第33話 地下迷宮入り口
ほろ酔い気分でショッピングモールに帰ってきた。
部屋に置いたスマホを回収すると食堂へ。
ハイボールを《収納》から取り出すとひと口飲む。炭酸とアルコールの刺激がじんわりと広がる。馴染みの場所で飲む酒もまた美味い。
つまみに春巻を取り出した。一品料理も食べたかったが、それはまた今度行ったときにしよう。家だと手軽に食べられる点心系が気楽でいい。
ひと口かじる。サクサクとした衣と、味の濃い餡の組み合わせが心地よい。ハイボールとの相性も良好だ。
SNSのDM画面を開くと、エーコにメッセージを送る。
『自宅周辺に出没していた大型ヒュドラ生物を駆除できました。エーコさんのおかげです。ありがとうございます』
うむ。こんなもんでいいだろう。これで気分良くゆっくり飲めるな。
二杯目のハイボールと二枚目の餃子を取り出す。今度は酢に胡椒をたっぷり入れたシンプルな味付けで食うか。ラー油とはまた違った刺激で新鮮に楽しめる。
ジョッキの中身と餃子が半分ほど減ったところで、エーコから返信があった。
『おおー、おめでとうございます! 地上に出没する中ではかなりの強敵だったと思うんスけど、次はいよいよダンジョンッスか?』
ダンジョンか……。
俺や人類が安心して明日を迎えるには避けて通れない問題だ。
以前の俺なら、他人任せにしてしまいたいと思うのが本音だっただろう。
しかしモニクが関わってる以上、俺だけ逃げるという選択肢はない。
また、仮にモニクが去ってしまった場合、この街で頼れるのは自分自身しか居ない。
どう転んでもやるしかないのだ。
座して死を待つくらいなら、自分から積極的に地下迷宮を埋め立てに行ってやる。
『そうですね。調査しに行こうと思っています。なにか注意すべきことはありますか?』
『なにが起こるか分からない場所ッスからね。あえて言うなら全部に注意してください。ただ、ダンジョンは魔法の産物なので、あらゆる不測の事態も魔法で対応可能、とも言えます』
ふむ、貴重なアドバイスだ。状況を打開することを望み、自分の力を疑わなければ危険も乗り越えられるということか。
それはそれとして、喋り方がブレてるぞエーコ。
やっぱり普段の後輩口調はキャラ作りなんだな。ちょっと微笑ましくなった。
『分かりました。明日早速行ってみますね』
『深入りは禁物ッスよ。無理せずこまめに帰還して下さい。スネークさんの地域のダンジョンがラスダンだっていう説もあるくらいッスから』
『ありがとう。また報告します。お休みなさい』
『お休みッス』
……ラスダン。
つまりラスボスが居るダンジョンってことか。
その予感は前からあった。超越者モニクが自ら調査する地域だからな。
エーコもそう思っているということは、なんらかの根拠があるのだろうか。
あとモニクの存在って他にも知ってる人がいるんかな?
俺は自主的に他言しないようにしているだけだが。
魔女狩りの例を挙げるまでもなく、異能持ちも超越者も、世に知られたところでロクなことにはならないだろうからな。
まあ俺に関しては手遅れというか、封鎖地域内生存の可能性がある人物として一部では有名になってしまった。
人前に出るつもりはないからまだセーフ。セーフだよな?
焼酎ソーダ割りをちびちびと飲みながら、その日の夜は更けていった。
二日酔いの頭を抑えながら、俺は駅前通りを歩いている。
昨日は少し飲みすぎたか。破毒の異能はマジで弱毒には効果が無いらしい。
今日から六月である。
俺にとって昨日は自宅とバイト先の仇を討った日なわけで、少しくらい羽目を外すのも仕方ない。
駅を通り過ぎて北へ進むと、段々と街の廃墟化が顕著になっていく。地面に穴を開けた際に崩壊してしまった建物も見受けられる。
建物や地面がより荒れている方を目指して歩く。
目的の迷宮入り口は、北の街境の川近くにあった。
大型のマンションにアーチ状の穴があいている。凱旋門を連想した。
その下の地面に地下への入り口があるのだ。
なんだろうなこれ……上のマンションはなんか意味あんの?
と、考えたところで、「雨除けの屋根代わり」ということに思い至った。
ああ、防水結界だかなんだかがあるって話だけど、穴の真上から水降ってきたら落ち着かないよな。
連中も苦労してんだな。
「もう来たのか、アヤセ」
先客がいた。モニクである。
モニクは俺になにも強制しない。
訓練も探索も、全ては俺の自主性に任されている。
その一方で、俺になにか期待していることもあるはずだ。
そのなにかは教えてくれないし、俺もまだ聞いていないのだけれども。
「しばらくゆっくりしててもいいと思うぞ?」
「いや、どうせヒマだし。それにもっと強い敵が出てきてから後悔しても遅いからさ」
ここに来るまでに結構な数のヒュドラ生物に遭遇したが、皆逃げて行った。
これでは《継承》による成長は望めない。
追いかけて倒すことも可能だが、弱いものを狩ってもあまり得るものはないだろう。
いよいよ地下迷宮に挑むべきときが来たのだ。
モニクはアーチ状の入り口のそばで空中に手をかざした。
「ここに侵入者を防ぐ結界が張られている。アヤセならば問題ないと思うが、一応気を付けて通ってみてくれないか?」
俺なら問題ない?
なら何を通さない結界なんだろうか。普通の人間はどうせここには来られないはずだが。
いきなり前進して顔をぶつけるのも嫌なので、手をゆっくりと前にかざした。
確かになにかがある。《鑑定》によれば高度な防御壁であろうことがなんとなく分かる。
だが、俺の手はあっさりとそれを素通りした。
恐る恐る歩いて進む。全身すんなりと結界内に入ってしまった。
なんだこれ? なんか意味あったの?
「やはりアヤセなら入れたか」
「ん?」
その言い方。もしや――
「ひょっとしてモニクは」
「そう。ボクはこの街の地下迷宮に入ることが出来ない」
…………。
そういうことか。
何故モニクが入れないのかは分からない。
しかし入れない以上、何か別の手を考える必要があった。その候補としての、俺という協力者の存在。俺に味方であってほしいと言ったのはそのためか。
「キミひとりを危険な目に遭わせるのはボクとしても不本意だ。だから無理に進む必要はない」
「やっと――」
「うん?」
「やっと俺でもモニクの役に立つことが出来そうだな。いや、ヒュドラの本体だのをどうこう出来るとは思えないけど、中を調べるくらいなら俺にも出来るよね?」
「アヤセ……。キミは本当に……いや、なんでもない」
さて、そうと決まればモニクに聞けることは今のうちに聞いておくか。
「じゃあ今から行ってくるけど、なんか注意することとかある? ああ、その前にモニクが入れなくて俺が入れるのはなんか理由あんの?」
「キミの《破毒》が相対する毒の強さに応じて強化されるように、この結界も目的を絞るという制約を課すことで強化されている」
ふむ、つまり強い者ほど破るのが難しい結界とか、そんな感じか?
「これは対超越者用に特化した結界だ。本来超越者同士は争うことはない。その心理により、ボク自身がこの中へ進むことを拒んでしまっている。故に力を以て破るということが出来ない」
「あー、超越者同士がケンカしたら地球滅びそうだしなー」
「その通り。人間同士だって本気の核戦争とかはしないだろう? 個人の喧嘩でもそうだ。一線を越えてはいけないという理性が邪魔をする」
そうだな。でもその理屈だとたまに一線を越えてしまうヤツはいる。
つまりヒュドラがそれなんだな。
そしてまともな超越者は、現状ヒュドラに近付くことさえできないわけだ。
「一応聞くけど、これ上のマンションぶっ壊したり、あるいはその辺の地面掘って侵入とかは」
「似たようなことは西の隣街で試したが無理だった。しかし何処かに
「それがダンジョン内部にある可能性も?」
モニクは頷いた。
よし、俺のやるべきことは決まったな。
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