第46話 母子の再会
この話の主な登場人物
カトリーヌ 主人公(わたし)
フランツ 護衛
ヒルダ 家庭教師
デニス 金髪の剣士
ローザリンデ フランツの母
フリーデ フランツの妹
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
部隊は撤収準備を終えていたので、全員で移動を始める。
フランツが馬車の御者席、わたしがコンパートメント、そしてヒルダがデニスの馬に二人して跨がり、その後に貨物馬車の車列が続く。
フランツとデニスが語りながら道を進む。
「母に会うだけですから皆で行かなくても。隊員の方々も早く戻りたいでしょうに、申し訳ない」
「戻りの道程、その途中に寄る感じですからそれほど気になさらずとも。それに部隊の皆も気になっているんですよ、『峠の別れ』その物語の結末が」
「母の家は遠いのですか?」
「それほどでもありません。この速度なら二、三時間といった距離です」
そのデニスの言葉とおり、途中、軽い休憩を挟んでたちまちにして目的とする場所に着いた。
遠くに山々の見える麓で、とても落ち着いた感じがする村だった。
その山を少し上ったところに邸宅が見える。
そこに向かって隊列は進んでゆく。
垣根を越え、広い庭を進むと、小さいながらもしっかりとした作りの邸に到着する。
馬車を降りたフランツが身だしなみを整え、ドアの前に立つ。
その背後にはわたしやヒルダ、デニスとその部隊といった面々が控えている。
そして呼び鈴を揺らして鳴らす。
「はぁーい」と女の子の声が聞こえ、奥から足音がパタパタとする。
キイッと開けられたドアから、黒いベルベットのワンピースを着た少女というには若い、七歳前後の女の子が顔をのぞかせる。
「どなた?」
「館の主はご在宅かな」
「お母さまは、奥の間にいらっしゃいますけど」
そう言って女の子が、その緑色の大きな目をぱちくりとさせている。
わたしはそれを、──フランツと同じだ。と見た。
髪の毛もフランツと同じ、光るような濃いブラウンをしていた。
「フランツが戻ってきたと伝えてくれないかな」
女の子は、「えっ」という表情をして、「フランツお兄さまなの」
「そうだよ。君は?」
「わたしフリーデ」
「初めましてフリーデ。もしかしたら妹になるのかな」
少女はこくりとうなずき、「は、初めまして、お兄さま」と、その声が少し震えている。
フランツはほほえみながら、「フリーデ、お母さんを呼んできて欲しいな」と言った。
フリーデはもう一度こくりとうなずき、くると後ろに向かって走り出した。
「お母さま、お母さま、フランツお兄さまが」と大きな声で。
やがて邸宅の奥から走ってくる数人の足音がする。
そして廊下の奥から貴婦人と少女フリーデ、そして侍女を伴ってやってくる。
「フランツ、本当にフランツなの」
先頭の貴婦人が、信じられないという表情をして声を上げて走り寄る。
それを優しい笑顔で出迎えるフランツ。
「はい、ローザリンデお母さま」
ローザリンデ夫人がフランツの前に立つ。
その手をわななかせ、仰ぎ見るように彼の顔を両手で包み込み、「目を、よく、目を見せておくれ」と震える声で言った。
そして、「この目、この目は、グリーンの目は確かに」と言った。
「ただいま戻りました」
「本当に、フランツ、貴方なのね」
お母さまはフランツを抱きしめる。
そして彼もまた抱きしめ返す。
「長い間、戻らず、不義理をして申し訳ございませんでした」
「ああっ、フランツなのね。夢じゃないのね」
「夢ではありません」
「何度も夢に見た、何度も。そして目が覚めると貴方が居なくなる。だから、もっと抱きしめて、もう消えないで」
その言葉を受けてフランツはぎゅっと母親を抱きしめる。
「もう消えませんから、ご安心を」
「やっと、やっと、会えた。この日をなんど夢見たか、待ちわびたか」
わたし達、全員はその光景をただ黙ってみていた。
ヒルダは声を押し殺し、顔をくしゃくしゃにしてハンカチ一枚では足りないほどの涙を流している。
デニスと部隊の面々、侍女たちと小さな妹のフリーデ、そしてわたしも涙を浮かべて、その光景を見続けていた。
どれほどそうしていただろう。
やがてローザリンデ夫人はフランツを離し、背後にいるわたしたちを見た。
「この方たちは?」
フランツが肩越しに軽く合図をする。
「初めましてお母さま、フォルチェ家のカトリーヌです」とわたしは前に出た。
さらに、「お嬢さまの家庭教師であるヒルダです」と泣きはらした顔で挨拶をした。
「まあ」と夫人は驚いた顔をして、「フォルチェ家の方々がここに、どうして」
「母さん、俺、カトリーヌと結婚したんだ」
「フォルチェ家との婚礼。そんな大事なこと、誰からも聞いては居ないわ」
「まだ家には伝えては居ません。わたしとカトリーヌだけで婚礼をし、司祭はここにいるヒルダが勤めました」
ローザリンデ夫人はもう一度、「まあ」と驚いたあと、背後に控えている部隊を見た。
「そこに居られるは、たしかクノール家の」
「はい、デニスと申します。以前、一度お言葉を交わしたことを覚えていただき恐縮です」
「後ろの方々は御家中の」
部隊の面々は口々に、「はい」と言った。
初め、ことの成り行きにただ驚いていた表情をしていたローザリンデ夫人だけど、やがて表情を一変させ、とても落ち着いたたたずまいになる。
「十数年ぶりにフランツがフォルチェ家の令嬢を花嫁にして戻り、供回りはとても可愛らしいお嬢さん一人。そして護衛がクノール家の若き当主とその御家中の皆さま方。このあり得ない組み合わせと状況、何か身の回りが急変したのかしら」
わたしたちは、その鋭い洞察に驚いた。
そしてそれを言ったご婦人の凜とした表情にも。
わずかに言葉を交わして挨拶をしたただけというのに、おおよその状況を見抜く洞察力。
わたしは息をのんだ。
──これがゲルマンでも有数のファルツ家に嫁いだお方。
大陸でも有数の大国ゲルマニア。
その中でも一、二を争う軍閥ファルツ家。
その権力の中枢に居る人物としての実力の片鱗を片間見た気がした。
でもそのあとににっこりと表情を崩し、息を飲むわたしたちに、「ここで立ち話もなんですから、皆さん、奥へどうぞ」と笑顔で手招いてくれた。
さらに、「広間には部隊の皆さんも入れます。さあ、ご遠慮なさらずに」と全員を中に入れたあと、侍女たちに、「みんな、急なお客様だけど、まずはお茶と急いで焼き菓子を用意して欲しいの」
「焼き菓子は何にいたします」と侍女の質問に、「これだけの人数だから時間のかからないスコーンで。甘くしないかわりにジャムを沢山。いちじくと、他に、そうだマーマレードがいいわね」と、指示をてきぱきとくだす。
侍女たちが忙しく立ち去ったあと、ローザリンデ夫人は、みんなの先頭にたち、「さあ、こちらへ」と、奥の広間へとわたしたちを導いた。
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