非恋愛主義者が初恋を知るまで

カースピー

第1話「きっかけ」

 私は非恋愛主義者だった。少年時代から思春期にかけては、異性とのふれあいにソワソワしたことも多々あったが、一貫して色恋沙汰には発展させまいとした。バレンタインが来ると引き出しやカバンの中身をつぶさにチェックし、学校祭の時は普段やらない劇(脇役)なんかに挑戦して女子の目を引こうとしていたが、それでも恋愛とは無縁のスタンスを貫き通した。今思えば矛盾だらけのような気もするが、結果として彼女の一人も作らなかったし、その試みもしなかったのだから初志貫徹はしている。誰だって男女問わず注目を浴びたい時期はあるんだし、一方的に好かれたい傲慢さだって許して欲しい。

 何はともあれ短い10代、好奇心も旺盛で色々とやりたいことが満載だった。そんな貴重な時期をフワフワしたもので浪費したくなかった。わざわざ恋愛のいばら道を進むより、現実的で堅実な、それでいてもっと夢のある道を選びたかったのだ。こう書くと固い信念のように見えるが、実際はただただ無関心でありたかった。芸能界の不倫ニュースを見るたびに情けないとせせら笑い、学校内の惚れた腫れたですら痛い出来事のように受け止めていた。特に友人の彼女話には辟易としていた。初めて○○に行った/したという話題の度、うつつを抜かすなとか、そんなこと聞かすなと小馬鹿にしたもんだ。恋愛を熱く語る顔は、私の目には間の抜けたように映っていた。

 時が流れて、大学1年生になった。私は例に漏れず、サークルに所属したいと思っていた。何かやりたいことがある訳じゃないが、大学生らしさに飢えていた私は典型的な活動にいそしみたかった。サークルなんて自由の象徴ではないか。細かく決められたカリキュラムに沿って、朝早く起きて狭い教室に集まる12年間は実に不自由だった。そこから羽ばたけた歓びで舞い上がっていたのかも知れない。早速入学時のガイダンスで知り合った同学部生とサークル棟をめぐった。

 自分で言うのも恥ずかしいが、私は暗く面倒な性格だ。ここまでの独白で察する人も多いとは思うが、誰かと協調して何かを成し遂げるのが苦手であった。思えばこのように知り合って間もない知人と行動を共にできることでさえ不思議なほどだ。大学生の魔力とは恐ろしい。さしづめ自分なりの大学デビューといったところか。脱線したが、つまり体育会系は始めから除外。文化系の、しかも活動に熱心じゃないユルいサークルを求めていた。知人も同じ意見だったので、そちらが密集する3Fをメインに歩いてみた。サークル勧誘期間なので、人がいる部室のドアは基本的に開いており、中の様子がうかがえるようになっていた。しかし、文化系はそこまで熱の入った広報活動はしておらず、ドアの閉まった暗い部室が多かった。結局、その時間帯に勧誘をしていたのは文学部と写真部だけだった。これといって打ち込みたい内容もなかったので、話を聞いたうえで活動内容が少ないと判断し、写真部に即決した。

 写真部は全学年30人規模の大所帯だが、コンテストへの参加も個人の自由で、部をあげて活動をすることは殆どない。せいぜい学園祭期間に講義棟1Fのホールで展示する写真の撮影と、新入生歓迎と卒業生を見送る飲み会程度だった。あとはたまたま部室にいた部員と談笑するか、部屋の片隅にあるテレビゲームをするくらい。最初こそ部室のドアを開けて入るのに緊張していたが、1週間もすれば講義終わりにフラっと立ち寄れるようになった。

 そして、入部してから3週間経った頃、私を含めた計7人の新入部員が集まれるタイミングで飲み会が催された。会場は大学から歩いて15分程度の大衆居酒屋。参加者は30人近くいたので、6人ごとに隣接した5つの長テープルがあるお座敷に分かれて座った。アルコールハラスメントが厳しい昨今、写真部の部長や副部長中心にその遵守は徹底しており、新入部員含む1年と2年はソフトドリンクやお茶で乾杯した。とにかく人数に圧倒されたのと、何分こういった居酒屋は初めてだったので、全てが新鮮に映った。初体験のお通しのきんぴらごぼうを食べた後、大皿の料理が到着する。四川風マーボー豆腐だった。真向かいに座っている先輩が手際よく取り分けたそれを食べたが、飲み物を多く消費させるためか、味付けが濃くしかも辛かった。同じテープルの他の部員も箸が進んでおらず、明らかにグラスの中身が減るペースも増していた。そんな折、私と左対角線にいる先輩の姿が目に映った。なんの余興か、宣言もせず大皿を手にもって、みんなが手を付けなくなったマーボー豆腐をスプーンでかき込んでいた。みんなは別の事で盛り上がっていてその姿は見向きもされてなかったが、私にはちょっと面白く、刺激的に見えた。それが「彼女」との初対面だった。

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