第22話 人生の虚無感
そして俺は仕事も忙しく、多部も宮野の義理の妹の看病とアメリカの手術に向けた準備の手伝いで会うタイミングも無い中、3カ月が過ぎようとしていた。
その間に多部は何を悟ったのか、せっかく進学した大学を辞めて看病に精を出していた。
久々に駅のコンビニで立ち読みしていると「ポンポン」と背中を叩かれた。
多部だ。
「久しぶり〜 アキオ先輩」
やけに明るい。
「久しぶり多部さん、色々大変だったみたいだけど大丈夫?」
「うん、ありがと 大丈夫だよ」
そういう多部だが何か疲れからか無理してる感じが否めなかった。
こんな時は飲んで憂さ晴らしした方が良い。
「時間ある?」
俺は多部の答えに少しドキドキしながら聞いてみた。
「うん」
いつもと違う汐らしさ。
疲れというより落ち込んでいる様子にも見えた。
「じゃぁ軽く飲みに行こうか?」
すると再び「うん」と頷く。
汐らしい多部だが凄く可愛い。
俺は今まで抑えてきていた多部への思いが再燃している感じをバレない様にクールに最大限見せる態度を取った。
「したら最近出来た駅横のダイニングバーで良い」
「あっ!行きたかったお店!」
いつもの明るい多部に戻ってきた。
色々と宮野と義理の妹の話を聞いていると、実は多部も宮野に相談をしていた事に話題が向かった。
俺にも聞かせて欲しいと熱望した。
何故知り合ってから日の浅い宮野に相談して、彼氏では無くとも一番近い存在と自負する俺に相談してくれないのかとやっかみもあった。
すると多部は重々しく口を開いた。
「私は最低な人間なんだ」
今度は今迄に見た事の無い様などんよりと重苦しい雰囲気の中、腹の底から声を絞り出して話をしている。
「ズルくて優柔不断で、きっと大切と思う人も傷つけてしまう」
何を言っているのか俺には分からなかった。
すると覚悟を決めた素振りの多部から想像もしない言葉が放たれた。
「アキオ先輩、私は貴方を騙し続けた」
多部の目には涙が浮かんでいた。
俺は多部がこんなに苦しそうに何を訴えようとしているのか全く想像がつかなかった。
「中学の頃ヒロ先輩のファン倶楽部有ったって前聞いたでしょ」
昔、出会ったばかりの祭りの時に聞いたやつだ。
「あぁ、流石ヒロだよな」
素直にそう感じたのでハッキリと覚えている。
「そのファン倶楽部私が作ったの」
「えっ?」
直ぐにはピンと来なかった。
「凄く憧れて、好きで好きで堪らない思いを佐野と分かち合って」
肩の震えが大きくなってくる。
「それでね、アキオ、ごめんね」
多部は号泣し始めた。
「貴方が私の事を好きになってくれて私も貴方に惹かれたよ」
涙がテーブルから流れるほど苦しそうに訴えている。
「でもその近くにずっと好きだったヒロ先輩も居て」
両手で頭を抱える。
「苦しかった」
「だから貴方に告白されて優しくして貰って、貴方と結ばれる事が正しく幸せな事なんだって、何度も気持ちも揺らいだけど、でもヒロ先輩の事も…」
「だから誰とも付き合わないって決めて、色んな人にいい顔して」
「なんかズルい女だよね」
「そんな悩みを宮野先輩は聞いてくれて」
「たまたま宮野先輩の恋人の義理の妹と小学生の頃の知り合いというのも繋がって、
お互い人に言えない悩みを相談しあえたの」
少し落ち着きを取り戻した多部が俺の方を振り向き
「憎んで、嫌いになって!」
今度は凄く険しい顔で訴えている。
俺は驚きと共に今迄に経験した事の無い様な虚無感に襲われた。
こんなに苦しめてしまっていたんだ。
俺は胸が張り裂けそうになった。
大好きだと思いをぶつけているだけで彼女の苦しみを少しも気づく事が出来なかった。
最低なのは俺の方だ。
「私ね、大学を辞めて今お金貯めていて、もう少ししたら地元を出る事にしたの」
テーブルの涙をハンカチで拭き取りながら冷静な口調で言った。
「何で? まずはヒロにちゃんと想いを伝えなよ」
俺は最大限の強がりを言った。
「何言ってるの、出来るわけ無いでしょ!」
今度は呆れた口調で突っぱねる。
「いや、多部には言ってなかったけど、俺、他に気に成る人が出来たんだ」
必死に考え直させ様と思った瞬間、脳裏に麻里恵の事を思い描いた。
しかし
「うそ!」
全く信じる事無く否定をされた。
「多部も自信家だなぁ、流石にあれだけフラれれば他の人を好きになるでしょ」
ちょっと冷たい感じで言い放った。
「アキオ、嘘がバレバレだよ」
余りにも信じる様子が無いので少し意地になる。
「本当だって、仕事帰りによく行く飲み屋の子だけど真面目で凄く良い子で」
これは本当の話なので真実味があったのか多部が効く耳を持ち始めた。
「どんな子?」
多部は嘘か誠か見極める為か、強い目力で俺の目を見つめてくる。
「おない歳で学生、家庭の事情で自分で学費も生活費も稼がなければ成らないので水商売をしながら学校も通っている頑張り屋」
これも真実なのでスラスラと言葉が出てくる。
「確かに実在したらアキオが好きに成りそうなタイプだね」
まだ半信半疑の様だ。
俺は更に突き放す覚悟を決めた。
「だいたい俺が居るからヒロに想いを伝えられないとか、ただ逃げているだけなんじゃない、俺を言い訳の題材として使っているだけだろ、悲劇のヒロインぶってさ」
最後の一言は流石に言い過ぎた。
「本気で言っているの?」
多部は怒るでも無く、冷静に真剣に聞いてきた。
「本気だよ、もしかしたらその子、あっ、麻里恵って言うんだけどね、一緒に住もうかなって」
俺は勢いあまって予定も何も無い事を言ってしまった。
「そうなんだ」
これについてはすっかり信じた様で複雑な顔で言葉を返してきた。
「だから多部も勇気を絞って今までの想いをヒロにぶつけて来いよ」
俺も胸がつかえる位に複雑な思いを抱きながら彼女に発破をかけた。
「でも…」
今度は不安そうにする多部に一押しの嘘をついた。
「そういえば前にヒロが酔っ払った時に、アキオがもし他に女が出来たら多部に告ろうかなと言ってた時があったよ」と。
事実、以前後輩が家に住み着き多部を好きになった時にもう好きでは無いと譲った俺の態度にイラついたヒロが近い事を言っていた。
「ホント?」
さっきまで号泣していた顔がパッと明るくなる。
「乙女だねぇ」
呆れ顔で多部を茶化す。
胸が苦しくゲロが出そうだ。
「そんなアキオは麻里恵さん?とどうなのよ」
照れ隠しなのかオバチャンの様な素ぶりで聞いてくる。
俺は涙を堪えて胸のつかえをこじ開ける様に酒を煽った。
多部も吹っ切れたのか、さもなくば思考を停止させる為なのか、負けじと酒を煽った。
二人は呂律が回らない程酒を浴びて出逢ってからの思い出話に花が咲いた。
楽しい時間はあっという間に過ぎて既に朝を迎える程の時間となった。
「そろそろ帰るか」
俺は今日やらねばならない事を考え、惜しみながらもお開きとする事にした。
そして俺は一度シャワーを浴びに帰り支度を整えてヒロの家に足を運んだ。
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