【完結!!】人好きドラゴン街を行く。働く。眷属を得る
山本 和人
第1話 プロローグ①
大陸の端にある港街。
交易が盛んで、連日祭りの如く賑わうこの街で、一人の少女があくせく働いていた。
「孃ちゃん!次ぁコレだあ!さっさと運びな!」
「は~い!」
「孃ちゃんこれも頼むわ!」
「はいは~い!」
「孃ちゃんこっちも!」
「おっ任せあれ〜!」
男達に混ざり言われるがままに荷物を運んで行く。
「それにしてもあの嬢ちゃんすげぇよなぁ」
「ああ、リザードマンてのはすげぇもんだ」
手空きになり、煙草を吸いながら少女の働きを見ていた船員達は煙と共に感嘆の息を吐く。
その少女は自分の身体より大きな木箱や大樽をたった一人で担いで走る。
「ありゃあ拾いもんだな。あの孃ちゃん一人で他の野郎共の十人分は余裕で働いてらぁ」
少女が軽々と運んでいる大樽を他の男達はよたよたと老人の如く、二人以上で何とか運んでいた。
男達がよたよたと頼りなく運びだす中で、少女は鼻歌交じりのご機嫌な様子で、髪と同じ真っ白な色の鱗の尻尾を楽しげに揺らしながら休み無く働いていた。
「亜人種ってのはすげぇなあ。出来る事なら荷運びの日雇いじゃなく船員として雇いたいぜ」
「リザードマンてのは集落に籠もる以外はほぼ僧侶か冒険者になるからなあ。あの孃ちゃんが特別なんだよ」
「この辺じゃ殆ど見かけねえもんなあ」
船員達は全ての荷物が運び出されるまでのんびりとその様子を眺めていた。
夕日が沈みかけ空が紅く染まる頃、港は昼間の喧騒が嘘の様に落ち着いていた。
船でやって来た者達は無事に航海を終えた祝いに酒場ではしゃいでいて港に残っているのは過酷な肉体労働に力尽きて動けない労働者達だ。
船着き場で息絶え絶えな労働者ばかりの中で少女は空の樽へと腰掛け楽しげに夕日を眺め鼻歌を歌っている。
「おいアネモネェ!」
「はい?ぶぇ!?」
背後から声をかけられた少女は、のけぞる様に後ろを振り向くが中身の詰まった革袋をその顔面に乗せられる。
「報酬だ。受け取んな」
少女の名を呼ぶ男は船から荷物を下ろす者達を纏める親方、つまりはこのアネモネという名の少女と周辺で力尽きている労働者達の雇用者だ。
「親方さん、なんか重くない?」
少女は落とさない様に両手でしっかりと受け取り膝へと乗せる。
「孃ちゃんは他の数倍働いてっからな。おう野郎共!孃ちゃん程とはいかねえが今日は下ろす荷物が多かったんでな!いつもより多めだ!さっさと並びな!」
漁師の親方の言葉に力尽きていた労働者達は僅かに息を吹き返し頼りない足取りながら親方の前に並び報酬を受け取る。
「これで最後だな。ほら!こんな所でへばってないで飯食って寝床に着けよ!」
親方は報酬を全員に渡し終わり、その場で報酬を確認する労働者達に立ち去る様に言う。
労働者達の大半は返事をする事は無くよろよと立ち上がりいつもの様に酒場へと向かう。
アネモネ達が酒場へ辿り着く頃には先に始めていた船員達は既に出来上がっており航海の疲れか酔潰れているのか机に突っ伏していたり床に転がっている者も少なく無かった。
「今日もお疲れさま〜!かんぱ〜い!」
「「「「乾杯」」」」
空いている席へといくつかに分かれて座り、元気一杯なアネモネの音頭に、労働者達は疲れ切った顔に何とか笑みを浮かべ乾杯する。
そして仕事の愚痴や各々の身の上話等をしながら注文した料理と酒を楽しんだ。
「店員さんおかわり〜!」
アネモネは店員に向かって空のジョッキを突き付ける。
「は〜い!」
店員はそのジョッキを機嫌が良さそうに受け取り店の奥へと去っていく。
アネモネの向かいに座る労働者達がその食べっぷり、飲みっぷりに舌を巻く。
アネモネの目の前には大量の料理が並び、空いた皿が積み重ねられていた。
「相変わらず良く食って飲むねえ」
「いっぱい働いた後はご飯もお酒も美味しいからね!皆ももっと食べないと明日からの仕事は大変だよ?あむっ!」
アネモネは脂の乗った分厚い肉へと勢いよくかぶりつく。
「俺達は疲れ過ぎてあんまし食えねえよ」
「アネモネの嬢ちゃんが美味そうに食ってるの見てるだけでこっちの腹が膨れる気がしてくるぜ」
「お待たせしました!」
店員がジョッキに溢れんばかりに注がれたエールを持ってくる。
「わあい!ありがとー!んぐ…………」
アネモネは店員に礼を言うや否や、自身の顔より大きなジョッキを傾けてエールを煽る。
「それにしてもアネモネの孃ちゃん何者なんだ?」
目の前では無く、後ろのテーブルからアネモネの事を話しているのを聞こえ、アネモネは酒を飲みながらも耳を傾ける。
「ああ、俺達の何倍も働いてるもんなあ」
「あんなちっこいってのにリザードマンてのはすげぇもんだな」
「あー……それなんだがよぉ」
アネモネの背後のテーブルに座る男達の一人が歯切れが悪そうに切り出す。
「なんだよ?孃ちゃんになんかあんのか?」
「いや……孃ちゃんというか他のリザードマンの事なんだけどよ。他の街に出稼ぎに行った時にクエストで壊れた装備の修理費の為に石積みの仕事を受けたリザードマンと一緒に仕事する事があってさ」
「それがどうしたよ?数が少ない種族だがまったくいねぇ訳でも無いだろう?孃ちゃんみたいにすげぇ力持ちって話か?」
「…………ああ、おかしな事にな。俺達が今日運んでいた荷物と変わらないくらいの重さの石を結構苦労して運んでたんだよ」
「リザードマンは獣人の一種だったか?獣人ってのは獣の度合いと身体能力が個人個人で違いがあんだからそんなもんだろ」
「でもそのリザードマンはアネモネの孃ちゃんどころか俺達よりずっとデカくて身体の殆んどが蜥蜴の部位だったんだ。獣人の身体能力が高いのって基本的には獣の部分だろう?」
「おいおい。孃ちゃんがリザードマンじゃねえとでも言うのか?あんなに立派な尻尾が付いてるってのによ」
男達は変わらず騒でいるテーブルの方を見ると尻尾で器用にジョッキを持ち上げ一気飲みして盛り上がているアネモネの姿があった。
「あの尻尾はリザードマン以外無いだろ」
「だよな」
「少なくとも俺達とは種族違うのは確かだがお前さんにはどう見えるのさ?」
「いや……その……人の姿に化けたドラゴンとか……」
自信無さげに消え入るように呟く男に他の男達はドッと笑い転げる。
「アッヒャッヒャ!そりゃ大変だぁ!」
「ドラゴンならあり得るかもなぁ!クハハッ!」
「ハハハッ!ドラゴンが人に混じって働くかよ!金がいるならどっかの国の宝物庫でも襲っちまえば手っ取り早いだろ!」
「あ、あんまり笑うなよ!俺だっておかしな事言ってるって分かってるんだからさ!」
男はバツが悪そうに僅かに残った酒を啜る。
ドラゴン。
それはこの世界における生態系の頂点であり絶対的な強者である。
人より圧倒的に強大で賢く、ドラゴンの怒りを買えばどんな大国ですら一晩で滅ぶと言われる程に人々の間で恐れられている。
その気になれば国も財宝も命もが思うがままの存在が人に紛れて働くなど言ってみた本人ですら信じきれていない。
「俺がどうかしてたよ。たくっ、どうやら飲み過ぎたみたいだ」
周囲からの勢いの止まらない馬鹿笑いに男は堪らず降参の意を示す。
盛り上がる男達だったがそのやり取りに耳を傾けていたアネモネは表情を曇らせていた。
「嬢ちゃんどうかしたのか?」
「飲み過ぎたんじゃねえのか?今日は特別忙しかったし流石の嬢ちゃんも疲れて酔いが回ったんだろ」
アネモネと同じ席の者達は、動きを止めて表情を曇らせているアネモネを心配そうに見る。
「あ、あはは…………そうかもしれない。ちょっと外の空気吸ってくるね」
アネモネは尻尾を地面すれすれにまで下げながら酒場の外へと出ていく。
酒場を出たアネモネは海辺へと向かい手頃な大きさの木箱へと腰掛けて潮風と波の音を浴びる。
「やり過ぎちゃったかな?力を加減するのって難しいや。なるべく長く居たかったけどそろそろ頃合いかなぁ」
このアネモネという少女はリザードマンでは無い。
人に紛れて働き共に酒を飲むドラゴンなどと、男達は笑ったがこのアネモネという少女はリザードマンと呼ばれる種族の姿にその姿を変えてはいるが正真正銘、本物のドラゴンなのである。
「ご飯も美味しいし親方や一緒に働く皆も良い人ばかりだったし…………もっとこの街に居たかったなぁ」
まだ半信半疑ですら無いがこれ以上疑われない為にもこの場所から離れなければならない。
もしアネモネがドラゴンだと知られたら阿鼻叫喚の騒ぎとなるがアネモネはそれを望まない。
ドラゴンは天敵も使命の類も無い。
その上、寿命も無い為に唯一の苦難は退屈であり、ドラゴン達は生きる為に己の好きな事に没頭して生きる。
アネモネの場合はそれが人を愛するが故に人と共に、人と同じ様に生きる事を望んでいる。
「隠し事して生きるのやだなぁ……」
そして同時に愛する存在を欺く事に苦しみ続けていた。
「掟が無かったら…………ううん、無かったらそれどころじゃなくなる」
自分が人を好きで危害を加える気は無いのだと伝えられたなら受け入れられるのではとアネモネはふと考えるが無理な事だと首を振る。
超越した存在のドラゴンだが完全な自由を得ている訳では無く、ドラゴン同士で定められた掟によっていくつかの禁止事項を課せられている。
細かい部分はいろいろと有るが大事な部分を抜き出すと三つだ。
一つ、他のドラゴンの領域、所有物を侵害してはならない。
二つ、どの様な影響を及ぼすか分からないので自身の領域内、所有物以外の物もみだりに破壊する事は禁止し、魔物も含めた全ての生物の命を奪う事は可能な限り避ける。
三つ、ドラゴン以外の知の有る存在に悪用されない為にドラゴンの習性と掟については知られてはならない。
その三つの掟は自身の領域と所有物を守る為に有り、全てのドラゴンがその掟に従っている。
その様な掟で有る為に殆どのドラゴンは自身の領域に引き篭もっているのでアネモネの様に領域を定めず人に混じり生きようとする者は相当な変わり者だった。
アネモネは夜が明ける少し前まで潮風に当たった後に、自身が部屋を借りている宿屋へと戻り荷物を纏める。
そして夜が明けてすぐにアネモネは自らの体より大きな荷物を担いで雇い主である親方のいる船着き場に向かった。
「おう!少し早えじゃねえか孃ちゃん。いったいどうしたよ?」
煙草を咥えながら海を眺めていた親方はアネモネに気付き振り向く。
「いや、その荷物…………もしかしてこの街を出て行くのか?」
どう話を切出そうかとアネモネは一瞬迷うが口を開く前に親方は察した。
「突然ごめんなさい…………」
アネモネは申し訳無さそうに頭と尻尾を項垂れさせる。
「なに、気にする事はねえ。日雇いなんだから好きなだけ働いて充分稼いだら帰れば良いってもんだ。嬢ちゃんさえ良ければ正式に雇おうかと思ってたんだがな」
「うん…………」
「んで?突然どこに行こうってんだ?」
「えっと………………ここから西のエルビスに行こうかなって」
この港街から出たいだけで行き先を考えて無かったアネモネは少し考えた後に比較的近くの街から一つを選び、その街の名を言う。
「魔石の採掘で有名な場所だな。何度か行った事は有るがここよりは賑わってんぜ。馬車を使っても一晩は何処かで野宿しなきゃだが街道の側でするんだぞ?街道にかけられた魔術のおかげでそうそう魔物が寄ってくる事はねえからな」
「うん。それじゃ行ってくるね」
「おう!またいつでも来な!」
アネモネは深々と頭を下げて親方は快く送り出す。
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