第14話 生徒指導
T組のある華戸学園第7校舎は、3階建ての校舎だ。
その中で普段はあまり訪れない、最上階の奥まったところにある部屋に前に立った。扉のプレートには『生徒指導室』と書かれている。
この学校にもそんな部屋があるんだなぁと妙なところに感心しつつ、おそるおそる扉を引いた。
「失礼します……」
「あッ! きたきたッ! まぁまぁ座ってよ国頭優馬君ッ!」
先に待っていたのは、葉月ゆず先生だ。ばんばん、と机を叩いて先生が座っているところから見て向かいのソファに座るよう指示される。
「……あの、俺なんで呼ばれたんですか?」
言われた通りにしながら、おそるおそる尋ねた。
「やだなッ! そんなに緊張しないでよッ! お茶でも飲むッ?」
放課後、突然放送で『国頭優馬君ッ!! 生徒指導室に来てねッ』とだけ言われたらそりゃ緊張するというものだろう。
わざわざ生徒指導室に呼びされるような要件に心当たりは……まぁまったく無いかと言われたらそんな事はないんだけど。
「心配しなくてもこれ、月イチ面談ってやつだから。全生徒対象にやっているころことだからッ。いやー今日だったんだけどそういえば伝えるの忘れてたなって思いだしてねッ」
随分いい加減な先生だ。だが、ほんの少しだけ緊張がゆるんだのは確かだった。
「どうッ? 学園に入って1か月が経ったけどッ? 楽しいッ? キッツイ?」
「……ええっと」
これ、なんと答えるのが正解なんだろうか。
にこにこしているのが逆に恐い。
「……え、えっと。た、楽しいですよ? カードゲーム大好きですから……」
「その割には、対戦回数めっちゃ少ないよねッ? 大会には参加してたけどまともに勝負してなかったしッ」
「……うっ」
痛い所を突かれて言葉に詰まる。
俺の4月期の対戦成績は1勝0敗。ゴールドは2110でランキングでは5位だった。
寺岡に勝った時点では2010ゴールドだったのに100ゴールド増えているのは、『月末大会に参加するだけで100ゴールド貰える』という言葉に釣られてエントリーし、大会が始まったら即棄権したからだ。
大会では負けてもゴールドが減らないらしいが、その代わり戦績にも反映されない。最初は大会にさえ出ていれば退学にならずに済むと思ったのだが、そう都合よくはいかないらしい。
ともかく、俺は先月ほとんど対戦しないまま1か月を終えた。
奏星との約束を考えるとこれでも十分アウトなので、バレた時のことを考えると胃が痛くて仕方ない。だが、こうして先生に圧をかけられているとそれはそれでお腹が痛くなってしまう。
なんとか誤魔化さねばならない。
「い、いや……ま、まだ情報収集の途中っていうか、手の内は明かしたくないというか……」
「武束集君から聞いたけど、君、対戦するの嫌がっているんだってッ?」
ずこっ。とこけそうになる。
あの
「紙手奈津ちゃん、君が対戦してくれないってしょげてたよッ?」
ぐっ。それを言われると弱い。
彼女にはとても感謝しているのだが、彼女の対戦の誘いを何度も断ってしまっている。もっとも、あの『銀雪の女王』がしょげている姿というのはあんまり想像できないが。
「なんでッ? ねぇねぇなんでッ?」
顔を至近距離まで近づけてそう尋ねられる。恐ろしく圧が強い。思わずのけぞりそうになる。
だが、正直に言えるわけがない。
幼なじみとの約束で本当は対戦したくない、なんて。
「いや、だって……ほら、俺、『
「うんッ。そうだねッ! 笑えるよねッ!」
俺にとっては全然笑いごとじゃないんだが。
「でも、そんなの気にすることじゃなくなくなくないッ?」
「え?」
「だって君、戦っている時、楽しそうだったじゃないッ?」
「……それは……そんなこと……」
『楽しそうだった』。そう言われてドキッとする。
対戦するのは怖かったし、とても辛かった。
だが正直な所、まったく楽しくなかったかと言われれば、そんなことはなかっただろう。
久しぶりの強者との手に汗握る真剣勝負。楽しくないわけが無かった。
なんと答えたものか迷っていたら、葉月先生は突然質問をしてきた。
「寺岡君、あれから全然対戦してないの、知ってるでしょッ?」
「……え、ええ」
そのことについては、俺も不思議に思っていた。
あの男は俺との対決以降、月末大会以外では一度も対戦していなかった。
大会では好成績を収めていたから再びランキングの上位に食い込んでいたが、もっと対戦すれば、もっとゴールドを稼げたはずだ。
「強いカードを持ってて、強いデッキを持っている。戦ってもまず間違いなく勝てない。……だから誰も対戦したがらないんだねッ」
「……あっ」
みんな、あいつとは対戦したがらない。
それではまるで、自分と同じようだ。
「え、なに? 同情してるのッ? 君に対して酷い事を言ったり対戦を妨害しようとしたのに? やっさしーッ!」
「……え、いや……」
俺に同情されている、なんて思われたらあいつは怒り出すんじゃないだろうか。
ただ単に、対戦したいのにできないのは辛いよな、と思っただけだ。
考え方は違っても、同じカードゲーマーなのだから。
「彼はねー。自分の力を誇示しすぎだねッ。出る杭は打たれるって言うからねッ」
「はぁ……」
「本当の強者は、無理に示そうとなんかしなくもその強さをみんなわかっているんだよねッ」
「先生……なんとかなりませんか?」
「んんんッ?」
「だって、このままだと生徒間の格差が広がって、どんどん対戦が行われなくなっていくんじゃないですか?」
自分はまだいい。でも、本当に対戦したいのにできない人がいる、なんて状況になるのは嫌だ。だってそれは、かつての自分と同じ状態なのだから。
俺の言葉を聞き、先生はアイドルらしからぬ大きなため息をついた。
「はぁ……もうこの子は……あの人にそっくりぽんなんだからッ……嫌になるわッ……」
「……はい?」
「心配しなくても、国頭優馬君の懸念していることぐらい、私達はわかるよッ。そのための施策も、ちゃんと用意してるッ」
「……施策?」
「まぁ、そのうちわかるよんッ!」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
国頭優馬が、難しい顔をして部屋を生徒指導室から出て行った後。
彼はそこのことに気づかなかったが、実はこの部屋にはもう一人の人物がいた。
「あの子、どうだい?」
ぬっと、まるで子供のかくれんぼのようにカーテンの影に隠れていたその人物は、40代ぐらいの男性だった。ビシッとスーツできめているが、どこか子供のような瞳を持っていた。
「そんなに気になるんだったら会っていかれたらたらいいんじゃないですかッ?」
「合わす顔が無いんだよー。その辺察してよー」
「あー情けなッ! あんな、『キンググラン』なんて強いカードをこっそりプレゼントしたくせにッ!」
「うっ。い、いやあれはたまたま窓から落としちゃっただけなんだよ。それを彼が拾ったんだねーいやー偶然って恐いなー」
そう。《孤高の王者―キンググラン》を校舎から彼の前に落とすという形で渡したのは彼だった。そんな、一人の生徒に対してえこひいきのような事をしていい立場ではない彼だったのだが、国頭優馬に対しては特別な思い入れがあるようだった。
「ホンット甘いですねッ。どこかの誰かみたいにッ」
どこかの誰か、というのが先ほどの少年であることは明白だった。
男性は苦笑して言う。
「優しい子なんだよ。俺と違って」
「……まったくッ。どっちも甘ちゃんですよッ」
葉月ゆずの、アイドルらしからぬ巨大なため息が部屋の中に響き渡った。
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