④猫と幼馴染
第19話 幼馴染/ある日の天使ちゃん/みゃあ
日向と同居を初めてから、しばらく経ったある日のこと。
最近は学校終わりに日向が食材を買って俺が荷物持ちをすることが多かったけど、今日は俺一人だ。日向は友達が多くよく頼み事や相談の相手になるため、基本放課後は真っ直ぐ家に帰ることの方が少ない。向日葵の女神は多忙なのだ。
俺は俺で友達や槍原に遊びに誘われることもあるけど、今日はそういうのも特になく、日向に頼まれていた調味料や月乃のための食材を買っていた。
買い物を終えて帰途につくと、ふと、近場の公園に見知った少女がいて足を止めた。
ベンチに座り、こくりこくり、とうたた寝をする月乃だった。
その途端、ほんの一瞬だけ緊張する自分がいた。
何しろ、月乃に告白されたあの日から、まだ二週間しか経ってないんだから。
……い、いや、だからって今までの関係が崩れるわけでもないけど。やっぱり、意識してしまうのは否めない。
「おーい、月乃」
「……悠人? もしかして、わたし寝てた?」
月乃の肩を揺らすと、彼女は寝ぼけたようにふわぁと欠伸をして、
「起こしてくれてありがと。昨日、ちょっと勉強で夜更かししちゃって」
「それはいいけど、こんな季節に外で寝てたら風邪ひくぞ。家はすぐそこなんだし、寝るなら自分の部屋で寝ればいいのに」
「そうなんだけど……どうしよう、動けない」
動けないって、まさか怪我でもしたのか?
そう心配になった時、月乃の膝の上に何かがいることに気づいた。
首輪が付いた大人の三毛猫――ミア、だった。月乃の膝の上で、気持ち良さそうにすやすやと昼寝をしている。
「動けない理由って、もしかして……」
「ミアと遊んでたら、わたしの上で寝ちゃった。どうすればいい?」
そんな切実に困ったような目で俺を見られても。
でも、どかしたらどうだ、とはちょっと言いづらい。……仕方ないか。
ミアが寝てる間月乃の話し相手になるために、隣に腰を下ろした。
「それにしても、ミアを見たの久しぶりだな。月乃は今でも遊んでるのか?」
ミアは俺たちが小学生の時に出会った猫で、この公園の近所に暮らしている老夫婦の飼い猫だ。
「うん。学校から帰る度に、今日はいるかな、って公園を覗いてるよ? それに、たまに清水さんのお家に行ってミアに餌をあげたりするかな」
「へえ、そうなのか。昔から、月乃って猫が好きだったもんな。この公園に来ればミアに会えるから、よく月乃に付き合わされたし」
「わたしのマンションって、ペット禁止だからね。……でも、悠人ってたまに文句とか言ってたけど、絶対にわたしのお願いを断らなかったよね」
「心配だったからな。月乃って、ミアを探して隣町まで行っちゃいそうだったし」
考えてみれば、その頃から俺って月乃のお世話係みたいなポジションだったな。
「まあ、それくらい猫が好きだから、こんなにミアに懐かれてるんだろうな。俺なんて、猫に膝の上で寝られた経験なんてないし。ちょっとだけ月乃が羨ましいよ」
「悠人、猫と遊んでみたい? ……じゃあ、わたしが猫、やってあげよっか?」
「ん?」
猫をやる、って何?
俺がきょとんとしていると、月乃は猫の手のようにぐーを作り、いつもの無表情のまま一声だけ鳴くのだった。
「みゃあ」
「………………」
さて、困ったぞ。
つっこむべきか、それとも笑うべきか。俺が困惑しててもなお、月乃は「にゃう、みー」と猫の鳴き声をあげている。その瞳は、まるで何かを求めているよう。
試しに、いつも月乃がミアにしていたように、喉元を指でくすぐってみた。
「みゃー……」
まるで本物の猫のように、くー、と気持ち良さそうに目を細めた。警戒心など欠片もないような、蕩けたような表情。
うわ、可愛い。
「じゃなくてだな! いきなり何してるんだよ」
「悠人がわたしのこと、羨ましいって言うから。ちょっとは満足するかなって」
「って言われても、やっぱ月乃は月乃だしなぁ。猫と遊んでる感じじゃないっていうか」
と、月乃が猫のような手の形をすると、マッサージするように俺の膝を押し始めた。
「……何してるんだ?」
「猫の真似。猫って心を許してる人に甘える時、こうやって前足でふにふにするんだよ?」
いや猫の形態模写すごいな。
プロでもないのにここまで細かく猫になりきれるの月乃くらいでは。このジャンルにプロがいるかどうか知らないけど。
月乃が俺の膝を押していたからか、それまで寝ていたミアが目を覚ますと、ぐーっと身体を伸ばす。一声だけ「みゃあ」と鳴くと、月乃の膝から降りてとてとてと歩き出した。
「ミア、行っちゃった……。また会えるといいね」
「まあ、月乃ならミアの方から寄ってくるだろ。それより、そろそろ行かないか? 月乃の家で夕食の準備するから」
「今日のご飯は?」
「きのこ鍋。この間きのこ料理を食べたら美味しかったからさ、月乃にも食べさせてあげたくて」
「やった、楽しみ」
言葉の割に表情はやっぱり無感情で、そのアンバランスさが何だか面白かった。
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