第7話 灯台に潜む闇

「はあ、はあ……くっそ!」


 バルクリの貴婦人と呼ばれる灯台を駆け登る。石積みの階段は狭く、しかも運動神経皆無のちびっ子を担いで登るのは、さすがキツイ。


「頑張れ、レクスよ! もうすぐだ」

「……お、ま、えは! ……いい、よ、な! ……ぜえ、ぜえ」

 もう駆けているとは言えないが、足を止めないだけ褒めて欲しい。小脇に抱えられたエリスは『お前』という言葉に不満そうだったが、俺の必死の形相を見たからか大人しく黙って担がれたままだ。

「と、うちゃっく!!」


 ようやく、灯台の最上部と思われる部屋へと到達する。扉を開いたそこには――


「わ、わわっ……!?」


 縦に長い瞳孔の目が、ギョロッと俺たちを睨みつける。それは薄暗い部屋の中でも不気味な金色の光を湛えている。まぶたのない目を囲う、硬くて黒い皮膚は頭から尻尾まで美しい流線を描いている。その両前肢りょうまえあしは皮膚のような薄い膜が張った大きな翼であり、前肢の鋭い爪は、先客たちをすでに切り裂いていた。そして、エリスくらいなら丸呑みできそうな巨大な口には爪以上に鋭い牙がびっしりと生えている。


 ――飛竜ワイバーンだ。


 俺は生命の危機を感じて素早く後ずさりし、部屋を出て扉を閉めた。


「なんだ今のは、ドラゴンか?」


 冷静なエリスの言葉に俺は思わず語気を荒げる。

「ばか! ワイバーンだよ! ある意味、ドラゴンよりタチが悪いぞ」

「そうなのか」

「知性のあるドラゴンなら話も通じるだろうが、あれは獣だ……守るものを守り、敵をせん滅し、生きながらえることだけを考える」

「どんな生物も同じようなものだろう」

「……そういえばそうだな」

「それよりも、随分と詳しいのだな、ワイバーンに」

「え? 本当だ。記憶喪失なのになあ」


 うーむ、と俺は腕を組んで首をひねる。だが考えたところで答えは出ない。


 ガンガンガンガンッ!!!


 扉を鉄のなにかで叩くような激しい音と振動が伝わって来る。


「ワイバーンか!?」

 ということは、中に先に入って行った騎士団たちは全滅したのか。折れた剣であんなのと、こんな狭い階段で戦えるわけがない。俺は必死に木製の分厚い扉を押さえる。


『おい! 頼む! 開けてくれ!!』


 ガンガンガンガンッ!!!


「……ん? この声は、ギルベルトとかいう騎士か」

 どうやら、鉄のガンガン叩いているような音は、ワイバーンの爪ではなく奴のガントレットだったようだ。

「まだ生きてたのか」


「ちっ」


「エリスさん、アイツが嫌いでもこの状況で舌打ちは止めてあげような!?」

 俺は急いで扉を開ける。押し出されるように騎士が一人、部屋の中から転がり込んでくる。

「ギシェエァア!!」

「うっわ!!」

 ギルベルトに続いて、黒い頭で扉をこじ開けようとするワイバーン。扉を押さえているが、体躯の差はどうしようもない。

「くっ……破られるっ!」


突風っブラスト


 短い言葉とともに、背後から凄まじい衝撃波が俺を含めて扉を襲う。その勢いでワイバーンは退き、扉を閉じることに成功した。俺は扉にへばりつきながら、エリスが魔法を放った瞬間だけ、スラリとした大人の美女に姿を変え、四フィートのちびっ子に戻るのを見た。そっちの方が魔法みたいだ。いや、魔法なんだけど。あれ、呪いか? 何はともあれ――


「はあ……助かった」

「危ないところであったな」

「エリス、お前いつから魔力戻ってたんだよ」

「酒場でしっかり食べて寝てからだ」

「なるほど。それで、同じような魔法はあと何回使える?」

「ほう?」

 俺の言葉にエリスは楽しそうな目を向けてくる。


「なんだよ」

「私はてっきりワイバーンに怖気づいて灯台を降りるのかと思った」

「そうしたいのは山々だが、ワイバーンを放ってもおけないだろ。あれが灯台を出て行って、町中へ入ったらヤバいことになるぞ」

「そうか」

 エリスはさらに楽しそうに頷きながら、衝撃の一言を放った。

「だが、申し訳ないが同じような魔法はもう使えぬ」


「へ?」


「使えるとして精々……そうだな、五秒ほど明かりを灯すくらいか?」

「んなっ」


 ガリガリガリ、と扉の向こうで爪を立てている音を聞きながら、血の気が引いていくのを感じた。


「なんて使えねえ賢者なんだ」

「なんだと?」

「いえ、なんでもないです。助かりました」

 ……なんて言ってる場合じゃない。

「くっそぉ。どうすれば倒せるんだ。この状況で太陽石を持って帰るなんて不可能だろ、これ」

「待て」


 エリスが俺を見上げてくる。藍色の瞳はなにか企みを思いついたようだ。


「今、なんと言った?」

「どうすれば倒せる?」

「その後」

「太陽石を持って帰るなんて不可能だ」

「それだ」

「どれだ」


 エリスは両手を腰にあてて、「うんうん!」とひとり頷いている。


「勝機は我らにあり、だ」

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