 情報化して収納しておいた。

 あとで復元するもよし、金属製の武器を補修する材料にしてもいい。




 通路を少し進むと、広い部屋に出た。

 外から百頭竜の部屋に行こうとすると、ここで門番に足止めを食らう構成なわけだな。


 何も居ないのでそのまま進む。

 なんか白い布切れみたいなのが少し落ちていたが、特に異常はない。

 あまり気にせずに素通りした。

 部屋から出ると、左右に伸びる通路。そして横穴。

 横穴の先はそれぞれ小部屋だったり細い通路だったりするのだろう。


 ようやく通常の迷宮に帰ってくることが出来た。

 ただし場所は全然分からん。

 鑑定情報によれば、ここは相変わらず未踏破区域である。


 横穴から獣が出てきた。

 お、猪だ。本当に居たんだな。

 しかし俺の姿を見るや、一目散に逃げて行った。


 どうやらこの辺のヒュドラ生物は既に俺の敵ではないようだ。

 道は分からないけど、比較的安全に探索は出来そうだな。


 わざと足音を立てて、気配を殺さずに歩く。

 疲れているので、無益な戦闘はなるべく避けたい。


 何か手掛かりでもないかと、鑑定の精度を上げてみる。

 オートマッピング中は微弱な魔力しか使っていないので、入ってくる情報はおおざっぱだ。

 普段から高精度な鑑定を使っていると、すぐにバテてしまう。


 そして、妙なものを見つけた。


 土だ。


 ほんの僅か……それこそ砂の数粒程度だが、地面に土が落ちている場所がいくつかある。

 そりゃあダンジョンの地面に土が落ちていても不思議ではないかもしれない。

 百頭竜の部屋とかゴミだらけだったしな。

 だがそれらは全て、ダンジョン由来のものかヒュドラ生物由来のものであるはずだ。


 鑑定結果は、外の世界の土が地面に落ちていることを示していた。

 そして、俺のすぐそばにもその結果が出ている。

 どこかというと、俺の靴の裏だな。

 歩き詰めでほとんど落ちてるとはいえ、水洗いでもしない限り完全に土の粒子がなくなることはない。


 つまりこの迷宮内の土は、外界から出入りしているヒュドラ生物、あるいは俺が持ち込んだものに他ならない。

 足跡みたいなもんだ。

 だから俺がまだ踏破していないのに、土の粒子が落ちている場所。

 そこを辿っていけば外に出られるって寸法よ。


 鑑定の精度を上げっ放しにするので、走ってるときくらいには疲れるのが欠点だな……。


 普通に探索すればもっと時間はかかっただろう。

 しかし正解の道が見えていた俺は、体感にして二時間程度で地上への出口らしき場所へ辿り着く。


 とうとう見つけた――


 なんだけど、どこだここ。

 まだ未踏破区域だぞ?

 ひょっとしてあれかな? 西の隣街の迷宮出入り口。

 まだ見に行ってなかったもんな。


 そして俺は、外への斜面を登っていった。


 その迷宮出入り口の周囲は、やっぱり巨大な建物をくり抜いて雨除けにしていた。

 過去形である。

 その巨大な建物の天井は派手にぶっ壊されていた。

 迷宮出入り口も雨ざらしだ。今は雨降ってないけど。


 もはやなんの建物なのか全然分からない。

 デパート、病院、分譲マンション、大学の校舎とかもこのくらいか。

 とにかくそんな大きさの建物だ。


 まるで雨除けに使うのを邪魔するように、地上から天井まで破壊され……いや? これは――


 もしかして、斬られてる?


 妙に断面がきれいな場所がいくつも見受けられる。

 まさかなあ。


 そのときふと、俺はモニクとの会話を思い出した。

 モニクは謎結界により地下迷宮に入ることができない。

 鑑定してみたところ、確かにこの迷宮出入り口の近くにもそれがある。


 俺には射程距離外の結界がどうなっているのか分からないので、たとえば建物を壊して上空から侵入とか出来ないかと、そうモニクに聞いたのだ。

 返ってきた答は「既に試した」だったな。


 これか? これがそうなんか?

 モニクだったらビルくらい一刀両断にしそうな雰囲気がある。怪獣かよ。


 まあよく見た感じ、結構小刻みに切り刻んでこの状態にしたっぽい。

 あのモニク先生といえど、一太刀でビル真っ二つとかは流石にないだろう。

 ないよな?


 なんかこの建物、今にも崩れそうだしちょっと怖い。

 迷宮に出入りするヒュドラ生物と鉢合わせても面倒だ。ひとまず離れよう。




 そうそう、大事なことを忘れてた。

 収納からスマホを出して再起動。今の時間を確認しないとな。


 結果として、出発した時刻から24時間ほど経過していた。

 丸一日か。そんなに探索した覚えはない。大半は石化してた時間だなこれ。

 最初にヒュドラ毒を浴びたときは三日間も気を失ってたことを考えれば、少し進歩した。ような気もする。


 石化している間に数百年の刻が流れていた……とかじゃなくて本当に良かった。


 地上は俺にとってそんなに危険な場所ではないので、スマホはポケットに入れる。

 収納に入れると、その都度時間がおかしくなるので面倒臭い。




 迷宮出入り口から少し離れ、外から全体を見渡してみた。

 周辺は怪獣が暴れ回った後のような惨状である。

 うん、西の隣街ってこんなだったわ。これぞ終末街って感じ。


 でも、やっぱりここがどこだか分からない。


 西の隣街の迷宮出入り口は駅の近くのはずだ。

 しかし近くに高架線は見当たらない。

 知っている街でも、行ったことのない場所だと現在地がよく分からなくなる。

 それ自体はよくあることなのだが……。


 住所表示のある電柱を探す。

 すぐに見つかった。


 町の名前しか書いてない……。


 当然のように知らない町だ。

 市区町村のうち、隣の市区の名前は分かっても町の名前までは知らないことのほうが多い。

 俺だけ? 普通だよね?


 えーと、他に現在地を調べる方法。

 なんか……非常に簡単な方法があるのを忘れているような気がしてならない。

 喉まで出かかっているのだが思い出せない。


 ……それより腹減ったな。


 メシと睡眠は帰ってから、と思ってたけど別に外で一泊したって構わないか。

 結構距離あるかもしれないし、地上に出れた以上は急ぐ必要もない。


 そうと決まれば店を探そう。


 ドーナツ屋のチェーン店を発見。

 違う、そうじゃないと言いたいところだが……。


 他にも店っぽいのはあるけど、正しくは『元』店。

 あるいは店の残骸。成れの果て。

 あれを復活させるには、ちょっと魔力……はあるけど気力体力が足りない。

 今回の探索はハードだったからな。


 とりあえずぶっ倒れる前に甘いもん入れとこ。


 久々にドーナツを食うと決めると、それはそれでテンション上がってきた。

 まずは魔力化である。店内にある食材は、傷んだものも含めて一掃する。

 周辺もついでに掃除。


 そして記憶鑑定。

 ドーナツ屋とかは、朝に一通りのメニューを作っている。

 だから一日分の記憶を遡ってお終い。

 例外はあるかもしれないが、今はべつにそこまで調べなくてもいいか。


 自動ドアを手で開けて店に入った。

 カウンター奥で食器を見つけると、適当に《情報収納》に仕舞う。


 これは今回からの試みだな。

 情報化した食器はジャンクフード召喚と同時に呼び出すことが出来る。

 今までみたいに、食器を用意してからその上に召喚、という手順ではなくなるわけだ。


 再び店の外に出る。

 この店にはテラス席があったので、そこで食べることにした。

 椅子に座ってメニューを眺める。


 激闘を経た後の一日ぶりの地上、俺はようやく平穏を取り戻したのだった。

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