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私がケージに裸で監禁されてから四日が経過した。彼は「全裸で鎖に繋がれているひかりを見るとぞくぞくする」と言って毎日のように身体を求めてきた。狭いケージは成人男女が二人も入り絡み合うと一層狭い。がしゃがしゃと柵を揺らしながら身体も視界も揺れ、気持ちが悪いったらない。おまけに行為の全てを見ているのだ──アイが。いくら家事ロボットだといっても、他人にセックスを見られるだなんて気が狂いそうだった。
彼がいつものように仕事に出かけ、相変わらず私は全裸で鎖に繋がれ檻の中。開いたカーテンの隙間からちらほらと雪が降っているのが見えた。アイがテレビをつけてくれるのでぼんやりと眺めるが、何局か民間放送が映らない。
「どうしたんだろ?」
「例のウイルスの影響でしょう。この国にもかなり蔓延しているようですし」
「いつの間にそんな……」
チャンネルを変え、国営放送の画面に映し出された文字に息を呑む。華やかなヨーロッパの都市がまるでゴーストタウンのようだった。
「なに、これ……」
「文字通り全員亡くなったってことですね」
「ユーラシア大陸の生命体が、全部?」
「既にアフリカ大陸も八割が同様の状態です」
「……嘘でしょ」
国内の状況が知りたいというのに、どの局も画面に映し出されるのは死んだ国々の映像ばかり。外に出れば様子もわかるだろうに、監禁された私にはそれも叶わない。
「この国が滅びるのも時間の問題です」
「嘘……いや……待ってよ……! そうだアイ! SNSで国内の様子を探ってよ! その身体を媒体にしてネット接続くらいできるでしょう!?」
「可能です…………が、駄目ですね」
「どうして!?」
「大手のSNS会社は何処とも接続出来ません。ユーラシア大陸がこれで、北アメリカ大陸も虫の息です、勿論この国も。管理する者が減りアクセス集中の為サーバーがパンクしています」
「そんな……!」
外出も出来ずSNSすらチェック出来ない丸裸の私にはどうすることも出来ない。頼みの綱のアイですらお手上げ状態だ。
「そうだアイ、外に出て街がどんな様子か見てくることは出来ないの?」
「出来ません。啓様の命令がない限り出来ません」
「そう……」
それならば帰宅した彼に街の様子を聞くしかない。ここ数日は休みなく毎日仕事に出ているのだ、電車にだって乗っている筈。それならば──……。
「ねえアイ。アイのご主人様は啓くんだけなの?」
「はい」
「もしも仮に……啓くんが今の私のような状況になってしまっても、ずっと彼がご主人様?」
「そうですね」
「そっか……」
「ひかり様?」
「ううん、なんでもないの」
絶望的な映像を垂れ流すテレビをぼんやりと眺めているうちに夕方になり、アイが夕食を作り始める。彼の帰りは決まって十八時前後だが、今日は二十時に帰宅。先にお風呂に入るというので、私はその間に夕食を先に頂くことにした。
食事をとりながらぼんやりと考える。どうにかしてここから脱出したい──と。上手くいったとして、部屋の外で何が起こっているのかわからない以上、迂闊に外に出るのは危険だろう。だからといっていつまでもこのままでは私の気が狂ってしまう。
「どうしたのひかり、食べないの?」
アイが差し出してくれる食事の乗ったスプーンをじっと見つめたまま口を開けないでいると、彼が不思議そうに首を傾げる。先に食べ始めていたというのに、私の食事は殆ど減っていない。呆れた様子の彼はアイからスプーンを受け取ると、私の閉じ込められたケージの前で胡座をかいた。
「啓くん、あの……」
「なあに?」
「テレビ見てびっくりしたんだけど……その、外って今大丈夫なの?」
ぴくん、と彼の肩が跳ね上がる。顔色は変えないが動揺しているのは明らかだった。
「交通機関は昨日してる? 身近な方が亡くなったりとか──」
「…………ひかりさぁ」
がしゃんっとケージの柵を殴り付けた彼が、何に怒ったのか顔を赤くし鍵を開け中に踏み入る。こんなに激昂した彼の姿を見るのは初めてで、鎖で縛られ動けぬ私は恐怖で首を左右に振るしかない。
「どうしてそんなことを聞くの?」
「ごめ……気になって……心配で……」
「ひかりが今気にしなきゃいけないのは、目の前の食事のことでしょ? ほらちゃんと食べないと!」
「え……あっ、うそ、ちょ──」
「んっ……ほらぁ……」
「んぐぅっ……!」
あろうことか彼はスプーンに乗った食事をまず自分の口に挿入し、咀嚼しないまま私と唇を重ねて無理矢理抉じ開けると、器用に舌を使って食事を口内に押し込んだ。他人の唾液を纏った生暖かい食事に一気に吐き気を催す。
「ほら、ちゃと噛んで」
「むりっ……」
「また入れるよ?」
「むりっ……むりっ……!」
噎せながら、押し込まれた物を吐き出してしまう。謝りながら口元を押さえると、雑巾を手にしたアイが手早くそれを片付けてくれた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「謝らなくていいから、ちゃんと食べるんだよ?」
「今日はもう……食欲が」
「そっか。それなら仕方ないね、おいで」
手枷足枷、それに首輪を優しい手付きで外してもらう。そっと抱き寄せられ、緊張して身体が強張ってしまった。
「んっ……啓くん、ちょ……汚いよ?」
「汚くなんてない」
「駄目だよ……」
吐瀉物で汚れたままの私の口周りを気にすることなく、何度も唇を啄んでくる。早く洗い流して歯を磨いてしまいたいというのに、甘い笑みを称えた彼は私を解放してくれないようで。
「口、洗って歯磨きしてもいい?」
「いいよ、一緒に行こう」
監視をされながら歯を磨くことも、トイレを済ますことにも、もううんざりしていた。そんなこと知ってか知らずか、彼は私の背にぴったりと張り付き、いつものように首筋をぺろぺろと舐め回す。吐き気は治まったがこんな日は早く眠ってしまいたい──それなのに私の青い顔を見て「可愛い」と溜め息を吐いた彼にベッドに無理矢理押し倒されてしまった。
彼の腕の中で身を捩りながら、チャンスがあれば躊躇わず明日にでも逃げ出そうと決意し、私は身体を委ねたのだった。
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