第二十一話「ここの魔獣は強いようです。でも近代兵器(笑)の敵ではありませんでした」
強力な魔獣を生み出す
昨日この町に入った。
ノイシュテッターから二百キロ。その距離を僅か三日間で踏破しており、いかに身体強化が使えるとはいえ、思った以上に疲労が溜まっていた。
そのため、昨夜は宿でゆっくりと休むだけでなく、体内で
魔素の循環を使うようになってから、以前のように疲れが残ることはほとんどなくなっている。もっともラウラも同じようにやるのだが、うまくいかないことが多く、俺が治療の
その効果から僅か一晩で昨日までの疲れはきれいに消え、朝から森に入ることに全く支障はなかった。
初めての土地ということで、まずは
朝食を摂った後、少し時間を潰してから組合に向かう。朝は出発前に情報を確認する者が多く、掲示板をじっくり見られないことが多いためだ。
俺の予想が当たったのか、組合のロビーは比較的空いており、自分のペースで掲示板を確認していく。
掲示板にはノイシュテッターですら見たことがない準災害級の魔獣、
今日の俺たちの狙いは上級の魔獣だ。それも比較的町に近く、数の少ないものを狙うつもりでいる。
掲示板を確認していくと、
但し、厄介な割に魔石は上級の中でも小さい部類で、旨みのない魔獣と認識されている。
俺たちにはベルがいるから擬態されても奇襲を受ける心配はなく、触手樹の攻撃は毒物にだけ注意しておけばいい。更に動きが遅いため、接近戦に不安があれば遠距離攻撃だけで仕留めることも可能だ。つまり俺たちには相性がいい魔獣と言えるのだ。
情報を確認した後、西門から森に向かう。エッケヴァルトは東にゼールバッハ川があるため門はないが、南北と西に門がある。南門は物資の搬入に使われるため、馬車が通れる大きなものだが、北と西の門は街道が繋がっておらず、森に出るためだけに使われるため、人が出入るする小さな門しかない。
その人用の門だが幅は一メートル、高さは一・五メートルほどしかなく、女性のラウラですら屈んで歩かないと通れないほど小さい。これは大型の魔獣を物理的に防ぐためだそうで、そんな工夫が必要なほど危険な場所だということだ。
時間が遅かったこともあり、門に狩人の姿はなく、すぐに外に出ることができた。ここでも俺たちの姿は異様なのか、門衛たちから奇異の目で見られている。
森に入るとノイシュテッター周辺とは明らかに違うと感じた。言葉にすることは難しいが、殺気というか、人を拒絶する雰囲気というか、そんな負の感情が渦巻いている気がする。
ベルも『嫌な雰囲気だニャ』といい、ラウラも「耳がうずうずする感じです」と俺と同じように感じているようだ。
触手樹の出現ポイントは町から一キロほどの場所だ。土地勘のない俺たちは目印のない深い森の中を慎重に進んでいく。
何度か中級の魔獣、
「さすがに魔窟だな。町から百メートルも行かないうちに中級が出るとは」
そう言っているが、ベルの索敵によりこちらが先手を打って攻撃でき、簡単に倒せている。
『
中級の魔獣は小さな村にとっては一匹いるだけで充分に脅威になるものだ。そして、ここはその中級の魔獣が雑魚扱いされる土地だということだ。
これだけ危険な場所に町を作った人に感心するより呆れる。
五百メートルも進むと、ベルが警告の念話を伝えてきた。
『中級が五! 上級もいるニャ! 中級が七になったニャ! 中級は多分オークニャ! 南に八十メートル、こっちに向かって歩いているニャ。』
「まずオークから始末する! 上級との距離は!」と俺が聞くと、
『上級はここから西に九十メートルニャ。そいつは動いていないニャ』
「南に向かうぞ。いつも通り、俺とベルが
すぐにベルが五基の
俺も同じように武器を召喚する。
俺の武器はアサルトライフル、
ファンタジーな世界に銃器は場違いだが、ベルのトリヒターの方がもっと場違いなのであまり気にしていない。
これを作った理由だが、剣を銃に見立てる姿がベルに不評で、やるたびに『かっこ悪いニャ』と言われたためだ。
突撃銃の構造を知っているわけではないので俺の記憶を探りながら、ベルと二人で見た目だけ似せている。そのためでもないが、性能的には以前使っていたブラスターライフルの魔導と大して変わらない。強いて言うなら連射性能が上がっている点が異なるくらいだ。
この銃、というか魔導の攻撃力ではオークを一撃で倒すことは難しい。ベルのトリヒターの方が攻撃力は高く、当たり所が良ければ一撃で倒せる。
この差は単にイメージの差だ。俺の
一撃に拘るなら、突撃銃ではなく
宇宙世紀や銀河帝国の武器のようなSFに出てくる武器を模してもよかったのだが、ベルとキャラが被り負けた気になるので、外観に限ってはWWⅡ時代の兵器を参考にしている。
こう言うと戦闘機や戦車など、どんな兵器でも出せそうな気がするが、実際には制限が多くて大したものは出せない。
まず大きさだが、これは携帯できるサイズが限界で、
理由は不明だが、召喚する時に
次の欠点は射程が短いことだ。俺と武器とのリンクが切れるからか、最大射程は俺の視力で捉えられる距離、数値で言うと大体二百メートル程度。もっとも誘導弾でないため、百メートルを超える遠距離では命中率が一気に低下する。
命中率向上のため、誘導式のミサイルも作ってみたが、これが全然役に立たなかった。何度試しても最大射程に至る前、距離的には大体五、六十メートルほどで忽然と消えてしまうのだ。
その程度の距離なら誘導式にしなくても命中率は低くなく、誘導式にする意味はあまりない。
最大射程になる前に消えてしまう理由だが、誘導式の方が魔素を多く使うため、その分射程が短くなるのではないかと思っているが、これも仮説の域を出ていない。
いずれにせよ、
ベルのトリヒターは
曲斜砲、いわゆる
このことをベルに言うと、
『旦那はまだまだ覚醒していないニャ。
「遠距離からの攻撃は脳に負担が掛かるぞ」と言って俺も笑い返すが、ベルも遠距離からの攻撃を積極的に行っていない。
理由としては、視認範囲外の遠距離攻撃で仕留められるほどの小物ならともかく、確実に倒せない相手の場合、無駄に警戒させることになるためだ。
一見便利なベルの探知だが、潜在能力は分かるものの強さまでは分からない。確実に倒すことを考えるなら、俺が
更に常にこちらが先手を取れるため、俺と共に攻撃できる範囲から一気に仕掛けても敵に感知されることはなく、奇襲効果は充分にある。仮に奇襲で仕留め切れなかった場合でも相手が混乱している間に接近戦を挑めるため、確実性という点から遠距離攻撃はほとんど行わないのだ。
銃についてだが、現地人であるラウラが初めて見た時、「こんな武器があるんですか?」と首を傾げていた。説明に困り、苦し紛れに大昔にあった武器を参考にしたというと、素直に納得してくれた。
ラウラが音もなく森の中に消え、俺とベルが茂みを利用しながら接近していく。
金属鎧に突撃銃という組み合わせは知っている者が見ると、何となく間が抜けて見えるかもしれない。銀河帝国の機動歩兵のような軽量樹脂の白い鎧なら違和感はないのにと少しだけ思っている。
最終的にオークの数は十二になり、ゆっくりと接近してくるが、上級の魔獣は最初の位置から動いていない。
オークたちの姿が見え始めるが、未だに俺たちに気付いていないのか、無警戒に森の中を歩いている。装備は革製のボロボロの鎧に錆びた剣や斧で、ノイシュテッター周辺のものより潜在能力が高く、能力値もほぼ上限になっている。
オークは中級でも弱い魔獣に当たるが、この能力値と装備を見る限り、中級の上位種並みの危険度はありそうだ。
五十メートルほどの距離になったところで奇襲を掛ける。
ベルに念話で合図を送り、一斉に射撃を開始する。五基のトリヒターから断続的な光条が森を斬り裂き、俺の突撃銃からもオレンジ色の弾丸がフルオートで吐き出されていく。
消音器でもないが、音を消すイメージを付加しているため激しい射撃音はなく、重低音の空気を振るわせる振動だけが聞こえていた。
最初の射撃で半数のオークにダメージを与えた。しかし、オークたちは混乱することなく、遮蔽物の陰に逃げ込む。
「射撃に慣れているのか?
『矢や魔導での狙撃に慣れているみたいだニャ。そろそろラウラが位置に付く頃ニャ。派手に出ていって注意を引いてもいいニャ』
「ああ。作戦通りでいく。ベルは背嚢の中に入って上級の監視を頼む」
本来の作戦では最初の射撃で一定数の敵を倒し、更に混乱に乗じて接近戦を仕掛ける予定だった。これは充分に大きな
不安要素として上級の魔獣がいるが、それさえなければ奇襲しなくとも、この程度の敵なら蹂躙できるはずだ。
突撃銃を腰溜めに構えて乱射しながらオークたちに向かっていく。遮蔽物に隠れていたオークたちも俺の姿を見つけ、興奮気味に雄叫びを上げ、立ち上がった。
数体のオークに弾丸に模した魔素を叩き込むが、オークたちは怯むことなく俺に向かってきた。その距離は既に三十メートルを切り、俺も銃を捨て、剣を構える。銃は地面に落ちると魔素に還元され消えていく。
敵の数は九体。三体は射撃で無力化できたが、向かってくる敵に大きなダメージは見られなかった。
体内に魔素を巡らせ身体能力を強化していく。既に限界である十倍まで能力を上げることができるため、今回も限界まで上げておく。
魔素が体内を巡ると無限に力が湧くような高揚感に包まれるが、冷静さを失わないように心を鎮める。この高揚感が曲者で、最初のうちはハイテンションになって無茶な戦いをよくやった。その都度ベルに小言を言われ、何とか矯正できている。
突っ込んでくるオークを冷静に観察すると、強いといっても所詮オークであり、力はともかく鈍重な動きは脅威とは成りえない。
ミスリルの剣に魔素を纏わせると、僅かに発光する。鈍い銀色だった剣身が鮮やかさを取り戻し、ミスリル本来の美しい白銀色に変わる。
狡猾なことに、オークたちは俺を取り囲むように広がった。
以前戦ったオークは猪突猛進という感じで突っ込んでくるだけだったが、さすがに魔窟に近い場所の魔獣は知恵も回るようだ。
九体のオークが扇状に広がり、一斉に武器を構える。俺の力が分かるのか、ブヒブヒと鼻息を強くしながらも躊躇うかのように前に出てこない。
「怯えているのか? こちらから行かせてもらうぞ」と言いながら無造作に中央の一体に斬り掛かる。
俺の侮蔑の言葉を理解したのか、それとも俺の動きに釣られたのかは分からないが、オークたちも一斉に動いた。
しかし、その動きは俺に比べれば欠伸が出るほど遅く、中央の一体を上段から斬り裂くと、そのまま左側の四体に向かい、一気に胴を薙ぎ払った。
四体のオークは何が起こったのか分からなかったのか、各々武器を振り下ろそうとした格好で動きを止め、困惑の表情を浮かべながらゆっくりと消えていった。
俺の後ろにはまだ四体のオークがいるが、彼らが俺を攻撃することはなかった。静かに回り込んでいたラウラが電光のように襲い掛かっていたからだ。
勝負は一瞬で終わった。
九体のオークは武器を振ることすらできずに魔素に返っていった。
「お疲れ様。どうだ?」とラウラに声を掛けると、
「レオさんもベルさんもお疲れ様です」と答え、エッケヴァルトでの初戦闘の感想を口にする。
「最初は少し驚きましたけど、それほど強い感じはしませんでした。油断さえしなければ大丈夫だと思います」
『そうだニャ。まあ強いといっても所詮はオークニャ。上級と戦ってみないとここの魔獣の力は分からないニャ』
ラウラもベルも上級の魔獣と戦う気で満々のようだ。
魔石を回収しながらベルに上級の魔獣のことを聞いてみると、オークたちとの戦闘中もほとんど動いていないとのことだった。
『
「
「今日はこの辺りの魔獣の強さを確認することが目的だ。魔導で倒せなければ今後の戦い方を考える必要があるからな」
俺たちの戦闘方法は遠距離からダメージを与えてから接近戦で止めを刺す。遠距離攻撃が主体ではないが、上級の魔獣相手にどの程度通用するか確認しておくことは重要だ。
ラウラも俺の意図が分かったのか小さく頷くが、「でも、あたしも戦いたいです」と拗ねる振りをする。その仕草に家族に対する甘えを感じる。
ベルの誘導で慎重に接近していくが、一向に敵が見えてこない。ベルに聞くと、
『
「どれだ?」と言いながら
表示は“六二〇/七〇〇”。
能力的には上級の魔獣トロルに匹敵するが、見えているのは普通の広葉樹だった。
「こいつは気付かないな。ラウラ、匂いで何か感じるか?」と聞いてみるが、
「草木の匂いだけですね」と答えるが、
「うーん? 甘い果実のような匂いもある気がします」と教えてくれる。教えてもらっても俺には全く感じなかった。
今回は
イメージは二脚付きの大口径のもので、地面にうつぶせになって撃つ。金属鎧を着てうつぶせになると鎧の角が腹部に食い込み痛いのだが我慢するしかない。
この魔導を選んだ理由だが、
魔素で模した銃弾を
攻撃を受けて俺たちに向かってきたが、動きは遅く近づく前に倒せている。
撃ち込んだ数は二十発ほど。
計算上はオークの二十倍以上のヒットポイントを持っていることになるが、外殻の防御力もあるため単純には比較できない。感覚的には十倍から十五倍だろう。
防御力が高そうな
今日はこれで引き上げることにし、エッケヴァルトの町を散策する。
高給取りの狩人たちを相手にしているためか、安い物がない分、質が悪い物もほとんどない。
このため単純な比較は難しいが、物価はノイシュテッターの二倍程度だろう。それでも上級の魔獣の魔石を売れば数千マルク、数十万円になるため、充分に生活できる。これでエッケヴァルトでも狩りで生計が立てられる見込みが立った。
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