四天王最弱だと魔王軍を追放されたがもう遅い。今までお前たちの食べていた極上プリンは俺の手作りだ。土下座してきても人間たちの街に洋菓子店を建てたからもう帰らない

きさまる

第1話 魔王、来襲

「は? もう一度言ってみろドノエル」


 俺の言葉に、ドノエルを始めとした残りの四天王は血みどろの顔を見合わせた。

 俺以外の四天王の三人は、俺の顔を見ながらため息をつく。

 そして俺の言葉にドノエルは答えた。


「やはり何も分かっていなかったか、ショウタ。お前には今をもって魔王軍を辞めてもらう。理由は……分かっていると思っていたのだがな」


「もしかして料理しか出来ないから、戦力にならない俺は要らないって事か!?」


 その俺の言葉に、一瞬ドノエルは面食めんくらったような表情を浮かべた。

 鳩が豆鉄砲を食らったようなってのはこういう時に使うんだろうな。

 ドノエルは、むしろ得心いったというような顔に変わると俺に返答。


「戦力にならない……? そ、そうだお前は四天王最弱。力の無いお前の居場所は、魔王軍には無いのだよ」


 俺はドノエルの返答に少々不審ふしんを感じる。

 だが突然の一方的な解雇通告への怒りが勝り、違和感がすぐに吹き飛んだ。


「ああそうかよ! だったら魔王軍なんか俺の方から願い下げだ、あばよ!!」



*****



 ここはパティスリー王国の王都。

 そのメインストリートには、今日も人だかりが出来ている店がある。

 掛かる看板には『菓子専門店ノカシ』の文字。


 並ぶ客は女性が多いが、身なりの良い紳士然とした男性も並ぶ。

 男性は、物腰や雰囲気からどこかの貴族の執事なのだろう。

 自分の雇い主の貴族かその細君に、買い付けを命じられたか。




「お客様、何になさいますか?」


 店内では一人の赤毛の少女がそう言いながら、独楽こまネズミのように動き回っている。

 しかしそれは客にとっては見慣れた光景。

 皆、気にも留めずに少女に注文を伝える。


「こちらの草木を形取ったお菓子とプリンを」


「私もプリンと……確かダイフークと言ったかしら? チーズのように伸びる生地に甘いあんが入ったモノを」


「プリンを三つとナマヤッツハーシ」


 そんな客の声を聞き漏らさず復唱する少女。

 愛想良く笑いながら手慣れたものだ。


「はい、練り菓子とプリン、大福とプリン、それとプリン三つと生のヤッツハーシね。ショウタ、プリンもうすぐ無くなるよー!!」


 少女が店の奥に叫ぶと、それに応じて奥から若い男の返答する声。

 やがてトレイにプリンの入ったカップをたくさん載せた男が、奥から顔を出す。

 歳の頃は十代なかばから二十代前半だろうか。


 顔立ちは悪くはないが、取り立てて良くもない黒髪の平凡な顔立ち。

 いわゆる平均的な若い日本男子だった。

 その男が少女に返答する。


「はい、お待たせシーちゃん」


 そんな彼の返答に噛みつく少女。


「シーちゃんじゃない、私の名前はシードルだ! いい加減、ちゃんとシードルさんって呼べショウタ!」


 慣れたものなのか少女の言葉に眉ひとつ動かさない、ショウタと呼ばれた若い男性。

 優しくさとすように言い含める。


「はいはいシードルさん、お客さんの前ではおしとやかにね」


「ぐっ……。申し訳ない……です」


「俺に謝らなくても良いから。こっちも悪かったし」


「わっ……私も悪かった……です、店長。それじゃプリン頼むわよ」


「了解」


 どうやらこの若い男が、店の菓子を全て作っているようだ。

 しかしそんな二人のやり取りを他所よそに、一人の紳士然とした男が声を掛けてくる。

 この店のお得意様の貴族に仕えている執事だ。


 二人は顔を引き締めて隙の無い笑顔を浮かべる。

 ショウタいわく『エイギョウスマイル』と言うらしい。


「ショウタ様、予約していたプリン五十個はもう大丈夫でしょうか?」


「これはパンナコッタ伯爵のところのブリュレーさん。ええ、もちろん大丈夫ですよ。裏に回ってくれたら箱に入れて準備したやつがあるんで」


「わかりました。いつもの様に裏に馬車を回します」


 そう言い残して店を出た執事。

 そんなショウタの態度を目を丸くしながら見ていた、シードルを名乗った少女。

 ビックリ顔で彼に話した。


「ショウタもちゃんとした対応と敬語が使えるのね。ドノエル様たちにはタメ口なのに」


「失礼な。アス……魔王様にはちゃんと敬語で話してたろ。逆にドノエル達には四天王になった時、敬語で話すなって怒られたんだよ」


「へえ、全然知らなかったわ」


「お前は、惚れたドノエルばかり見過ぎだ」


 ショウタの言葉に対するシードルの反応は劇的だった。

 彼女は顔を真っ赤にしてショウタに叫ぶ。


「な、なによソレ! そんなのアンタに関係ないでしょ!?」


「ほら大声出さない。表でお客さんが待ってるから早く行って」


「くっ……。分かったわよ」


 そう言って店頭に戻るシードルを見て、軽く肩をすくめるショウタ。

 だがすぐに自分も奥の厨房に戻って、菓子作りの続きを始めた。


 元・魔王軍四天王ショウタ。

 本名、乃樫のかし 翔太しょうた


 この世界に転移する前の彼は、和菓子職人の息子にして天才的和菓子作りのセンスを持つ男子学生だった。

 和菓子職人などイマイチ地味に感じていたので、友人にはあまり喧伝していなかったが。

 トラックに轢かれてこの世界に転移した後は、その菓子作りのスキルを活かして成り上がった。

 この店の繁盛ぶりは、彼の和菓子職人の天才性が遺憾なく発揮された結果だろう。


 ……だが彼の名前を洋風読みで名前を先にしてはいけないし、彼は寿司職人でも無い。

 ましてや使っている漢字は翔太であって将太ではないのである。





「はぁ〜、ようやく来店のお客さんが落ち着いたわねぇ」


「……やっぱりこっちの洋菓子系は売れ残るか」


 彼の見つめる先には、フルーツパイやケーキなどのいかにもな洋風のお菓子。

 そう、天才的な和菓子作りのセンスを持ち、また料理にも非凡な才能を見せるショウタ。

 彼が持つ才能の唯一の穴が洋菓子なのだった。


 ただし彼の名誉の為につけくわえるならば、決して不味まずい訳では無い。

 普通の洋菓子レベルの出来ではあるのだ。

 ただし、極めて凡庸ぼんような。


「前から気になってたんだけど、そのヨーガシとかワガシって何なの?」


「ああ洋菓子も和菓子も、俺がもと居た世界での菓子の分類法さ。この世界では意味無いとは分かってても、ついクセでやっちまう。この世界には西洋も東洋も無いのにな」


「ふーん。ま、でもやっぱりショウタが作るので一番ぶっちぎりで美味しいのはプリンだけどね」


「サンキュ、シーちゃん」


「シードル」


「ありがとう、シードルさん」


「分かれば良いのよ」


 その時、店のドアを静かに鳴らしながら一人の人物が入ってきた。

 二人は『エイギョウスマイル』を反射的に即座に浮かべて、その人物に向き直る。


 入店してきた人物は、黒い男物のスーツに蝶ネクタイ、つややかで真っ赤な長髪、道行く女性が全員振り返るような美貌を持つ中性的容姿の人間。

 男としてはやや小柄とも思えるが、堂々たるたたずまいからはそんな事など微塵みじんも感じさせない。


 その人物は店内の二人を確認すると、気さくな感じに微笑み少女に向かって声を掛けた。


「丁度良いタイミングだったようだな。迎えに来たぞ、シードル」


 しかし先に反応したのはショウタの方だった。

 彼は少し緊張した雰囲気で、入店してきた人物に声をかけ返す。



「いらっしゃいませ、……」



*****



※次回は22:00に更新します。

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