第28話「聞き取り(メイバラン)」

 吸血鬼の街、『アボット』は巨大な灰色の建造物が立ち並び、多くの場所に日中でも影を作っている。

 けれど、そんな陰鬱とした印象を与える街にも関わらず、主な産業は健康に関することだ。

 わたしも年に一度、健康診断でこの街を訪れるので、それなりに馴染み深い街でもある。


「おい。至る所で献血の旗が立ってるな」


 口調や態度はいつも通りに見えるユニだけど、内容がビビってるわね。

 献血の何がイヤなのかしら、やるとお菓子が貰えるしわたしは好きなんだけど。

 そんなことを言ったら、これまでに築いてきた信頼関係が崩れそうだから、ぐっと堪える。


「ふははっ。あたしのブラッドを欲するか。いいでしょう! 求めよ。さらば与えられん」


 リリは喜々として献血に協力しようと飛び込んでいく。


「あ~、なんとなく、あんたがパーティ離れたのわかる気がするわ」


 うん。この子、良い子なんでしょうけど、空気読めないわ。


 献血が終わるまで、ユニはまるで瞑想しています感を出しながら目をつむっていた。


「ふぅ。良いことをした」


 お菓子も貰い満足そうに戻って来たリリを、わたしは笑顔で出迎えると、首根っこを掴んだ。


「なっ! 悪魔め。何をする! とうとう本性を現したなっ!」


「目的にさっさと行くわよ。もう寄り道は禁止だからね」


 こうして寄り道しながらも、わたしたちは街の中心にある館へとたどり着いた。


              ※


「いつ見ても立派なお屋敷よね」


 吸血鬼の女王が暮らす洋館はかなりの広さと豪華さを併せ持っており、まさしく貴族の屋敷という出で立ちなのよね。

 

 呼び鈴を鳴らすと、中から青白い顔をして、目にはくまを刻んだ中年の吸血鬼が出て来てくれた。執事服を着ている事からもここの執事のようね。

 でも、おかしいわ。

 青白いのは吸血鬼の特性だからいつものことだけど、くまを付けて来るなんてこれまでは一度もなかったのに。

 というか、アボットで不健康そうなヒトなんて初めて見たわよ。


「これはこれは、ケアラさま、お待ちしておりました。そちらのお二人が例の?」


「男の方が介護士のユニ。で、こっちが――」


 わたしが適当に紹介しようとしていると、リリは勝手に口を開いた。


「あたしは邪眼に選ばれし一族だ。そう言えばわかるだろう?」


 中年の吸血鬼はそれとなく察してくれたのか、可哀そうな子を見るような同情の視線を投げかけた。


「では、まずは旦那さまにお会いください。お話はそこで」


 執事さんは、うやうやしく頭を下げてから屋敷の中へと案内していく。


 大きなおろち階段を上った先の一室。

 客間に通されると、程なくして旦那さまと言われた人物が現れる。


「今日は良く来てくれた。礼を言おう」


 全身黒のスーツ姿の眉目秀麗な男性が現れる。

 吸血鬼のイメージより死神の方が似合っていそうだけど、その顔立ちの美しさは間違いなく吸血鬼のそれね。でも、残念なことに、彼もくまが酷くて魅力が3割減ってところね。


「お久しぶりです。最後にあったのは魔王四天王に就任されたときでしたね」


「ああ、ケアラも息災で何よりだ」


 わたしはユニとリリに簡単に紹介する。

 彼は、魔王四天王の一人、吸血鬼族の、『メイバラン=エンシュア』数年前に女王さまから引き継ぎ魔王四天王に就任したばかりで一番の若手ね。

 若手と言っても年だけで言えばわたしより上なんだけどね。


「で、メイバラン、女王さまが大変って聞いたんだけど、それとそのくまは関係あるの?」


「ああ、その通りだ。そもそも吾輩たちは日中寝て、夜に活動するわけだ」


「ええ、そのおかげで健康診断が夕方から受けられて助かっているわ」


「だが、女王さまはなぜか、それが逆転していて、日中起きて、夜に寝るのだ。それこそ普通の人間のように。さらには食事の血を飲むと、すぐにむせるので、吾輩たちは目を離せず、24時間365日体制なのだ。その結果睡眠時間がほとんど取れぬのだよ」


 数年前に出会ったときより断然覇気がないわ。

 肩も落ちて、存在が小さく見える程。


「ユニ、どうにか出来そう?」


「昼夜逆転に嚥下障害か……、他には大丈夫か?」


「あとは、どうも女王が言う注文の品が上手く購入できないようで、吾輩の配下が何人も磔にされておる。皆聞く時間が昼で本調子が出ていないのが原因だと思うが……」


「えっと、それ、死なないの?」


「いや、それくらいじゃ吸血鬼は死なんよ。基本的に首を落とされるか太陽の光に直接当るか以外ではそうそう死なないさ。あとは、せいぜい頭以外の部分をミンチにされたら流石に死ぬだろうけど」


 メイバランは笑っているけど、内容的にかなり怖いわね。


「ところで、いくつか聞きたいんだがいいか?」


 ユニが口を挟むと、メイバランは快く応じた。


「吸血鬼ってやつは血以外の食事は何を取っているんだ?」


「血以外ですか? そうですね。果汁やスープ、アルコールやミルクなんかが主食ですね」


「なるほど。液体限定なのか。固形物は?」


「固形物はすごく良く噛んで食べればなんとか食べれますが、その後、多くの同胞は腹を悪くするので、進んで食べるのは吸血鬼の中でも変わり者ですねぇ」


「そうなると、胃の形がそもそも違う可能性があるのか。あとは女王に直接会ってみてだな」


「最後に昼夜逆転し始めたのはいつ頃なんだ?」


「う~ん、詳しくは覚えていないですが、ここ数年ですかね?」


 さて、ユニの話はこれでいいみたいだから、ここからはわたしの出番ね。


「それで、メイバラン。ユニが介護を引き受けるに当って条件があるんだけど……」


「なんだ? 出来ることならなるべく行おう」


「こっちも魔王さまを看る人手が足りないのよ。だから、数人借りたいんだけど」


「ふむ。ならば女王に磔にされているものを助けてくれれば、そいつらを連れて行って良いぞ」


 即答っ!! 話が分かるわね!


「それじゃ、ユニ、リリ、頑張っていきましょう!!」

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