第2話 エリス=レンデル

 俺は、目の前の美少女を見ながら混乱している。


「お前……」

「お前ではないと言っているだろう。焼き尽くすぞ」


 屈んだ俺と同じ目線の高さで、美少女は、きっ! と俺を睨む。

 なんて言ったっけ。えっと――


「エリス」

「そう、エリス=レンデルだ」

「何者なんだ?」

「私か」


 エリスはすみれ色のさらさらロングヘアをかき上げた。


「魔法の創始者であり、史上最も偉大なる魔法使いである。人は私を賢者ザ・ワイズと呼ぶ」

「そうか」


 エリスは、きょとんとする。


「信じるのか」

「悪いが、俺は今記憶を失ってるらしいんだ。疑えるほど知識もない」

「興味深い」

「それでおま――エリスは、なんで姿が変わったんだ?」


 俺の質問に、エリスは、「これか」と、くるっとその場で一回転した。マントがふわりと浮き上がり、ブーツと同じ臙脂えんじ色のドレスが見える。小さい子が砂浜で回ってるのはなんか可愛いな。微笑ましい感じ。実際、美少女だしな。


「これが私の呪いだ」

「分からん」

「……説明してやってもいいが、それより先に始末するべきものがいる」


 その言葉通り、俺とエリスの周りに散らばっていたスライムが一か所に集まり、元の姿を取り戻そうとしていた。うぞうぞと身体を波打たせながら近づいてくる――


「うげ。スライムって音を立てないから、すごく不気味だ」

「ぶつくさ言ってないで剣を抜け」

「剣?」


 エリスに言われて初めて、俺は腰に剣を指していることに気づいた。

 鉄製のしっかりとした柄に見事な装飾のなされた棒鍔。素人目にも安物ではないことは分かる。


「そうか、俺は剣士だったのか」


 もしかしたら、名のある剣士なのかもしれない。金持ちとか。勇者とか。あるいは金持ちとか。


「記憶を失っていても、剣術というのは身体に染み付いているものだ。それだけ立派な剣の持ち主なのだから、スライムくらい倒せるだろう?」

「なるほど」


 ひんやりとした鉄の感触を手のひらに感じながら、俺は柄を握る。ぐっと力を入れて鞘から一気に剣を抜き取る。


 キィ――ンッ。


 金属の擦れ合う音とともに、その姿を現した剣身は――途中で折れていた。


「なんじゃこりゃ!?」

「なっ……!」


 さすがのエリスもこれには驚いたらしい。


「お主、それでどうやって戦おうというのだ! この愚か者めが!」

「知らねぇよ! 剣持ってたことも今知ったくらいなんだからな!?」

「ちっ」

「まあまあ、エリスがさっきみたいな魔法ぶっ放せばいけるだろ?」

「……使えぬ」

「ん?」

「さっきので魔力を使い果たした」


 エリスは不貞腐れたように言う。お菓子をねだって買ってもらえなかった子どものように、頬を膨らませながら。


 こいつ、よくこんなんで『魔法の創始者で、史上最も偉大なる魔法使いである』とか大ボラ吹けたな。


「剣も使えぬ、魔法も使えぬ……かくなる上は」


 エリスがマントをひるがえす。


「走るぞ!」

「おう!」


 俺は砂に足をとられながら必死に走った。スライムは移動速度自体は速くないが、身体を波立たせて反動をつけることで、瞬発的に跳躍したりする。気を抜くと、すぐに足にまとわりつかれたりしてしまう。


「急げ急げ――」


 俺は陸地に向かう、が、気づいてしまった。


「はあはあ」


 ぴょこぴょこ走るエリスが、先ほどの位置とほぼ変わっていないことに。あれは砂に足をとられているなんて生易しいものじゃない。その場で跳ねているだけだ。


 ――おっそっっっ!?


「エリス!!!」


 スライムが、エリスめがけて飛び跳ねた。そこからはスローモーションのように、俺はエリスの手を掴み、ぐいっと引っ張る。スライムは寸でのところで目標を失い、そのまま砂浜にべちゃっと落ちて広がった。


「うぉぉぉおぉおぉ!!!」


 俺はエリスを脇に抱えて、無我夢中で走った。ちびっ子のエリスは軽かったし、幸い、砂浜を抜けた先は整備された街道で走りやすかった。

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